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最終決戦都市ミレニアム

【前日譚 30日前】最終決戦都市ミレニアム――愛欲型最終決戦兵器の微笑

作者: 満月小僧

 勇者が魔王を封印して千年後の今日。魔王の封印が解かれる日。

 最終決戦都市ミレニアムに世界中の英傑が集った。

 全ての職種の全ての種族が世界を救わんと魔王への決戦に挑む。


 その決戦前の百日間。決戦都市ミレニアムにて一人の呪いの騎士が一人のネクロマンサーの少女と過ごし束の間の平穏。

 騎士と少女、二人が過ごす百日間。その出会いから七十日目の話。

 少女に連れられ、騎士は英傑達が集う大食事処を訪れる。そこには強さを追い求める妖狐族の青年が居た。


※最終決戦都市ミレニアムの百日編の時系列では五番目のパートです。

※全パート順不同で好きな様に読んでもらって構いません。

「ヴァニティ、大食満願に行こうよ」


 ミザニアが突然そう言い出したのは、魔王との決戦まで三十日の時だった。


「大食満願?」


 ヴァニティは黒兜をカタカタ揺らしてミザニアへ顔を向けた。


 時刻は昼と夕の間、ミザニアに連れられ、ミレニアムの大市場を回っている頃だった。


「ミレニアムで一番美味しいご飯屋さんなの!」


 呪物のブレスレットを見ながらミザニアが語る。どの様な料理、どの様な飲料、どの様な空気でも用意するという、世界一番の料理人たちを集結させた大食事処であるらしい


「行くのは構わないが、知っての通り、俺には食事が取れないぞ? それでも良いのか?」


「良いの。それでもヴァニティと一緒にご飯を食べに行きたいの」


 三角帽子を揺らしてミザニアの目元にはうっすらと隈ができていた。連日連夜、明け方まで英傑達と床を共にしているからだろう。体力の限界が近いのだ。


 物見遊山などせず、クレインダスクで寝ていた方が良いのではないかとヴァニティは言ったが、ミザニアは遊びに行きたいと強請った。後少しで決戦が始まる。それまでにこのミレニアムをもっと好きに成りたいと言うのだ。


 ヴァニティはミザニアの騎士である。このネクロマンサーの望みを叶える立場にあった。


「それにね、大食満願の料理は体にも良いんだよ。食べちゃえば寝不足や疲れなんて吹っ飛んじゃうんだから」


 ニコニコとミザニアは覚束ない足もとを揺らす。それが目的なのだろう。この世界には食べただけで全ての不調を完治させる一品を作れる料理人が居る。


 あらゆる英傑を集わせたミレニアムだ。極致に到達した料理人の十や二十居るのだろう。


「受付嬢も呼ぶか? 料理ならばあの女も興味があるだろう」


「良いね! 呼ぼう呼ぼう!」


 跳ねる様に喜ぶミザニアを横目に、黒兜を動かしてヴァニティはペンダント型魔法陣を起動し、クレインダスクの受付嬢の魔法陣と音声を繋いだ。


『はいはい、もしもし、どうしたのヴァニティさん』


「もう夕飯の支度はしているか?」


『いんやまだだよ。今はミザニアさん達のプレイの後始末してる。すんごいねー。もう床がびっちゃびちゃ』


「ミザニアと大食満願に行くんだが、お前もどうだ?」


『大食満願! 良いね良いね! 料理人の端くれとすれば理想郷だよ! すぐに行くから店の前で待ってて!』


 魔法陣の奥でクレインダスクの受付嬢は尻尾をピンとさせて喜んでいるのだろう。ヴァニティにはそんな様子がありありと想像できた。


「受付嬢も来るそうだ。先に店に向かおう」


「わーい! みんなで外食! これはちょっとしたパーティーだね!」


「ここが大食満願だよ! すごいでしょ!」


 ミザニアが自分の口で「バーン」と言いながら店を指した。


「おお」


 確かにミザニアの言う通り大食満願という料理店は大きかった。十階建てで小さな家であれば十数個は入れそうな程に大きく、外からでも凄まじい喧騒の音がワチャワチャと聞こえている。


「あれは、鳥人族か?」


「そうだよ。ウェイトレスさんをやってるんだって。あんまりにも人が多いらしいからね」


 それぞれの階の大窓からは料理を置いたお盆を持った翼持ち質が文字通り縦横無尽に飛び回り給仕をしている。


 喧騒に塗れているが、ある種の規則を持った鳥人達の動きは見ていて気分が良かった。


「あ、お待たせー。デートはどうだったー?」


「あ、受付嬢さん! デートはとっても楽しかったよ! ヴァニティはやっぱり優しいから!」


「デートだったか? あれは?」


 キャッキャとミザニアと受付嬢が手を合わせる横でヴァニティが黒兜を揺らして肩を竦めた。淫魔ということもあるのだろう。この受付嬢はやたらと色恋沙汰にこだわる傾向があった。


 スッとヴァニティは黒兜の奥で視線をミザニアの足元へ向ける。受付嬢と小さく跳ねまわるその足元はやはりふらついている。


 当たり前だろう。連日連夜このネクロマンサーはほとんど寝ていない。アンデッドでもなければそれは 致命的だ。


「さあ、入るぞ。折角だ色々食べようじゃないか」


「うん!」




「これはこれは」


 ワイワイワイワイワイワイ! ガヤガヤガヤガヤガヤガヤ!


 大食満願の中は外から見ていた以上に喧騒に塗れていた。


 魔法か魔術で広さを拡張している店内。天井さえも食卓を並べてその中を給仕が飛び回り、料理人たちの声が行き渡っていた。


 やれ、マンドラゴラは何処だ? やれ、ベイリオピックが切れた! やれ、神鳥の炎が足りない!


 厨房は戦場だという話を何度か聞いたことがある。誇張でも何でも無い程に店内は騒がしかった。


「あ、お客さん! お客さんですね! ご人数は!」


 ヌルヌルヌルヌル! 背後から一体のスライムが現れ、入り口で立ち止まっていたヴァニティ達へ声をかけた。


「三人だよ! あ、でも、ヴァニティはご飯を食べられないから、食べるのはわたしと受付嬢さん!」


「最高の料理を頼みますよ」


 何故か大物の顔をする受付嬢を無視して、スライムがプルプルと震えて思考する。


「とても混んでいるが、席は空いてるのか?」


「空いてます空いてます。この大食満願、お客様を飢えさせは決してしませんとも。こちらの分体が席をご案内します」


 プルン。そう言いながらスライムが体の端を一部分裂させた。


「こちらです! ついてきてくださいおきゃくさま!」


「可愛いねヴァニティ! プルンプルンしてる~」


「可愛いのか? これが?」


「ヴァニティさん、可愛さとは見た目だけじゃ無いですよ」


 ミニスライムに付いて行き、数回階段を上がった後、ヴァニティ達が案内されたのは四人掛けの丸テーブルだった。


「メニューはこちらです!」


 ポン! 何処に格納していたのか、何かの魔術か、ミニスライムからメニューが吐き出され、テーブルに置かれる。


「ありがと。また後で呼ぶね」


「はい~!」


 ミザニアがミニスライムを一撫でしたのを見た後、ヴァニティ達は席に腰かける。


「おお~! すごいですよヴァニティさんミザニアさん! 超貴重食材の宝庫ですよ!」


 尻尾と羽を激しく動かし、受付嬢がかじり付く様にメニュー表を見た。


「不死鳥の卵! 神龍の肝! 竜宮の海草! 料理人なら一度は夢見る食材! あ~、私も調理してみたい~! 下処理全然分からないけど!」


「お前がそんなに興奮するのを見たのは初めてだな」


「そりゃ私は淫魔一の料理人を自負している者ですからね。料理には眼が無いんですよ」


 不敵に笑う受付嬢に黒兜を揺らして、ヴァニティは受付嬢からミザニアへとメニューを渡した。


「ほら、ミザニア、食いたい物を頼め。さっき見たがここの料理は全部無料らしいぞ。流石最終決戦、どこも太っ腹だな」


 今日の主役はミザニアである。受付嬢の言う通り、それだけの貴重食材があるならミザニアの体力も復活するはずだ。


「え~、迷っちゃうな~」


 どれどれ? とミザニアがページを捲る。その様を横目にし、ヴァニティは周囲を見た。


 前、横、後、そして上、全ての床と壁面で客たちが食事をしている。その中でとても目立つ一角があった。


 ガブガブガブガブ! グビグビグビグビ! ガツガツガツガツ!


「トニグラと……誰だ?」


 ヴァニティ達の隣の大机。そこには二人の客が居て、そのテーブルを埋めんばかりの料理があった。


 一人は知っている。先日手合わせをした竜人族の戦士、トニグラだ。だが、もう一人に見覚えは無かった。


 毛並みの良い九本の尾、黄色い三角の耳、どうやら妖狐族の青年らしい。


 ミレニアムにはありとあらゆる場所から英傑が集まっている。この妖狐族の青年もその一人だろう。


 ガブガブガブガブ! グビグビグビグビ! ガツガツガツガツ!


 ガブガブガブガブ! グビグビグビグビ! ガツガツガツガツ!


 ガブガブガブガブ! グビグビグビグビ! ガツガツガツガツ!


「わー、すごいスピードだね」


 あわや魔法とも見間違うスピードでトニグラと妖狐族の青年はテーブルの料理を胃に収めていく。


 その様は酷く目立ち、この階の客達は皆、妖狐の青年へ視線を集めていた。


 トニグラには竜の胃がある。それ自体は広く知られている。だから、トニグラが今の速度で食事ができることに驚きは無い。


 けれど、少なくともこの距離で見る限り、妖狐が口や胃に魔法を使っている形跡は無かった。


 ということは、この妖狐は真正面から竜の胃を持つ竜人と同レベルの速度で食事をしているということだ。


「んん? ヴァニティ達か!」


 トニグラがヴァニティ達に気付き、こちらへと手を振った。


「トニグラ、久しぶりね! 隣の方は誰? 初めて見る人ね」


 ミザニアの言葉に妖狐が器を置き、ヴァニティ達を見た。


「初めましてだね。僕はガレッド。見ての通り妖狐族。世界最強の武道家さ!」


「まあ、武道家さん! わたしはミザニア。ネクロマンサーのミザニア。よろしくね」


 トコトコとミザニアがガレッドと名乗った妖狐まで歩き、握手をする。


「ネクロマンサー、君があの。じゃあ、今度一晩どうだい?」


「喜んで! わたしが初めての人は優先的に時間を空けるわ!」


 褥の誘いを快く受け入れ、ミザニアがガレッドの右隣に座り、ヴァニティ達を手招きした。どうやらガレッド達と一緒に食べようということらしい。


 ヴァニティがミザニアの右に、受付嬢がそのまた右に座ったところ、ポヨンポヨンとミニスライムが近づいて来た。


「お客様お客様。こちらの席をご希望ですね。ご注文はお決まりですか?」


「んーとね、この不死鳥卵のパンケーキをお願い」


「私はリヴァイアサンの白子炒めくださいな」


「俺は良い」


「かしこまりー!」


 ポヨンポヨンと注文を受け取って数十秒で「お待たせしましたー!」と頼んだメニューがミザニアと受付嬢の前に置かれた。どうやら時空魔法か何かで調理時間を弄っている様だ。


「それじゃ、いただきまーす!」


 パンケーキをナイフで切り分け、フォークに刺して口に入れ、ミザニアが顔を綻ばせる。


「うっわ、この白子炒めめっちゃ旨いですよヴァニティさん。いやもうヤバい。生命の奔流を感じる」


 対して受付嬢は眼を見開き、尻尾がわちゃわちゃと動き回っていた。


 本当に旨いのだろう。ヴァニティには遥か昔の記憶だった。


「そこの黒兜の人は飯は食わないの」


 ガツガツガツガツ。食事を再開したガレッドがテーブルでただ一人、料理に手を付けないヴァニティへ目を向けた。


「ああ、俺は飯が食べられないからな。気にしないでくれ」


「? あれ、あなたは何て名前だっけ? ごめんね、さっきは食べてて聞き逃しててさ」


「ヴァニティだ」


 カチャ。ヴァニティの名前が出た瞬間、ガレッドが食事を止め、「ああ、そうか。君が黒騎士か」とヴァニティへ歩み寄ってきた。


「ちょっと良いかい?」


「何を――」


 瞬間、ガレッドの拳がヴァニティへと放たれた。


 ガアアアアァァァァァァァァアアアアァァァァァァァァアアン!


「……やるね」


「いきなりどうした?」


 ヴァニティは間一髪で黒の大剣を引き、ガレッドの拳を受け止めていた。


 突然の攻撃。暴挙である。ヴァニティには疑問が尽きなかった。


「謝罪するよ。ヴァニティ。ごめんね。どうしても噂が本当か試したくてさ」


「噂? ヴァニティにどんな噂があるの? わたしはとっても知りたいわ!」


 はいはいはい! ミザニアが手を挙げる。今自分の護衛が攻撃された件には口を出すつもりが無い様だ。


「黒騎士、ヴァニティ。その剣は絶技。全ての祝福を受け、それが反転してしまった呪われの者。ある意味で世界で一番有名な流浪の騎士様。概ねこんなところかな」


「へー。ヴァニティ言ってくれれば良かったのに。そんな有名人だったなら」


「言う程のことじゃない。というかお前も知らなかったのか?」


 やれやれと大剣を背中に戻し、ヴァニティが肩を竦めた。


「すまない。不意打ちが一番、その実力を見れると思ったんだ。許して欲しい」


「良いさ。千年決戦の前に貴重な戦力を失う訳にはいかんだろ。お前は世界最強の武道家なんだろ?」


「そうだよ。妖狐族一にして徒手空拳を極めた男が僕だからね」


 拳を合わせて謝罪をした後、ガレッドが元の席に戻り、食事を再開する。


 バクバクバクバク。モグモグモグモグ。ゴクゴクゴクゴク。


「スライムさん! おかわり!」


「承知です!」


 あっと言う間に目の前の塊肉を平らげ、あまつさえ追加を頼んだガレッドにヴァニティは黒兜を揺らした。


「その細い体に良く入るな」


「食は力だからね。武道家として体作りは日々やっておかないと」


「シャッシャッシャ! 我と大食いで張り合える者が別の種族居るとは思わなかったぞ!」


 トニグラが長い舌をチロチロと出してガレッドを讃えている。


 竜の胃を持つ竜人族と同等の量を食べられる。それはどうにもおかしなことだった。


「魔法か何かを使っていないのか?」


「使ってない使ってない。僕の魔法はね。ただ、ちょっとした丸薬を呑んでるだけだよ」


「丸薬?」


「これこれ。大市場で買った丸薬。名前は死食同源。知ってるかい?」


 ガレッドが懐から出した黄色い丸薬。そこには確かに魔力が込められていた。


「死食同源? ガレッドさん。あなたそんなのを呑んでるんですか? 死んじゃいますよ?」


 炒め物を食べながら受付嬢が「はー、これがあの」と丸薬を手に取っていた。


「受付嬢さん! 知ってるの? 教えて教えて!」


 体力が戻ったのか、少しだけ眼の隈が薄まったミザニアが手を挙げる。


「服用者の消化器を死ぬほど動かす丸薬ですよ。普段は消化できない物とか量を簡単に消化できるようになる。ただ、死ぬほど内臓を動かす薬です。それこそあっと言う間に臓器の寿命が来るくらいに」


「ははっ。魔王と戦うんだ。これくらいのことはしないとね」


 ガレッドが楽しそうに笑う。その顔からは魔王との戦いを心待ちにしているのがありありと分かった。


 なるほど。ヴァニティは理解した。どうやらガレッドは様々な毒を摂取しているようだ。


 通常の武道家であれば決して手を出さないだろう。けれど、約一月後に迫った魔王との決戦は比喩では無く最強への挑戦だ。


 呪いも魔術も薬物も、全てを使いガレッドは自身の体の最終調整をしているのだ。


「お待たせ―! 神猪エリュマンのもも肉ですー!」


 プルンプルン。スライムがドンとガレッドの前に新たな塊肉を置く。


 それをガレッドは「来た来た!」と頬張った。


 強さを欲し、何もかもを捧げ、この妖狐族の武術家は魔王との決戦に備えているのだ。


「まあまあまあ。ガレッド、そんなにしてまで魔王に勝ちたいのね」


「そりゃそうさ。世界最強は僕の夢だからね」


 黄色い毛並みの妖狐族の青年の晴れやかな笑顔に、ミザニアは微笑んでいた。

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