ゆらゆら、ゆらゆら。
この物語はフィクションです。
胸元まである黒いストレートの髪を、ゆらゆらと揺らしながら私は歩き続ける。
交通量が少ない道路の縁石の上を、平均台のようにしてゆっくりと進む。
両手を広げてバランスを取りながら、ゆらゆら、ゆらゆらと。
成人してから数年が経っているけれど、童心に返りたい時だってある。
そして、ふと思い出した。
幼かった時、公園でオレンジ色の夕日を浴びながら、「まだ帰りたくない」「もう少し遊びたい」という気持ちを抱いたことを。
「――危ないから降りて」
私の半歩後ろを歩いていた彼の唇から、呆れたような声がこぼれた。
横目で視線だけを向けると、制止する言葉とはうらはらに、彼は柔らかく笑っていた。
だけど、手を差しのべてくる彼の声を聞き流して、私は歩き続ける。
ゆらゆらと不安定に揺れながら――。
「この道ってさ、どこまで続いてるのかな? ずっとずっと先まで途切れないと良いのになぁ……」
何気なく口にした私の言葉で、彼は黙ってしまった。
縁石の上からは、夕日が反射する海がよく見える。
きらきらと輝く水面を見ながら、海辺独特の湿った空気を、深く大きく吸い込んだ。
ふいに吹いた潮風で、医療用ウイッグの髪がなびく。
長い髪の手入れは大変だ。
それでも、ほんの少しでも彼の好みの姿でいたいから――。
「まだもう少し、一緒に歩きたいな」
そう言って、彼に手を伸ばすと、強くゆっくりと握り返してくれた。
簡単には解けないように、しっかりと指を絡ませながら――。
コロナ禍で、伸ばしっぱなしだった髪をバッサリ切った時にヘアドネーション(髪の寄付)をしました。
そんなことを思い出しながら執筆しました。
作中の二人の結末は、作者も決めていません。
優しい時間が少しでも長く続くことを願って
……。