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7.残党狩りとの遭遇

「それで、これからどうする?」

 アウルスがセアトに尋ねた。

「俺は別に……、ただ、西を目指そうとしていただけだ」

 百人隊長と魔法部隊のエリートがいるのだ。セアトが決めることもないだろう。

 旅立ちの準備をするために、セアトはデキムスの体を起こして、背中に背負おうとしていた。それをエンネニーナが手伝っている。

「敵に遭遇するかもしれないけど、味方と出会えるかもしれない」

 セアトは付け加えた。再集結で、ある規模の集団が形成できればリシャルへ帰還できる確率も上がると考えていた。路頭に迷っている兵もいるはずだ。彼らを救うことができる。

「遠回りになりますが、一度、南下してナズベードの街へ向かうのはどうでしょうか?」

 エンネニーナが言った。ナズベードからリシャルへ川沿いに伝う交易行路を使う案だ。両国は交易を禁じているわけではないので、今回の侵攻で両国間を行き交う人は減ってはいるだろうがそれに紛れてリシャルの街に戻ることができる。これはセアトの考えと違い、他の仲間に頼らず個の力で民間人に紛れて帰還を果たす方法である。デキムスを安全にリシャルへ帰還させるにはこちらのルートの方が安全に見える。

 路銀なら十分にある。彼女にとってプリーア兵も盗賊も同じだ。トラシル領内で非道な行いに加担したくはないのだろう。

「ナズベードか……」

 ラクタリスが感慨にふけるように呟いた。

「そうだな。街へ行けば、トラシルの軍容を知ることができるかもしれない。その後の動向も知りたい。それに……」

 セアトの装備や馬具は修道院で冒険者のものと取りかえて貰ったが、アウルスとラクタリスのマントの下はプリーア軍の兵装である。特にアウルスは甲冑を着込んでいた。その上で、トラシル軍の甲冑を装備した馬に乗っていた。見つかれば言い逃れはできないだろう。

 冒険者や商人に紛れてトラシルを脱出するのなら、早い段階で服装と馬具を入手したい。

 トラシル軍による残敵掃討は早ければ昨夜中、長くても数日内には終了するだろう。いずれは兵を集めて次の作戦行動に出るはずだ。だからと言って油断はできない。

「それでどうするんだ?」

 アウルスは再びセアトに聞いた。

「どうして、俺に聞いてくる? アウルスは俺より階級も年齢も上だ」

 アウルスは百人隊長で二三歳。そしてセアトは兵卒の十六歳。しかもこの遠征が初陣だ。

「セアトが総司令を背負っている。今はお前が総司令代行だ」

「……」

 アウルスに遊ばれているようだ。助けを求めようとラクタリスに視線を送ったが彼はセアトに右手を斜め前方に伸ばし、手のひらを上に向けてきた。その手の平に自らの尊厳、忠誠、そして命を乗せてそれを捧げるという、プリーア軍式の敬礼である。

 彼は二六歳、もちろん年上だ。どうやら彼にも遊ばれているようだ。

「判断ができないなら、総督に決めてもらおう。思えばここまで来たのも総督の意思によるものだ」

 セアトが黙っているとアウルスが言った。

「総督は就寝中だ。誰もその眠りを妨げることはできない」

 ラクタリスが小馬鹿にしたように答える。

「なに、別に目を覚まして頂く必要はない」

 アウルスがニヤリと笑い、セアトの背に乗るデキムスを取り上げると、支えながら地面に立たせた。

「倒れた方角に俺たちは進む」

 アウルスが言った。

「おい、総督ならトラシルの王都に向かって倒れるぞ!」

 ラクタリスが冷やかしている間に、アウルスは支えの手を外した。

 デキムスは一方に倒れると考えていたが、どの方向を指し示すこともなく、その場にぐにゃりと崩れ落ちてしまった。

「あっ……」

 さすがに気まずくなったのかアウルスが頬を掻いた。

「優柔不断な総督め」

 自分たちのことを棚に上げてラクタリスが悪態をつく。

「でも、よく見て下さい」

 エンネニーナがデキムスを指でさした。崩れ落ちた彼の腕がナズベードの街の方角を指していた。

「決まりだな」

 アウルスが笑った。



 前方から騎兵が見えたのは昼過ぎのことだった。

 なだらかな丘陵の頂き、追水の先に十騎の騎影が朧気にみえた。

 周囲は相変わらず、まばらな植生が点在するだけの広大で見渡しのよい荒涼とした大地である。身を隠す場所もなく、向こうもこちらの姿に気がついているだろう。

「トラシル兵だ。残党狩りだな」

 アウルスが呟いた。

「引き返したり、逃げるような素振りを見せると、追跡が行われるだろう。俺たちは商人デキムス様に雇われた護衛だ。それで押し通そう」

 セアトの言葉に全員が頷く。不自然がないように先頭をアウルス。その後ろにデキムスを背負うセアト、その後ろにラクタリスとエンネニーナが並んで続いた。

 徐々に彼らの姿がはっきりとしてくる。全員がトラシルの甲冑に身を包んでおり。槍を装備していた。

 兵士は五人が馬上にあり、残りの五人は歩兵だった。馬は一〇頭である。主に引かれる馬の背には大きな荷袋が積まれている。プリーア兵から奪い取った戦利品であろう。中には中隊長以上の首級しゅきゅうや体の一部が入っているかもしれない。

 セアトたちは、姿を隠すように深くフードをかぶり直す。そして彼らに道を譲るために、脇にそれて彼らが通り過ぎるのを待った。

 騎兵たちは接近すると立ち止まった。

 リーダー格の騎兵が前に出て、冷ややかな目で一行を見据えた。

「そこの者たち、何者だ?」

「我らはこちらの商人に雇われた冒険者の護衛だ。あるじがご病気になり、またこの先で戦が行われたと聞いた。ナズベードの街へ引き返すところだ」

 セアトがマントを取り、背中に担いでいるデキムスの姿を見せた。リーダー格の男は鼻で笑う。

「馬から降りろ」

 男の言葉に、セアトたちは目配せをしあったあと、馬をおりた。同時に歩兵に囲まれた。

「その馬は徴発させてもらう。それと商人だと言ったな? 所持金の半分を戦費調達としていただく」

「それには応じる。ただ、プリーア軍とトラシル軍の戦いの結果を教えてくれないか?」

「いいだろう。教えてやろう」

 リーダー格の男がニヤニヤと笑いながら答える。

「昨日、トラシル軍七万はミナレイヤ平原でプリーア軍三万を会戦で撃破した。完全勝利だ。俺たちはプリーアの残党狩りをして引き上げる最中よ」

 彼の話が真実ならトラシル軍は倍以上の兵士数だが、この数には直接戦闘に参加しない者も含まれている。

「王都から西進してきた兵団か?」

「そうだ。俺たちはバハラーム王に付き従い王都ロドフランを発ってここまで来た。明日、再集結を行って西進する。プリーアによって占拠されたシャヘンの街を開放し、リシャルの街を落とす」

 国王自ら王都から西進してきたということはかなり以前から準備が進められていたということだ。ミナレイヤ平原はリシャルとロドフランの中間地点にあたる。シャヘンの街を落とす以前、プリーアが軍事行動を起こすタイミングでトラシル側も軍事行動を起こしていたのだろう。

 それならば、いずれ両軍が衝突することは確実で、会戦に向けて士気を上げるための演説などあってもよかったはずだ。

 デキムスがそれをしなかったということはどういう意味を持つだろう。プリーアの上層部はトラシルの行動を捉えられていなかったのではないだろうか。

 彼に尋ねてみたいが、彼はセアトの背中で気を失っている。セアトは騎士たちに悟られないように彼を結びつける紐をほどいた。

「七万ではリシャルの街を落とせないのではないか?」

 リシャルの街はプリーア帝国の最東端の街として強固な城壁で守られている。三万の兵が東征で失われたとはいえ、退役兵や補助兵も含めることになるが、依然として二万近くの兵が残っている。籠城を続けながら周辺の街や帝都からの援護も期待できる。簡単に落とせるものとは思えなかった。

「他の街からも兵を向ける。最終的には十万を超える兵が包囲することになるだろう」

 その言葉が本当なら、プリーアの外征に対して、やはりトラシルは相当以前から準備を重ねてきたのだろう。

「攻略の目標はリシャルの街だけか?」

「そんなことまで俺はしらねぇよ。そろそろ金を払ってもらおうか?」

 リーダー格の男が脅すように槍をアウルスに突きつけた。

 アウルスはその槍を掴むと手繰り寄せて奪い取った。更にはその槍でリーダー格の男を突き刺す。

「てめぇっ!」

 馬上の兵士の一人が槍を構えて突進をするが、アウルスはその槍を掴みながら馬の突進をかわして、その男の喉元に槍を滑り込ませる。

「ぐはっ」

 男が馬上から落ちた。更には槍を投げ放ち、もう一人の敵を貫いた。

《プリーア東方の地図》

挿絵(By みてみん)

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