13.流浪の民
ルスティカたちは彼女たちの部屋の扉を開いて驚愕する。
ベッドに腰を下ろして座っている壮年の男がいた。彼女らの手荷物が荒らされ、そこから取り出したのであろう干し肉を咥えていた。
「ここはどこだ? そしてお前たちは何者だ?」
野太い声が響く。寝ているはずのデキムスだった。干し肉を持つ反対側の手には短剣が握られていた。彼は二人に強い視線を送ってきた。
ルスティカとセルウィリアは顔を見合わせる。そしてお互いに先に喋らそうと肘でつつきあった。
「ここはナズベートの街です。そしてここは私たちの部屋です。あなたこそ何をしているのですか?」
ルスティカが心の中で舌打ちをしながら答える。今までセアトたちを観察してきて、彼が起き上がることはないと判断をしていた。念を入れて縛っておくべきだった。
こうなった以上、彼には不審者としてこの部屋から出ていってもらおう。
「中に入って来い。そして扉を閉めろ」
デキムスが短剣をかざして言った。二人は息を飲む。しかし、部屋の中には入らない。彼女たちにも戦闘の心得はある。二対一なら負けない自信はある。しかし相手の実力がわからない以上、絶対ではない。
そして予想外の事が起こりすぎていた。
「出ていって下さいっ! さもないと宿の主人を呼びます」
ルスティカの言葉を聞いてデキムスは鼻で笑った。そして、彼女たちの荷物から小袋を取り出して床にばらまいた。幾つもの装飾品が床に転がった。
「お前たちは商人でこれは商品だと言うのだろう。だが、価格帯が全く違う装飾品が紛れている。仕入れたものだというのなら、誰に売りつけるつもりだ?」
「……」
ルスティカとセルウィリアの瞳がスッと細くなり、表情から感情が消えた。二人は無言のまま腰の得物に手をかけた。
「脅しはしたが、戦うつもりはない。私は長い間眠っていたらしい。この場所が本当にナズベートだとすると俺は最低でも三日間は眠っていたことになる。情報が欲しいだけだ」
「話をしたら、出ていってもらえますか?」
ルスティカの言葉にデキムスは口角を上げて笑うと頷いた。
セアトたちが一頭の馬を盗まれたと知ったのは翌朝のことだった。
「まあ……、そもそも奪ったものだから……」
彼の言葉に四人は肩を竦めるようにして力なく笑う。
気がかりなのは、夜明け前に宿を発った者がいたという宿主の情報だった。
羊蹄族の二人組みに一人の人族の男。中年という年齢、セアトと同じくらいの身長、そして、フードで隠されていたが、痩せこけた骨格。デキムスの特徴に似ていた。
デキムスは武人系の総督で、筋肉質な体型をしていたが、敗戦以降、まともな食事をしていない。この街につく頃には唇は枯れ、やせ細っていた。
宿主は男に見覚えがなかったが、脅し合っているような素振りはなく、二人が客をとったのだと考えていた。そして男はそれを見られたくなかったから、早朝に姿を消したのだと自然に考えた。この宿屋は部屋に対して料金を支払うことになっている。料理は別だ。また男が女を連れ込んだり、その逆も当たり前のようにあるので、設定以上の人数が宿泊したとしても、よほどのことがない限りとがめられることはない。
「羊蹄族の二人組は昨夜、エールを奢ってやった奴らだな。かなりの美人姉妹だった」
ラクタリスが言った。
「フードで隠していただろう。今思えば、明らかに怪しい二人組だった」
「美人を見抜く力なら俺は誰にも負けない」
アウルスの言葉に、ラクタリスが自慢をするように答える。
「本当にデキムスさんなのでしょうか……」
「わからない。本当に総督だとすると、なぜ、羊蹄族の二人組と一緒に行動をしているんだ?」
いくら考えても、何も思いつかなかった。気を失った総督を背負ってこの街を訪れ、この宿屋に宿泊するなどセアト本人にも予想できなかったことだ。なのに、デキムスと羊蹄族の二人組が落ち合って姿を消す。考えられないことだった。
「あの二人組はプリーアの関係者でデキムスに近しい者たちだった。そして俺達を尾行していて総督が意識を取り戻したのと同時に接触して、この街を離れようとした」
「いや、それだとあの脅迫状の意味がわからない」
セアトの考えをラクタリスが否定した。
「そうだった。あの二人が総督を誘拐した。しかし、総督が返り討ちにした。そして二人は手下になった。リシャルまで戻れば報奨を与えるなど耳障りの良いことを言って手懐けた」
セアトが思考の更新を行う。
「あの二人組みより俺たちの方が心強いだろう。報奨も安く済むはずだ」
「気を失った状態で俺たちの奮闘が果たしてどれほど伝わっているだろうか。あるかないのかわからない忠誠より、金のつながりのほうが単純でわかりやすくて良くないか?」
アウルスの言葉にラクタリスが答える。
「生まれたときに、始めて見た者を親と思うような事もあるのかもな……」
アウルスがつぶやく。
「とりあえず、馬を盗んだ者が本当にデキムスなのかどうか確認しよう」
セアトが言った。
「そんな方法があるのか?」
アウルスとラクタリスが驚いた表情でセアトを見た。
セアトの案は単純なものだった。
脅迫状に書かれたことを遂行するだけだ。徴収に姿を表さなければ二人組みと一緒にいた男はデキムスと判断してもいい。
エンネニーナは金貨五〇枚を持って、ひたすら闘技場を回り続けた。
それは太陽が中点を指し、休憩時間が訪れるまで続けられた。
闘技場は円形の広場を囲むように観客席が作られている。外から見れば石積みの巨大な円筒の建物だ。
その周囲には、広場とも言い換えてもよい石畳で舗装された幅広い道路が取り巻いている。
さらに外側には植樹された木々が壁の役割を果たしており、公園のようになっていた。その木々の下にベンチが配置されている。この道路は、数カ所で市街地の格子状に配置された道路と接続していて誰でも出入りをすることができた。
彼女はその一つのベンチに腰を降ろし、セアトが露店で買ってきたケバブサンドを頬張る。丁度、木陰になっていて日差しを避けることができた。
「ただ、歩くだけでこんなに疲れるとは思いませんでした……」
彼女はセアトが覚えたての水魔法で作成した水を飲んでため息をついた。
セアトやアウルス、ラクタリスなら歩荷訓練をしているので、長時間の歩行も苦にならないが、エンネニーナにとっては苦行であった。
しかも、日差しがきつく、体力が容赦なく削られた。
街は出征の準備のため兵が集められており、中では何の催しもされていないのだが、周囲にはそれなりの露店が立ち並んでいた。そして人通りもそれなりにあった。
彼女が歩くのをセアトとラクタリスが見張る。一緒について歩くわけにはいかないので、二手に別れて影から見張るようにした。アウルスは宿屋に残ってもらった。まだデキムスが宿屋の何処かの部屋の一室に監禁されている可能性を考えてのことだ。
セアトたちには、羊蹄族の二人と一緒にいた男がデキムスであると確信めいた予感があった。だから見張りをつけているものの危険はないとみてエンネニーナに一人で歩かせていた。
そのため、彼女に話しかける者などいないと考えていたが、彼女は街の男たちからひっきりなしに声をかけられていた。その度にセアトとラクタリスはあたふたとする彼女の救出に出向いた。
「モテモテだったな」
「う……、うれしくありません」
セアトの言葉にエンネニーナは返事をした。
「修道院の生活が恋しいです」
彼女は足のむくみを取るために自分でマッサージをしている。
「ホームシックにかかったか?」
「セアトさんにはそういう事は?」
答えたくないのか質問を重ねてきた。
「どうかな? 物心がついたときからずっと旅をしてきたから」
「リシャルの出身ではないのですか?」
驚いた表情でエンネニーナが聞き返す。
「『流浪の民』を知っているか? 実は俺も孤児だった。彼らに拾われて育てられたんだけど、犬耳族には一五歳になった年に、一年間、一人で自立して過ごさないといけないという掟があるから……」
セアトが笑った。エンネニーナにはそれは寂しさを隠す仕草に思えた。
彼女も流浪の民のことは知っていた。むしろ神に使えて過ごす彼女にとって、馴染みの深い存在である。真偽は不明だが、太古の神々の戦いのときに流浪の民は最後まで女神五柱につき従った。その事で、他の五十神から怒りを受け、一つの場所に定着して済むことができなくなるという呪いを受けた者たちである。以来、彼らは世界中を放浪する生活を続けているという。
「自立しないといけないのに、軍隊に入っちゃったのですか?」
厳格で規律正しい生活は送れそうだが、基本は集団生活である。自立という言葉とは程遠い存在のような気がした。
流浪の民の中に犬耳族の風習を知る者がいたのだろう。猫耳族にもそのような種族特有の風習があるのかは分からなかった。彼女もまた物心つく前に教会に引き取られて、周囲には同じ猫耳族はいなかったためである。
「まあ、犬耳族の風習は自分の生き方を決めるための修行のようなものだから。それに生計を立てるには一番手っ取り早いと思っちゃったんだ」
「それだと、一年どころじゃないじゃないですかっ! 流浪の民の人たちも心配をしているんじゃ……」
「どうかな。でも、彼らのところにはもう戻れないんだ……」
「それは、どういうことなのでしょうか?」
「理由はわからない。族長の側仕えの人より一族から離れるように言われた。そして戻ってくるなとも言われた」
「ま、まさか、族長さんに娘さんがいたりとかしませんでしたか?」
エンネニーナの言葉にセアトが驚いた表情を浮かべた。
「知り合いなのか?」
「いえ。でも流浪の民は神話の中に名が残る民です。族長の娘さんはセアトさんより年上……二〇歳近くの方で、セアトさんとはかなり親しい関係にあったのでは……」
「彼女は弟のように接してくれた」
苦しさをこらえるかのように、セアトの顔が歪んだ。セアトにとっても彼女は姉同様の存在だったのだということはエンネニーナにも想像できた。もしかすれば、姉以上の存在だったのかもしれない。
流浪の民は族長の女系の血脈を絶やさないように、その娘が二〇歳を超えたときに行われる儀式がある。流浪の民ではないセアトには決して見せることができないおぞましい儀式だ。彼女が修道院の関係者以外には他言無用として聞かされた内容はあまりにも残酷で恐ろしく、その夜、修道長の部屋で寝ることになった。
そのことをセアトに伝えるべきか彼女は迷っていると、二人の前に人影ができた。
闘技場の反対側で見張っていたはずのラクタリスである。
「お二人さん、お話がとても長いようですが……」
彼が厭味ったらしく尋ねてきた。





