08
翌朝。
第二王子が倒れた、という話題が王城に瞬く間に広まった。
賓客たちがそろう一角であっても例外ではなかった。
レティシアの胸によぎったのは昨夜の王子の姿だった。
やはり無理をしていられたのだろうか。
まさか『王子』の寝室まで押しかけるわけにはいかないだろう。
こういう時はどうすればいいのだろうか。
もらったばかりの青緑の極上の絹のリボンばかりを見つめてしまう。
それを乳母のマリーに見咎められてしまった。
「そのリボンはどなたからいただいたのですか?」
尋ねられて、正直に答えていいものだろうか、とレティシアは悩み、うつむいてしまった。
困ったことがあれば、何でも話してきた乳母だったはずなのに。
わがままだって言ってきた。
それなのに昨夜のことは言ってはいけないような気がしたのだ。
「せっかくですが、ここで足止めですね。
第二王子が倒れられたのに、さっさと領地に戻ったと噂を立てられたら悪評ですからね。
お帰りになられたい気持ちはご察ししますが……」
マリーは言った。
そこでレティシアは領地に帰ることなど、すっかり考えていなかったことに気がついた。
ティデットさまのことばかりを心配していたのだ。
社交界を嫌って、生まれ育った居城で逃げるように自由に過ごしていたのに。
本ばかりを読んで、領民たちからですらネズミ姫と呼ばれていた。
「その……お見舞いに行かれた方が良いのかしら?」
レティシアは尋ねた。
「そうですね。
手紙のひとつでも出すのがマナーですね。
ですが、レティシアさま。
目立ってしまいますよ。
第二王子は成人しているのに、いまだに妃や恋人どころか、婚約者がいらっしゃいませんから。
先見の力があるせいか、問題らしくて。
どのような姫君に会われても、肖像画を見られても、首を縦に振らないそうです。
王族だけではなく、外国の姫君、国内の姫君が心を射止めようと必死なんです。
レティシアさまの場合、家柄と血筋だけはよろしいですからね」
マリーはためいきをついた。
「何か問題があるの?」
レティシアは質問をした。
「実は今回の誕生日パーティーもお見合いだったのですが、いつものように欠席で」
「お、お見合い!?」
乙女はびっくりとして手にしていたリボンをぎゅっと握りしめてしまった。
「形だけですが。
もちろんレティシアさまの望まないことは、ご家族はなさらないでしょうから、ご安心ください。
家格が合わなくても、想い想われて嫁げるように、みなが協力してくださるでしょう。
レティシアさまがお好きな子どもじみた恋愛小説のように」
マリーは優しく微笑んでくれた。
「ええ、そうね。
お手紙を差し上げます。
マナーなのでしょう?」
レティシアは確認した。
「かしこまりました。
第二王子付きの女官に渡しておけば、マナー違反にはならないでしょう」
そう言うと、マリーは退出した。
きっと手紙を書くための一式を用意してくれるのだろう。
菫色の瞳に映ったのは、白磁の花瓶の中の花だ。
庭園では本当に、良い甘い香りがした。
青緑色のインクが使われたメッセージカードには『良い眠りをもたらす』と書かれていた。
手紙に同封すれば、病魔を払いのけ、良い眠りが訪れるだろか。
せめて夢の中だけでも、幸福でいて欲しい。
生命を削って、王国に平穏をもたらし続ける先見の力を持つ『王子』。
それなのに、あれほどお優しい方なのだから。
レティシアは青緑の極上の絹のリボンを指先で撫でる。