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運命の相手は私ではありません!~だから断る~  作者: 一番星キラリ@受賞作発売中:商業ノベル&漫画化進行中


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「NO」一択

 つなぎとめるためね。


 報酬についてお互いが一致することで、ゴールも明確になる。達成目標に向け、動く状況を作り上げるわけだ。つまりコミットメント理論を応用したようなものね。


「皇太子殿下、お金はいりません」

「……え?」


 そこで皇太子は、一瞬言葉につまるが、すぐに代案を提案した。


「では宝石はいかがですか?」

「宝石も結構です」


 これにはさしもの皇太子の顔に「なぜ」が浮かぶ。それでも皇太子は、ドレスや高級な絵画、ワイン、砂糖、香辛料など、高額なものを次々と提示してくれる。


 そのすべてに対する私の答え、これは「ノー」一択だ。


「何を提案すると、あなたが首を縦にふっていただけるのか……お手上げです」


 皇太子はその美貌の顔を、大変困らせている。

 何を提案すれば、私が首を縦にふるか。その答えは簡単だった。


 皇太子に呪いの中継者まで使い、「死」に結実する呪いをかけた人物がいる。つまりは黒幕が。その黒幕に解呪したのが私だとバレたら、何をされるか分かったものではない。金品を受け取れば、どこかで気持ちが緩む。それに呪いが解かれたとなれば、黒幕は皇太子の足取りを探るはず。いくら呪いが解けたことをすぐに公表しないとしても。バレない可能性は、ゼロではない。


 どうやら皇太子の呪いが解けた。この半年間、集中的に解呪師探し行脚をしていたが、どこに立ち寄ったのか。その地で、急に羽振りがよくなったり、生活に余裕ができたりした解呪師がいないか。そんな風にサーチされたら、ひとたまりもない。


 必ず、消される。


「私が呪いを解いたと分かれば、黒幕に命を狙われるかもしれません。それが恐ろしいので、金品は受け取るつもりはありません」と答えたら、この優しく親切な皇太子は「なるほど。では皇宮お抱えの解呪師になりませんか」なんて提案を、してくれるかもしれない。


 それは一見すると、願ったり叶ったりの提案に思える。皇宮のお抱え解呪師になれば、皇宮にこそ住めないが、宮殿の敷地内に住居も与えられるだろう。生活は貴族並みになり、美食三昧かもしれない。


 でも危険過ぎる。ヒロインとそのお相手である皇太子の近くに、小説中に名前も登場していないモブがいるなんて。イレギュラー過ぎる。この世界はこうあるべきというストーリーの強制力・抑止力に目をつけられる! つまり消される!


 百歩譲って、モブ過ぎて、ヒロインと皇太子のそばにいても、スルーされる可能性もあった。でも宮殿なんて、伏魔殿だ。どこに魔が潜んでいるか、分かったものではない。足元をすくわれ、気づいたらいいように利用されている可能性は、否めない。つまり特殊なタイプの解呪師を、使わない手はないということだ。


 皇太子は、私を利用するつもりはないと考えても。皇帝陛下は分からない。使える駒の一つに過ぎないと思われたが最後、私の命なんて、紙より軽く扱われるだろう。


 よって本当の理由は明かせない。代わりにこう告げた。


「私が欲しいものを、申し上げてもいいでしょうか?」

「勿論です。何を欲しいのか、ぜひおっしゃってください!」

「御礼の一言をいただければ、それで十分です」

「えっ……」


 皇太子の澄んだ碧眼の瞳が、困惑で大いに揺れている。

 それはそうだろう。

 彼としては、十八年苦しむ呪いを解いてもらえるのだから、報酬も弾ませるつもりだった。それがまさかの欲しいのは「御礼の一言」なのだから。


「私はこの国に、助けられたも同然です。母国にいたら、王族に利用され、父も私も命を落としていたかもしれません。逃れてきたこのバーリントン帝国は、父と私を受け入れてくれました。そのバーリントン帝国の、未来の皇帝陛下をお助けするのです。私も父もこの国で骨を埋める覚悟で、ここにいます。そのためにも、皇太子殿下には、頑張っていただかないと。ですから、ただ御礼の一言で充分です」


 これは騙すようで、申し訳ないな~という気持ちがないわけではない。もし黒幕に害されることがないなら、報酬をいただきたい気持ちはゼロではなかった。そこをひた隠し、それこそ善人ぶるのだから。それでもこれは、私の生存がかかっているからで、仕方ないのです。


「そんな、シャーリー……あなたは……」


 皇太子が、女神を崇めるような瞳で私を見ているのが気になる。

 でもそれは、見なかったことにして、切り上げることにした。


「ところで皇太子殿下。呪いを解くのは、本当に明日でいいのですか? 私は別に今すぐこの場でも、対応できますが」


「明日にしたのには、理由があります。もう間もなく日没の時間です」


 その言葉に「!」となる。


 天幕の中は、ランタンやランプが灯され、時間が分かりにくかった。でも私が目覚めた時点で十二時半は過ぎていた。その後、昼食を楽しみ、じっくり話をして……そんなに時間が経っていたのね。


「初夏になれば、日没までの時間はぐんと遅くなりますが、今はまだ春の半ば。日没は意外と早いのです。呪いをわたしから吸収した後、シャーリーは眠るのですよね? そこで呪いを疑似体験し、それを持ってしてその呪いを解呪する。まだシャーリーの父君は帰宅されていない中、日没後、わたしと家で二人きりでは、変な噂も立ちかねません」


 そこまで心配してくれたなんて……!


 この天幕をみれば、バッチリ皇太子の紋章であると分かるし、誰もそんな風に思わないだろう。それでもそこまで心配してくれるなんて。皇太子は、本当に誠意溢れる人物だった。


「ですので明朝、お邪魔します」

「分かりました」


 こうして皇太子は帰ることになり、私が天幕を出ると、すぐに片づけが始まる。同時に。


「宿に滞在するので、食材を処分することになります。でもまだ食べられる物ばかり。もらってはくれませんか?」


 皇太子の後ろにいる近衛騎士達が、木箱をいくつも手に持っている。


 処分する=捨てる=もったいない!


 それをもらったところで、何か疑われることはないだろう。


 ありがたく受け取り、店ではなく、家の方へと運びんでもらっていると。天幕はあっという間に片付けられ、そして皇太子は宿へと去っていった。


 家に入り、もらった木箱を確認した私は一人、腰を抜かしそうになる。だってそこには瓶詰のキャビア、春トリュフ、高級ワインなどが当たり前のように入っていたのだから! さすが皇太子ね、と唸るしかない。



「もう……お腹は……いっぱい」


 そんな自分の声と共に、目が覚めた。


 遮光カーテンなんてこの世界にないので、部屋の中はうっすら明るい。カーテンの隙間から差し込む明かりに文机と椅子が照らされ、さらにその光は床まで伸びている。ベッドの真正面には、古びた観音開きのクローゼット。その隣はチェスト。壁にはいつも着るラベンダーグレーのローブがフックにかかっているのが見えている。


 この部屋は、前世の大学時代に暮らしていたワンルームを思い出す。とはいえ、今いる部屋は木造で、ワンルームは鉄筋コンクリートのマンション。部屋のこぢんまりとした感じが、そっくりだった。


 伸びをして、寝返りを打つ。


 昨晩は幸せな晩餐だった。帰宅した父親も、テーブルに並ぶ料理に目を丸くした。バケットに添えられているのはこの世界で初めて口にするキャビア。珍しいコンビーフと春キャベツの炒め物。麦のリゾットにたっぷりのチーズといい香りの春トリュフ。ワインは口にした瞬間、目が覚めるような美味しさ!


 食後はチョコレートに上質なブランデー。


 黄金の装飾があしらわれた美術品のようなボトルを発見し、それはなんとブランデーだった。嗜好品であり、高級品のブランデーは、この世界において、庶民では手を出せない。よって父親も、大喜びだ。


 満腹で寝たのに、あまりにも美味しかったため、夢の中でも食べ続けたようだ。「お腹がいっぱい」などいう寝言で目覚めるなんて、初めてのことだった。


 幸せだな。人間の基本はやっぱり食事だわ。


 そんなことを噛みしめ、身支度を整えることになった。


 今日は皇太子がやってくる。

 あの美貌の皇太子のことを頭に思い浮かべると、自然とこの二つのワンピースに手が伸びた。咲き始めのムスカリの花を思い出せる、淡い水色のワンピース。桜を思わせるアーモンドの花色のワンピース。前者は繊細な刺繍が、後者は秀麗なレースが美しい。


 どっちにしよう……。


 下着姿で腕組みし、クローゼットの前に立っていたが。

 くしゃみをした瞬間、我に返る。

 店に出る時は、ラベンダーグレーのローブを着ることになっていた。ローブを着るのは、伝統的な解呪師のスタイル。どんなワンピースを着ようが、ローブを着てしまえば、関係ないのだ。


 浮かれているわ……と自覚する。


 でもこれは仕方ないだろう。皇太子は、一人の異性として見た時、大変魅力的であることに、違いないのだから。


 光を束ねたかのようなブロンドの髪。

 サラリとし前髪の下には、スッキリとシャープに整えられた眉。

 くっきりした二重から伸びる長い睫毛は、綺麗にカーブを描いていた。西洋人らしい高い鼻、その下の形のいい唇は、実に血色がいい。肌は透明感があり、女性もうらやむ美しさ。

 スラリとした長身だが、必要な場所に、筋肉はついているように思えた。


 無自覚ながらの人心掌握術。優しく気遣いができ、親切で、庶民の私に対する差別もない。落ち着き、穏やかで、それでいて意志が強いところもある。


 呪いを除けば、文武両道、容姿端麗、完全無欠の皇太子殿下。さすがのヒロインのお相手だ。


 そう。皇太子はヒロインのお相手であり、不用意に近づいては危険。ここは小説の世界であり、物語の進行を妨げてはならない。


 二つのワンピースをしまい、紺色のワンピースに着替えた。こうして昨晩の残りで朝から貴族気分の朝食を終えると、父親は、昨日依頼が届いた貴族の屋敷へ向かい、私は店に立つ。いつもこれが、私と父親の役割分担だった。


 店に立つと言っても、まだ時間が早い。店内を箒で掃き、窓を布で拭く。庭でライラックの花を摘み、ソファの前のローテーブルに飾った。紅茶をすぐに入れられるよう、ティーカップとソーサーを揃える。貴族が好む焼き菓子も。


 解呪屋を訪れる客は、呪いについて語り始めると、それは長くなる。長く話せば話す程、喉は乾く。よって飲み物は必須になる。そして焼き菓子。これはビジネスの場でお馴染みのランチョンテクニックを活用した結果だ。人は食事を共にした相手への好感度が上がり、ポジティブな気分になれる。美味しいものだったら、なおさらだ。


 古来より会食は、貴族では当たり前のことだった。食事をしながらの会話は盛り上がり、相手への好感度が高まることを、多くの人が理解していたわけだ。経験に基づき広く行われる慣習に、心理学的な裏付け(実験)を行い、導き出された結論が、ランチョンテクニック。


 つまり実験を行い、統計学的に有意性があることを見出す必要がある。ゆえに心理学は、心理という一見ふわっとしたものを扱うが、数字の学問なのよね。文系に分類されるけれど、数字とのにらめっこなところは、理系のように、私は感じていた。


 そういえば皇太子は昨日、さりげない流れで昼食を提案していた。でもまさにこのランチョンテクニックを皇太子は使っていたわけで……。本当に振り返ると、昨日の皇太子の言動は私から「呪い、解きます!」を導き出すのに、最適なものばかりだったと思う。


 カラン、コロンと、店のドアに吊るしているベルが鳴った。


 皇太子が来た!

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