唖然、呆然、何が起きたの!?
突如として落とし穴のような場所に落ちたと思ったら――目が覚めた。
これにはもう、唖然、呆然、何が起きたのかと、軽くパニック。
え、なんで?
誓いの言葉に応じようとしたら、穴に落ちる?
これが、呪い?
どう考えても、ドッキリ番組で騙されたとしか思えない。
驚きは次第に怒りに変わる。
なんなの、この地味な嫌がらせのような呪いは!
私と皇太子は、あと一歩で結ばれるところだったのに~~~。
悔しさと不完全燃焼、未完で終わったことへの未練。
これはまさに……ツァイガルニク効果!
なんで恐ろしい呪いなの! これはこの効果を知った上で、この呪いにしたわけ!?
百歩譲り、こんなふざけた呪いでも許そう。ただ、よりにもよってなぜ今回も夢に依頼人である皇太子が出てくるの!? 見知らぬ誰かとの誓いの言葉だったら、すぐに忘れられるのに! 相手があの皇太子では、無念過ぎて、忘れられないではないですか!
しばらくは悶々とし、一方の皇太子は……。
実に幸せそうな顔で、お馴染みの姿で寝ている。
どう考えても騎士のように跪いた姿勢で、カウチに腕と顔だけのせて眠るのは、苦しそうなのに。そうとは思えない程、安らいだ顔をしているということは……。よほど幸せな夢を、見ることができているのね。
こちとら、いいところで目覚めることになり、完全に消化不良なのに!
あの後、本当は愛の言葉を誓い、そして誓いのキスがあったはずだ。
額へのキスは一瞬過ぎて、何が起きたか分からず、その感触はほとんど感じられなかった。でも誓いのキスなら、もう少しじっくりするはずだ。そうなれば、あの潤い感じさせ、ふっくら柔らかそうな艶やかな唇を堪能できたのに……! それなのに、なんなの、あの落とし穴は!
これは、欲求不満などではない。読んでいた小説の世界に転生でき、あの完全無欠の皇太子に会えたのだ。二次元ではなく、三次元で。手で触れ、香りを知り、彼についてより詳しくなった。よって夢の中での再現度も高い。
ゆえにこれは自然な願望です!
現実で、この美貌の皇太子からキスなんて無理なのだから。夢の中だからこそ、許されることなのに! それがまさかの落とし穴……。なんなのよ、一体!
前回もキスはできず、今回もキス目前で目覚めることになるなんて!
ツァイガルニク効果が完璧に発動中で、再びモヤモヤしかけた。だがそこで皇太子が目覚め、この日の解呪はこれで終了となった。
◇
私が皇太子とローズ祭りに行くことになったと聞いた父親は、もうビックリ。でも父親は優しいので「お忍びで町人に扮して行くなら、ドレスを着る必要はないだろう。それでも身綺麗にした方がいい」と言って、特別な時のためにと仕立てていたワンピースを、出してきてくれたのだ。
多分、私が結婚するとなり、相手の両親に挨拶に行くなど、そういった特別な時のために、用意していたのだと思う。
それはどんな衣装かというと……。
パフスリーブのワンピースは、全体の生地はラベンダー色。でも淡いピンクのチュールがスカートに重ねられ、同じ素材で袖が作られていた。ウエストには白のサッシュリボン。令嬢……とまではいかないが、とても上品で、生地も手触りがよく、上質なものだった。
デザインはシンプルで、いわゆる定番もの。流行に作用されないので、長く使える。
それに今日のお祭りの主役となる小ぶりのローズと、このワンピースは、なんだか合う気がした。
ローズ祭りの主役となるローズは、この辺りで自生しており、薄いピンク色で小ぶり。その小ささだが、香りがとてもよい。よって観賞用ではなく、香水の原料として使われることが多かった。
さらに花びらはローズティーになったり、砂糖漬けにされたり、品質が良いものは、皇族に献上されることもある。加工すると貴族の嗜好品となるが、花として咲いているうちは、万人が見て楽しめる。
ローズ摘み体験に参加して、髪にでも飾ろうかしら? とてもいい香りがしそう。
香りで思い出した。
皇太子がくれたジャスミンの香水をつけ、髪にローズを飾ったら、どうかしら? 二つの香りが混ざり、それはとても素敵なものになりそうな気がした。
甘い香りのジャスミンと、上品な香りのローズ。
あわないわけが、ない気がするわ。
どこかで割り切りができていた。プルースト効果、上等!と。
もうどうせ忘れることができないのだ、皇太子のことは。ならばそこを恐れ、香りを楽しまない手はないだろう。それにローズの香りで溢れるのだから、今日、香水をつけたところで、何か言われることはないはず。
ということで、ジャスミンの香水をつけ、店で皇太子を待つことにした。待ち合わせはお昼前。父親は留守番だ。その父親は、皇太子には挨拶をするということで、一緒に店のソファに座っていた。
「……なあ、シャーリー。皇太子殿下は、お前が特殊なタイプの解呪師と分かっているのだろう? そこは……大丈夫なのかい?」
「ええ。大丈夫よ。ここ連日、解呪に来ているのは、私の腕を信頼してのこと。とても真面目で誠実な方だし、悪用するつもりはないと思う」
「そうか。それならいいが」
母親のことがあるから、権力者を避けたくなる気持ちはよく分かる。でもあの皇太子なら、そんなことをするはずがない。
その後はしばらく、最近対処した呪いについて会話をしていると、お店のドアがノックされる。
来た! 皇太子が!
ソファから立ち上がり、ドアへと向かう。少し小走りになる自分に、まるで「待ちきれない!」みたいになっていない?――そう自分でツッコミをしてしまう。
ともかくドアを開け、そこに立つ皇太子の姿を見て「あ!」と思わず声が出る。
上に着ているのは、白のプルオーバーで、焦げ茶色の革紐で編み上げになっている。ズボンはその革紐と同色の革製。足元は黒のミドル丈の革のブーツで、腰には剣も帯びている。
これは……夢で見たのとそっくり。
いや、そのままでは?
あ、でも。
今日はマントをつけている。セレストブルーの綺麗な色。それに前髪の分け目も、いつもと違う。
「こんにちは、シャーリー」
「こ、こんにちは、皇太子殿下」
そこで皇太子は父親に気づき、大変丁寧に挨拶を始めた。まさか彼から挨拶すると思わず、父親はあわあわしている。そんな父親に皇太子は、気軽に話し続けた。父親は、最初こそとまどっていたものの、皇太子のフレンドリーな対応に、すっかり心をほぐされている。
気づけば二人は楽しそうに、談笑していた。
「ではいってまいります」
「いってきます、お父さん」
「ああ、二人とも気を付けて。いってらっしゃい」
私の手をとり、エスコートして歩き出すと、皇太子は今日のワンピースを褒めてくれる。私は皇太子の今日の軽装であれば、騎士にしか見えないと伝えると「では、シャーリー、今日はお忍びでもあるし、無礼講で構わないよ。敬語は禁止。皇太子殿下とは呼ばす、ミドルネームのリチャードで呼んで」と微笑む。
これまたデジャブ。名前こそ、ミドルネームで呼ぶことになったが、夢の中でも敬語は禁止と言われていた。
なんだか不思議だわ。
「さあ、どうぞ、シャーリー」
馬車はどうやら借りたもののようだ。いつもの馬車ではない。しかも御者の二人は、護衛騎士だ。服装は御者だけど、護衛騎士の隊服姿でよく見る二人だった。一人は黒髪で黒い瞳。もう一人は皇太子と同じ金髪に碧眼。
よくよく考えると、馬車の中は密室空間だ。これは緊張してしまうのでは!と思ったが、対面で座ることになった。対面はある意味、心理学的には緊張関係を生む配置。でも横に座れば、その距離の近さ、揺れれば体もふれあい、彼の香水だって感じてしまう。常時心臓がドキドキして大変なことになっただろが、対面であれば、それは回避できる。
でも余計な心配は不要だったと思う。というのも馬車の中では、お互いに敬語を使わずに話し、名前を呼び合う練習時間になったからだ。
皇太子と私は、古い知り合い。彼は騎士見習い、私は解呪師。偶然、再会し、ローズ祭りに一緒にやって来た――ということにするらしい。
ローズ祭りはこの辺りでは規模が大きいので、知り合いに会うことは……あるかもしれないが、でもお互いの呼び方や関係性まできっちり考えるなんて。もしかすると皇太子は、お忍びで結構いろいろ出掛けているのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、ローズ祭りの会場となる街へ、到着した。
ローズ祭りは、人気のお祭りだった。
既に道が混雑しているのと、ローズ摘み体験は、今いる場所から歩いて五分ぐらいのところで行われている。そこで馬車から降りることにした。つまりここからは徒歩で、ローズ摘み体験ができる、ローズ園へ向かうことにしたのだ。
このローズ園は、人の手で管理されており、村一つ分ぐらいの広さがある。ここで栽培されたローズは、皇都の中心部に運ばれ、有名香水工房や紅茶メーカーに卸される契約になっていた。出荷用のローズが咲くエリアは、勿論、立ち入り禁止になっている。その手前は、品種改良や地方領へ出荷する、少し格落ちしたローズを栽培しているエリアになっていた。ここで、ローズ摘み体験ができるのだ。
ローズ摘み体験は、有料。それでも貴族を中心に、村や街の人で毎年にぎわう。
私もこの国にやってきた年に参加している。
本当は毎年でも参加したいが、決して安くはない。人手をかけて育てられたローズであり、B級品でも値は張るからだ。でも今年は皇太子から誘われている。ここはケチるわけにはいかない。ということで入場口に着くと、行列に並び、巾着の中のコインを確認する。
大丈夫。ちゃんと足りるわ。
一方の皇太子は、既に漂う豊かなローズの香りに、うっとりしている。
「リックはローズの香りも好きなの? ローズと言えば、女性が好む香りでしょう?」
リチャードは長くて呼びにくいのでは?と皇太子から言われ、結果、ニックネームで呼ぶことになった。
「そうだね。わたしの母親がローズの香水を好んでつけていたから、それで香りに慣れているからかな。それにローズの香りは……。これはローズ摘み体験がスタートしてからのお楽しみ」
皇太子はそう言うと、なぜか意味深にウィンクをする。
この美貌でウィンクなんて……。
心臓を射抜かれたのは、私だけではない。
後ろにいた女性三人組、その後ろの女性二人組、そのまた後ろの……行列に並ぶ女性達の目が、ハートに変わっている。
みんな、このローズの香りと共に、皇太子のウィンクを記憶してしまった。しばらくはローズの香りをかぐ度に、皇太子のことを思い出すことだろう。
プルースト効果、恐るべしだ。そしてこの場でウィンクをした皇太子は、まさに罪な男だわ。
「シャーリー、こんにちは!」
「あ、ネイサン、こんにちは!」
お読みいただき、ありがとうございます!
【おススメ完結作品:ネット小説大賞様から……】
先日ネット小説大賞チーム様から
感想もいただいた以下完結作品。
クライマックスには筆者の魂の叫びが!
生きて!と願い、まさかのハッピーエンド!
ぜひ、ご覧いただけると幸いです。
『 断罪回避を諦め終活した悪役令嬢にモテ期到来!?
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