今日は楽しもう
夢で呪いを疑似体験するため、カウチに横になると。
彼は私の手を握ってくれていた。
それは私の気持ちを静めるため、安心させるため、そして守るようにするため。
その効果は、絶大に思えた。
いや、違う。これは……確証バイアスが働いているだけ。皇太子が手を握ると、不思議な効果があると、信じ込もうとしているだけだ。
確かに最初の呪いの時は、皇太子に手を握られたことで、ちゃんと眠りに落ち、夢をみることができた。でも後の二回は、目覚めたら彼が手を握っていただけなのだから……。彼が手を握っていたことは、解呪に影響していないはず。確証バイアスが作用しただけだ。
つまり心理学的には、彼の手に何も効果はない。特別ではない。
……でもそうではないのかもしれない。スキンシップにより、オキシトシンが分泌され……。
「シャーリー」
ドキッとして、皇太子の顔を見上げてしまう。
「難しく考えないで、シャーリー。素直になって。今日はこんなに天気もいい。祭りを楽しむには最高の日和だ。……長年の悩みは解消した。わたしは、明日、皇宮に戻る。だから今日は楽しもう」
今日一番で心臓が大きく鼓動した。
え、明日、皇宮に戻るの……!?
「わああああ」
歓声が起こり、管楽器の奏でる、明るいメロディが聞こえてくる。ついにパレードが始まり、皇太子と私も、人混みの中に呑み込まれる状態になった。でもチラリと後ろを振り返ると、近衛騎士はしっかり後ろからついてきている。そこはもう、プロの仕事人だと思う。
ローズと一緒に、ユリやカーネーションも飾られた山車は、とても美しい。
その山車を見ながら、つないだ皇太子の手の温もりを感じつつ、さっきの彼の言葉の意味を考える。
――「……明日、皇宮に戻る。だから今日は楽しもう」
もう会うことはないだろうから、今日は楽しもう……ということなのかな。
そう、なのだろう。
皇宮に招待してくれる、案内してくれると言われ、舞い上がった。でもこれは、リップサービスの可能性もある。だって普通にそういう会話、社交の場でしていると思うもの。
追っかけられていた時には、あれだけ止めてくれ!と思ったのに。
連日のように店に来られた時は、呆れていたのに。
いざ皇太子が皇宮に戻ると分かったら……。
こんなに一気に気持ちが、どよ~~~んと沈むなんて。
これはまさにApproach-Avoidance Theory(近接回避理論)ね。
人間の欲求には、二つの反する方向性がある。「近づきたい」と「離れたい」。まさに今の私ね。追いかけられれば逃げたくなる=回避。追いかけられないと近づきたくなる=接近。
皇太子が魅力的な人物であればあるほど、私の心は葛藤することになる。
分析だけは冷静にできるのよね。そして他人にだったらいくらでもアドバイスできる。でもいざ自分が当事者になると……。
「!!」
いきなり視界が開けた。
人混みの流れに沿って、少しずつ動いていたら、いつの間にか沿道の最前列まで来ている。目の前に山車が見え、美しいローズの花が、手を伸ばせば届きそうな距離にあった。
「素敵なお嬢さん、どうぞ」
見知らぬおじいさんが、真紅のローズをくれた。パレードで配る特別なローズだ。
「ハンサムさん! あたしのローズをもらっておくれよ」
皇太子もバッチリ、ローズを受け取った。
その瞬間、皇太子と目を合わせ、ニッコリ笑うことになる。
特別なローズが手に入ったのだ。
これは普通に嬉しいこと。しかもほぼ同時のタイミングでもらったのだから。
するとその時。
「今年もダメだったね、お兄ちゃん」
「仕方ないよ。帰るぞ」
声の方を見ると、三つ編みをした赤毛の女の子。その手を引く少年は赤茶色の短髪でハンチング帽を被っている。女の子は赤いワンピース。少年はグレーのチュニックに黒のズボン。どこかの村の子供だ。
子供達の会話は、皇太子にも聞こえていたようだ。
私と目が合うと、まるで「分かっている」というように、彼は頷く。
「わたしの分は、あの子供達にあげよう。ここで待っていて、シャーリー」
「分かったわ。お願い」
皇太子が動くと、近衛騎士も動き出す。
子供は背も低いし、この人混みだ。
見失わないといいのだけど……。
その背中を見送りながら、心がぽかぽかと温まっている。皇太子も子供達の会話を聞いていた。ローズを譲ってあげたいという気持ちになっていたことに、嬉しくなる。
さすがヒロインのお相手。優しさと気遣いはバッチリ。それに行動力もあった。
「あの、ローズ、受け取っていますよね。場所、交代してもらってもいいですか?」
貴族の令嬢と思われる二人組みに突然声をかけられ、慌てて場所を譲る。特別なローズだ。受け取ったら最前列は譲って当然。そう思いつつも。
令嬢二人と入れ替えで、最前列から移動すると……。
最前列は特別なローズを得ようと、人々が立ち止まった状態。でも二列目以降は人の動きもあり、同じ場所にとどまっていることができない。あれよあれよという間に流された結果。
「ここで待っていて、シャーリー」の「ここ」からかなり離れた場所まで、流されていた。
うーん、困ったわね。






















































