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15.東方総督の計画

 セアトたちの望む通り闘技場の周囲には人影はなかった。

 正確には一人いた。メイド服に身を包んだ花族の娘だ。セアトたちはデキムスたちが街に戻ってくる可能性にかけた。しかし、西と東のどちらの門から戻ってくるのかは予想ができなかった。西にはアウルスとエンネニーナ、東にはセアトとラクタリスに分かれて見張り、首尾よく補足することができれば、この場所へ誘導し、花族の少女に取次をしてもらう手はずにしていた。

 間もなく、アウルスとエンネニーナも姿を現すだろう。

 抵抗をする可能性があると考えていたデキムスもまた、逆らわずについてきていた。騒ぎにしたくないのはこの場にいる全員の思いだった。

 羊蹄族むふろんぞくの二人は周囲を注意深く見渡している。姿を表さないアウルスを警戒しているのだろう。

「さて、総督。馬上からの挨拶で申し訳ないが、私は魔法部隊所属のラクタリス・テュリク、こちらが情報偵察部隊所属のセアト・ケルナスです。戦場で倒れているあなたをここまで背負ってきたのはセアトです」

 ラクタリスが手のひらを上にして差し出した。セアトもそれにならう。デキムスはかすかに頷いた。

「で、そちらの方は?」

 彼が羊蹄族むふろんぞくの二人に視線を送った。

「ルスティカとセルウィリア。私の護衛だ」

「なっ!」

 あっさりと名を明かされたことに抗議するように、彼女たちはデキムスを睨みつけた。

「どうせ、幾つも持っている名の一つなのだろう」

 デキムスが彼女たちの非難を意に介する様子はなかった。そしてセアトたちに視線を送る。

「お前たちは私に何を求めている?」

「わかっていると思いますが、戦場で伏して敵に捕らえられるのは仕方のないことです。しかし、東方総督ともあろうお方が自らの手で敵の城門を叩くことは見過ごせません。我々はそのようなことのためにあなたをここまでお連れしたわけではありません」

 ラクタリスが杖を手にした。

 デキムスは彼の杖に視線を落とす。羊蹄族むふろんぞくの二人は逃げ出す準備のためか馬を少しさげた。

「……蒼球の魔術師と言ったか。ラクタリス、お前の名は知っている。お前は私にプリーアへ戻り生き恥を晒せというのか?」

「生き恥がなんだというのです。あなたに付き従った三万人の半数は戦場で命を落としたでしょう。残る半数もそのほとんどがリシャルの街を再び目にすることなく、トラシルの地で命を落とすでしょう。しかし、あなたなら彼らの窮地を救うことができる」

「ばかな……、今の状況は把握している。もはや軍団を立て直すことが不可能なことは誰の目で見てもあきらかだ」

「それでも、あなたは彼らの命に責任を負う立場にある。逃亡は許されない」

 ラクタリスが言った。そのとき、二頭の馬が駆けてきた。アウルスとエンネニーナだった。

「ああ、彼は百人隊長のアウルス・ルフス。そして彼女が敵国の住民ながら、あなたに治癒魔法を施した修道院の娘です」

 アウルスはデキムスたちの退路を断つように彼らの背後に回った。エンネニーナはセアトの背後に隠れるように馬を進める。

 デキムスの視線がエンネニーナに注がれた。姿勢を正すように背筋を伸ばした。

「その女……」

 呟いたが、言葉が続けられることはなかった。そして視線が伏せられた。



「総督」

 セアトが言った。

「総督はトラクスへ亡命するつもりでしょうが、少し考えてみて頂きたいことがあります」

「……何をだ?」

「この度の東征についてです。我々はトラシル軍七万の奇襲を受けました。王都ロドフランから発った軍だと聞きました。それほどの軍勢の情報が全く入っていなかったのでしょうか?」

「トラシルのバハラーム王は好戦的な王ではない。シャヘンを落とした段階で、ようやく軍団兵の徴集を始めたとの情報を得ていた」

 王都ロドフランからシャヘンの街まで、毎日行軍したとしても四〇日はかかる。プリーアには街道が整備されているが、トラシル領内の交通網は整備されていない。早馬でも半分にすることは不可能であり、敵国内でプリーアの諜報員がそれ以上の速度で情報の交換ができるとは思えないので、三〇日程度の誤差があったのではないだろうか。

「伝書鳩だ。情報には数日の誤差はあったであろうが」

 忌々しそうに呟いた。伝書鳩による通信網は簡単に構築できるものではない。以前から存在していた仕組みだろう。

「皇帝が遠征の命令を下す以前から侵攻の準備は進めていたのですね」

「当たり前だ。平時でも常にトラシルの動向は探っていた」

 デキムスの答えはセアトの考えを裏付けるものだった。

「それで、敵の動きが遅いとみて、さらなる侵攻を決めたと。最終目標は王都ロドフランでしょうか?」

「お前は私に考えてほしいことがあると言った。なのに質問ばかりではないか?」

 デキムスがセアトの次の言葉を促す。

「ナズベートの街を訪れて、更に疑問に思いました。この街は侵攻してきたプリーア軍への反攻のために兵を集めるのではなく、リシャルへ攻め込むために徴兵をしているのです」

「情報が漏れていたのだろう。そんなことをこの場で詮索してどうする?」

「間諜レベルでの工作の結果ではありません。漏れているのは軍団の動向ではなく意思決定です。司令部のそれもかなりの権限を持っている方が、プリーアの情報をトラシルへ流し、逆にトラシルの情報を隠蔽していたのではないですか?」

「そんな事ができるのは、ピソ副総督だ。彼はミナレイヤ平原で奇襲を受ける前、自ら調査をするといって陣を離れた……」

 デキムスが忌々しそうに呟いた。手綱が強く握りしめられる。奇襲を受けた時にピソの裏切りに気付いたのだろう。ピソのフルネームはマルクス・カルプルニウス・ピソ。デキムスより若く三九歳の男だ。情報偵察部隊の長官も兼務している。つまりセアトの上官でもある。

 敵味方の情報に真っ先にアクセスできる彼ならば情報操作も容易だ。

 デキムスとピソが対立しているという噂は聞いたことがない。しかし、デキムスは帝都から派遣された男であり、ピソは前東方総督の子飼いでもあった。

 デキムスは赴任したときに前総督の司令部を粛清したが、幾人かは赦免し、新司令部に残留することになった。

 ピソはその一人である。中央から派遣された新司令部にとって、東方地域の情報を統括する彼の代替はいなかったのだろう。

 また、プリーアの各都市の行政は、トップが二名体制で運営される。その一人がデキムスであり、もう一人がフラウィア・クィントゥス・サビナという女性だ。彼女もまた残留組である。彼女の着任時は十代であった。これは中央に反発する民衆の息抜きのための傀儡と言われている。今は留守居役としてリシャルの街に残っている。

 粛清については、前総督は籠城したうえでの反抗だから仕方がなく、デキムスも皇帝の意向に従ったまでだと言えた。だが、リシャルの街の住民にとって面白い話ではなかっただろう。

「そうだとすると、既に副総督は亡命を果たしているはずです。おそれながら、総督よりも古くからトラシルとコネを持ち精度の高い情報を持っているのです。そこへ総督が亡命するのです。トラシルは総督をどのように扱うでしょうか」

「……殺しはしないはずだ」

「人質としての価値を考えておられますか? でもトラシルはリシャルまで攻め上ろうとしているのです。人質交換の交渉が直ちに行われるとお考えですか? 帝都も降伏した総督を恥と考えるはずです。容易に交渉には動かないでしょう」

「……」

 デキムスが黙り込んだ。一瞬、セアトたちを値踏みするように眺めていく。エンネニーナのところで、視線が止まるがすぐに流れていく。

「話はまとまったようなので、私たちはこれで……」

 ルスティカとセルウィリアが、明らかな愛想笑いを浮かべてその場から離れようとする。

「待て、お前たちを逃がすわけにはいかない」

 二人の馬の鼻先を押さえるようにアウルスが動く。

「話はすんだでしょ!」

「終わっていない。そのままではくたびれ儲けだろう。総督がリシャルの街にたどり着くまで護衛をするというのはどうだ?」

 セアトの言葉に二人は顔を見合わせる。

「……金貨五〇枚では済まないけど」

 セルウィリアがジト目でセアトを見据える。

「大丈夫。この方はプリーアの東方総督だ。リシャルの街に戻れば金貨千枚は用意できる」

 セアトはデキムスに諮ることもなく即答した。

「リシャルがトラシル軍に負けて陥落しなければの話でしょ!」

「俺たちは全員馬で移動できる。軍の移動よりも早く移動できるはずだ」

 セアトと二人が見つめ合う。

「……わかった。その男、アウルスの強さは知っているし、断って口封じのために殺されたくない。それにこのまま逃げだして、政庁や司令部にタレ込んだところでタダ働きになりそうだしね」

「ええっ? ちょっと、本気なのっ!」

 ルスティカは反対の声をあげるセルウィリアに肘打ちをいれて黙らせる。

「これで、話は纏まった。いかがでしょうか、総督?」

 セアトの言葉にデキムスが不満を隠すことなく頷く。その時である。彼らの前方にトラシルの兵が現れた。

 背後を振り向くと、そちらにもトラシル兵がいた。

《プリーア東方の地図》

挿絵(By みてみん)

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