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01

 緩やかな癖のある紅茶色の髪の乙女は、今日も今日とて薄暗い地下室の本棚でひっそりと本を読んでいた。

 印象的な菫色の瞳は熱心に、王都で流行の恋愛物語を追いかける。

 それを咎めるのは熱心な乳母のマリーだった。

「レティシアさま、いい加減にしてください」

 乙女の母親よりは若いけれども、恰幅のある乳母は声をかける。

 レティシアは諦めて読みかけの本にしおりを挟んだ。

「もう昼ご飯のお時間ですよ。

 お部屋にいられないと思ったら、ここでしたか。

 そんなに本が読みたいのなら、もっと日差しのある場所で読んだらいかかですか?」

 マリーは言う。

「だって、恥ずかしいじゃない。

 いい歳して、こんな本が好きなんて」

 レティシアは言った。

「この城の中で。

 いいえ、リヴィエール家に仕える者で、レティシアさまが子どもじみた恋愛物語が好きなのを御存知でない者はいません。

 むしろ、領民ですら知っていることです」

 マリーはためいき混じりに言った。

「マリーまで、子どもじみたというのですもの。

 恥ずかしくて、みんなの前では読めないわ。

 それに本を読む時は集中したいの」

 レティシアは本を本棚に戻しながら言った。

「だからネズミ姫、と仇名をつけられるのです」

「ちょうどいいんじゃないかしら?

 間違ってはいないのだから。

 こんな地下室にこもって、ドブネズミのような色のドレスを着て、本ばかりを読んでいる。

 年増なんですもの」

 レティシアは苦笑する。

 リヴィエール侯爵家の末姫として生まれ落ちたものの、レティシアは器量よしは言えなかった。

 家族みなが麗しい純金のような癖の強い髪を持ち、磨かれた碧玉のような瞳を持っていれば当然のこと。

 王国の始祖であるロディアーヌさまに似た、と言われても納得のできない事柄だった。

 しかも一年前に17歳で成人して、社交界デビューしたものの、盛大に出足をくじかれてしまったのだ。

 お世辞にも運動神経が良くないレティシアは、思いっきり相手の足を踏んづけてしまった。

 貴族たちの失笑を買うほどの醜聞だった。

 以来、リヴィエール侯爵家の領地の一つであり、王都から充分離れた居城で、過ごしていた。

 風光明媚な土地で、青緑の美しい湖水が広がっている。

 生まれ育った居城だけにあって、不便を感じることはなかった。

 好きなだけ本を読むことができたし、歳の離れた姉や兄のおかげで王都で流行中の本を入手することが難しくなかったからだ。

「まだ18歳でしょうが。

 諦めるのは、まだ早いです」

 マリーは根気強く言う。

「こんなネズミ姫を妻にしたいと思う殿方はいらっしゃるのかしら?

 きっと恋愛物語よりも素敵な方ね」

 レティシアは言った。

 物語は物語だから素敵なのだ。

 現実は、そうはいかない。

 成人したというのに婚約者がいない。

 仮にも侯爵家の血を引くというのに。

 家格も、血筋を考慮しても、妻にしたいとは思わない。

 それが答えなのだろう。

「ブリジットさまから、お手紙と本が届いていますよ。

 昼食後にお読みください」

 マリーは本題を切り出した。

 レティシアの菫色の瞳がキラキラと輝く。

「お姉さまから?

 どんな本かしら?」

 乙女の声が弾んだものになる。

 歳の離れた姉は王国の騎士団長に嫁いで、幸福な暮らしをしている。

 この王国で騎士団長といえば名誉職といっても過言ではない。

 血筋もさることながら、眉目秀麗であり、文武両道であり、品性まで問われる。

 義兄でありながら、物語に出てくるような完璧な男性であった。

「気になるようでしたら、こんなところから出てください。

 それにお着替えください」

 マリーは言った。

「これで充分よ。

 着飾って見せるような相手はいないんですもの」

 レティシアは言った。

 それに着飾ったところで、物語に出てくるような姫君には敵わないだろう。

 薔薇のように華やかでなければ、百合のように気品があるとは思えない。

「埃まみれだから言っているのです。

 地下室でネズミのように何時間も過ごしているのですから。

 仮にもリヴィエール侯爵家令嬢とは思えないお姿です。

 せいぜい末端貴族か修道院に行くことが決まっているような姫君たちと変わりがありません」

 マリーはためいきをついた。

 従わないわけにいかないのだろう。

「別に修道院に行ってもかまわないのだけれど。

 何故か、家族は反対するのよね。

 政治的な駒にすらならない娘なんて価値がないと思うのだけれども。

 王国の繁栄を願って祈りの日々を送るのも素敵なような気がするわ」

 レティシアはうっとりと言った。

「苦労知らずのレティシアさまが修道院に行けるはずがないじゃないですか。

 ハンカチに刺繍するのと、穴が開いた靴下を繕うのは違うのですよ。

 それにレティシアさまの意志を尊重して、ご家族の方は政略結婚をさせないだけです。

 幼い頃から恋愛物語に夢中なのは、誰もが存じていることですからね。

 家格が合わなくても、想い想われて嫁ぐことを望んでいるのです」

 マリーは盛大なためいきをつく。

「お姉さまも、お兄さまも、家格の釣り合った方と結婚なされたけれども、どうしてかしら?」

 レティシアは小首をかしげる。

 もちろんお見合いを兼ねてのパーティーでの出会いだったが、姉のブリジットも、兄のジュールも、相思相愛な家庭を築いているような気がする。

 少なくとも、辺境の領地に本と共に届けられる手紙にはレティシアの安否を気遣うものも書いてあるが、半分ぐらいは惚気話なのだ。

 羨ましい、と思うような夫婦生活だった。

 社交界デビューでつまづいてしまったレティシアには縁がなさそうな事柄だった。

「さあ、行きますよ」

 マリーは強引にレティシアの手首をつかんだ。

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