第五話 ~迷猫~
今回もほのぼのです。
またも新キャラ登場。一応言っておきますが、サブタイトルの読み方は「まよいねこ」です。
では、どうぞ。
退魔協会からの連絡は未だなく、平穏無事に過ごしている今日この頃。
いくら毎日が平和で暇だとしても、生きていくためにはしなければならないことがある。時には、他の何を犠牲にしてでも得なければならないものがある。
まあ、何を言いたいかというと、つまりは食料の買い出しに来ているわけで。
「しかし、なかったな・・・」
事の始まりは、今朝何時ものごとく真雪と一緒に朝食をとっている時だ。
真雪が唐突に、「今夜は魚が食べたい」と言い出した。
聞いてみると、テレビで魚の料理特集を放送していたらしく、それを見ていたら食べたくなったということらしい。
別に料理の仕込みをしていたわけでもないし、反対する理由もなかったので頷いたのだが、それがいけなかった。冷蔵庫を見てみると、運悪く魚を切らしていた。普通はそこで「魚切らしてるから、また今度な」とでも言えばいいのかもしれないが、俺には出来なかった。
え、何故かって?
そりゃ、聞くまでもなく明らかだろう。家だけ氷点下の風に包まれるわけにはいかないし。そんなことになったら、たとえ妖怪でも余裕で凍死できる。
・・・・・・情けないとか言わないでください。自分でも分かっているから。他に理由がないわけでもないのだが。
とまあ、そんなわけで買い出しに来ることになったのである。俺一人で。真雪は何か用事があるとかで出掛けている。
はて、真雪の用事とは何だろうか?
いや、今はそれよりも重大な問題がある。
「何で、今日に限って魚が・・・」
そう、魚が売り切れだったのである。
ちなみに、ここは人間の町ではなく、里の中だ。
場所はだいたい里の真ん中辺り。この店には、食料品と日用雑貨などが取りそろえられている。
いちいち人間の町に買い出しにいくのは面倒だし、色々と問題がある。そのため、このような店が里の中に開かれている。ほとんどの里に一店舗ずつ存在し、里の住人の生活を支えている。
といっても、里に住んでいる妖怪の数は百人に満たないし、俺や真雪のような人間の姿をしている妖怪でもない限り、店を利用することはほとんどない。頻繁に利用するのはほんの一握りの妖怪だけなのだ。どの里もだいたいそんな感じらしい。
なので、店はさほど大きくはない。人間の町の商店街にある店よりも少し大きいくらいだ。
ついでに言っておくと、日用品はともかく、食料品などは別の里で妖怪たちが作ったりしている農作物がほとんどだ。あまり詳しくは知らないが、広大な農地を持ち、妖怪たちが喜び勇んで農作業をしている里があるとか。
つーか何してるんだ妖怪。や、何もしていない俺が言える義理はないけどさ。
それはさておき、そんな里が複数存在し、かなりの量の農作物を出荷しているという話だ。そんなこともあって、普通より大分安く食料が手に入るのだ。退魔協会としてはほんのちょっと儲かっているとかいないとか。どちらかは定かではないが、噂では余った農作物を一般にも流しているという話もある。
もしかしたら、あなたの食卓のその野菜、妖怪が作ったものかもしれませんよ?
ってんなことはどうでもいい。
問題は、魚をどうするかということだ。
「まあ、ないものは仕方ないか」
さっきも言ったが、この里に食料品を売っているのはこの店だけだ。後は、人間の町に行って魚を買って来るしかないのだが、流石にそこまではしたくない。
「適当に、何か買っていくか」
せっかく店まで来たのだから、何か買っていくことにする。
さて、問題は真雪が満足するかどうかだ。本当は魚を希望しているが、それがない以上他のもので代用するしかない。騙すというと表現が悪いが、機嫌を損なわない程度に豪華な食事を作るべきだろうか。悩みどころだ。
「これと、これ。あ、後はこれでいいかな?」
結局メニューが決まらなかったので野菜を少々、他に牛肉と鶏肉を籠の中に入れ、会計をした。
袋一杯に詰まっているのに合計で千円以下。本当に利益があるのか少し不安になってくる。
「あー、本当に何を作ろうかな」
店を出て、空を仰ぎ見ながら呟いた。空はどこまでも澄み渡り、吸い込まれるように俺の呟きは消えていった。当然、帰ってくる答えなどない。
いや、しかし、困った。
真雪の機嫌を損ねないためには何を作ったらいいのだろうか。
普通は好物を作るべきなのだろうが、生憎と真雪の好物が何か知らない。それと同じように嫌いなものも知らない。真雪は俺が出したものはみんな美味しそうに食べてくれたのであまり気にならなかった。
以前、それとなく好きな物や嫌いなものは何かと尋ねたことはあるのだが、よく分からない、という答えが返ってきた。俺はそれ以上追及せずに放っておいたのだが、それがこんな形で裏目に出るとは思いもしなった。
さーて、どうしたものか。
「・・・・・・・ぃ」
「肉じゃが?いや・・・」
「・・・い・・・れー」
「カレー、ありえない」
「・・-い・・つか・え・・くれー!」
「意表をついてお好み焼き、もないよな」
そういえば、さっきから何か声がするような。
「うー・・・ん?」
「誰か、そいつを捕まえてくれ!」
ふと後ろを振り返ってみると、まるで般若のような形相の男が、こちらに向かって猛烈なスピードで走ってきていた。
その男には見覚えがあった。
背は俺よりも少し高く、体はがっしりしている。肩下まで伸ばした茶髪の髪に、ピンと尖った獣耳、夜には爛々と輝くであろう金色の瞳を持っている。男が身につけているのは、猫とも犬とも狸とも見えない奇怪な獣のイラストが入った独特なエプロンだ。それはこの里に一つしかない店の制服みたいなものだ。
つまり、さっきの店のたった一人しかいない店員である。店長は別にいるが。
さらに言うと、その男とは顔見知り、というより友人だった。
「なーにしているんだー。銀司ー!」
まだその男、銀司と百メートル以上離れているので大声で言った。
そういえば、そいつを捕まえてくれと言っていたが、まさか俺ではあるまいな。だとしたらさっさと逃げるに限る。何せ銀司は人狼なのだ。そこらの妖怪とは格が違う。と自分で言っていた。どっちみち身体能力がずば抜けているのは確かだ。
「鏡か!そいつを捕まえてくれー!!」
「そいつって誰?」
そいつと言われても、銀司の直線状にいるのは俺一人だと思うが。
「その猫だ、猫!」
「猫?」
もう一度銀司の前方を注意深く見てみると、確かにいた。何かを口にくわえた白猫だ。
白く滑らかな毛並みに、ルビーのように赤い瞳を持つ綺麗な白猫が疾走していた。
しかし、あの猫、ただ者ではない。何せ人狼である銀司から逃げているのだ。それもだんだんその距離が開いているようにも感じる。
さて、どうするか。あれほど素早い猫が相手じゃ、俺では抜かれる可能性がある。素直に追いかけても捕まえる自信などない。となると、俺が取るべき選択肢は。
「おいで」
「いや、無理だろそれはー!?」
「にゃー」
「捕まえたぞ」
「ウソー!?」
嘘も何も、腕を広げて待ち構えていたら、本当に胸に飛び込んできたのだから仕方ない。だが、意外なのは俺も同じだ。だって、まさか、ねえ。本当に来るとは思わないでしょ?
「ったくこいつ、面倒掛けやがって」
ようやく追いついてきた銀司が、俺の腕の中の猫に苛立たしげな視線を向ける。
俺も改めて白猫に視線を向けると、そこにはありえないものがあった。
「・・・なあ、銀司」
「ん、何だ?」
「魚って、売り切れたんじゃなかったのか?」
「え・・・あー・・・」
しばらく妙な沈黙が続いた。
終わりました第五話です。
今回は第六話に続きます。
いや、ほんとは五話で納めるつもりだったのですが長くなってしまいました。
そのうち戦闘パートが入るかもしれません。多分、チラッとだけですが。
では、また次回。