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前日譚(ティテッド王子視点)

本編開始前の時間軸です。

 黄金の時代。

 王国の始祖ロディアーヌさまの時代は過ぎ去った。

 王族の血を引いても、黄金の左目を持つ者は少なくなった。

 『王女』、『王子』の称号を持つほどのはっきりとした異相を持つ者は限られる。

 その中、傍系王族ではあったがティデットは生まれ落ちた。

 金紅石ルチルのように淡いとはいえ、黄金色の左目を持って。

 いくら黄金の時代が過ぎ去ったとしても、黄金の左目を持つ王族がいないわけではない。

 実際のところ、ティデットの兄弟は片手でも、両手でも、両足を使ってでも、数えきれないほどいた。

 ティデットの運命が大きく動いたのは五歳の時だった。

 一つの夢を見たのだった。

 正確には視たのだった。

 菫青石アイオライトのような双眸を持つ女性と穏やかに本を読んでいた。

 あるいは満天の星空の下で散策をしていた。

 翌朝、ティデットは高熱を出したのだった。

 それまでは走り回れるほど元気だったのに、いきなり生命の危機を感じるほどの高い熱を出したのだ。

 父の子としては顧みられない出自の低い男児だったはずなのに。

 次代の黄金の瞳を持つ子を孕む女児ではなかったはずなのに。

 その辺の石ころよりも価値なんてないはずだったのに。

 だからこそ、正しくティデットは理解したのだった。

 だいぶロディアーヌさまの血は薄れて魔法のような奇跡のような力を持つ王族は激減したというのに、その力が発露したのだと。

 程なくティデットは『王子』としての称号を得た。

 わずか五歳だった少年は未来に怯えた。

 自分のはこの王国に殺されるのだ。

 ……母のように。

 いつまで寿命はあるのだろうか。

 残された時間はどれほどあるのだろうか。

 力が発露してからは、鏡面という定義づけが必要だったが、ティデットは未来を視ることができるようになった。

 歳の離れた父や兄に請われて、良く磨かれた銅鏡を見つめる。

 曇り一つない銅鏡に自分の金紅石ルチルのような淡い黄金の左目が映る。

 未来は『可能性』というのように、糸のようにばらけてて、いくらでも視える。

 その中から、ティデットは最も太いものを探す。

 それも父や兄でも達成できそうなものを。

 できるだけ流血が少なく、国民の負担が少ないものを。

 未来を視る度に自分の体が弱くなっていくのを感じた。

 発熱するだけではなくなった。

 常に頭痛はするし、眩暈はする。

 やがて、食事も満足に喉を通らなくなった。

 無理に口に入れても、全部、吐き戻してしまう。

 奇跡の力の代償は、病魔だということが痛切にわかった。

 死は身近すぎた。

 それでも成人することができた。

 母よりも長く生きることができたのだ。

 充分すぎる人生だろう。

 誕生日が近づく度に増えていく肖像画。

 みな美しい黄金の左目を持つ姫君たちだった。

 先見の力を喪って欲しくない。

 あからさますぎて、笑いしかおきない。

 次代の黄金の左目を持つ『王女』ないし、『王子』を遺してから――死ね、ということだろう。

 つくづく運がないらしい。

 初めて視た未来は夢でしかないのだろうか。

「あいかわらず王子は女性に興味がないようですね」

 物心がつく前から仕えてくれている女官のエマが零す。

「失礼ですね。

 こう見えても成人男性なのですから、それなりに興味はありますよ」

 ティデットは微苦笑する。

 ただ『初恋』と呼ぶには淡い感情の女性の面影を探し求めているだけだ。

 他に興味が湧かないだけだ。

「父上や兄上ほど積極的ではない、というだけで」

 ティデットは穏やかに言った。

 寝台から起き上がれる日々は少ない。

 黄金の時代は過ぎ去ったというのに、まだしがみつこうとしている。

 哀れになるほど滑稽だった。

 どんなものでも筋書き通りには運ばない。

 先見の力は他者が思うほど便利な能力ではない。

 ちょっとした人生相談に乗る程度だ。

 それもカードゲームに賭けるチップは自分の生命だ。

 幼い時に視た夢を現実にするためにはカードゲームに勝ち続けなければならない。

 ゲームから降りるということは、自分の死と直結しているのだから。

「……心配しているのですよ」

 エマは表情を曇らせて言った。

 心からの言葉だろう。

 が、今のティデットには皮肉にしか響かない。

「王族の義務を果たさずに死ぬことですか?」

 片色違いの双眸を細めて、尋ねた。

 ひとりでも多くの王族を。

 一夜の慰めでもいい。

 花を手折れ。

 父が母にしたように。

 あるいは、いまだに続けているように。

「いつかはお会いできますよ」

 エマは力強く言う。

 ティデットはナイトテーブルに置かれているコレクションたちを手を伸ばす。

 神が定められた12の宝石には劣る貴石たち。

 『王子』の称号を持つ者が置くにはガラクタに等しい。

 その辺に転がる石ころと同じだ。

 コレクションの中から菫青石アイオライトを手の平に置く。

 5カラット以上の石をフォセットカットすれば、さぞや美しく輝くだろう。

 サファイヤよりも菫に近い、と名付けられた貴石は多色性を示す。

 王国の始祖ロディアーヌさまのような黄金の太陽の下で角度を変えてみれば、可能性のように色変わりする。

 船乗りの羅針盤代わりにされた石であり、賢者の石という伝承も残っている。

 伝承から生まれた石言葉も素晴らしい。

 先見の王子にふさわしい石だろう。

 目標達成の補助をする。

 心に安定をもたらす。

 そして……一途にお互いを想い続ける。

 菫青石アイオライトの女性は、人生という荒波の中、羅針盤のようにティデットを導いてくれるだろうか。

「そこまで生命が続けばいいのですがね」

 ティデットは微笑んだ。

 コレクションを握りしめながら。

タイトル回収の回。

「菫青石の姫君は先見の王子の羅針盤になる」というタイトルになったきっかけです。

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