第三十一話 ~鏡花(後編)~
前編よりかなり長いです。
その割りに説明が多かったりします。
では、どうぞ。
目を開けると、俺はただ一人真っ白な空間にいた。
見渡す限り何もない。上か下かも分からない、ただ白いだけの空間。
ただ不思議と、こんな空間でも恐怖も焦りも何も感じなかった。あるのは、例えようもない不可思議な高揚感。
桜花と共に願いを口にしたら、それに呼応するように霊樹が発光し、気がついたらこうだった。
『ようやく、会えた』
ふと、どこからか声がした。
気がつくと、目の前に妙齢の女性がいた。いつからいたのか、どこから現れたのかは分からない。最初からそこにいたと言われれば納得してしまいそうなほど、彼女は当たり前のようにそこにいた。
「誰だ?」
いや、俺はこの女性を知っている。
いつか霊樹の森で見た人影。それが、俺に微笑を向けている彼女だった。少し見ただけだったが、はっきりと覚えている。けれど、その正体を知っているわけではない。声も今初めて聞いたのだ。
「君は、いったい・・・?」
『私は、そう・・・この春櫻の精』
「精・・・妖精?」
妖精、あるいは精霊か。どっちにしても、それが彼女に対しての印象だ。
長く透き通る黒髪と紅色の瞳、桜色の着物を着てにっこりと微笑み彼女は、神秘的な気配を纏っている。木の精といわれれば、確かに納得できる。
『うん。もう少し正確にいうと、それより上の位の存在、かな?妖怪や悪魔、神より上に在るの。高次元の存在、っていって分かる?私に干渉できるのは『超越した魔法使い』と貴方、ううん『夜叉』だけよ」
「は?」
上の存在とか妖怪や神様より上とか高次元とか超越した魔法使いとか、分からないことだらけだが、何より夜叉という単語に強い引っ掛かりを覚えた。
『分からないのも無理ないよね。でも、だから貴方しか私のことを見れなかったの。桜花さんも、私を見ることも感じることも出来ないの。私はずっと見てきたけどね。私は、ここに在るけど貴方たちがいる場所と違う次元に在るから』
まあ、何か原理はよく分からんが、ともかくその何某以外は俺しか彼女を見ることが出来ないということでいいのだろう。次元云々は、話がSFっぽくてイメージが浮かばないが、二次元とか三次元とかそういうものだと思っておこう。
だが、何故俺が、夜叉が彼女に干渉出来るのかが説明されていない。神様さえも彼女に干渉できないのに、どうして夜叉だけが特別なのか。あと超越した魔法使いも。いったい何を超越しているんだか。
「えーと、それと夜叉との関係性とかは・・・」
『あぁ、やっぱり気になるよね・・・ちょっと長くなるけど、いい?」
「ってことなんだけど。理解できた?」
彼女から聞かされた内容は驚きべきものだった。下手をしたら凍結の魔女に聞かされた真相よりもある意味驚いたかもしれない。
まず、『超越した魔法使い』について説明しようと思う。
魔法使いというのは、魔術師の中でも『魂の還る世界』と繋がり還って来たもので、陰と陽の二つの魔法を使えるものを真の魔術師、魔法使いという。
補足として魔法の説明もしておく。
魔法とは魔術師であれば誰でも使える可能性を秘めているものである。魔術が世界に術式を流して神秘を引き起こすものであるのに対し、魔法は魔術師が持っている陰と陽の二つの資質を具現化した魔術のことを指す。魔法といっても、基本的には魔術には違いない。だが、魔法の特徴として、魔力をほとんど消費しないうえに、面倒な術式が要らず念じただけで発動する。さらに、同じ系統の魔術と衝突した場合でも、魔法は『魂の還る世界』と接続したことでほぼ無条件で発動でき魔術よりも優先順位が上のため競り勝つ。ようは同じ威力の炎の魔術と炎の魔法との衝突の場合、魔法のほうが勝つということだ。世界に対する影響力の違いとでもいえばいいのか。
まあ、極論だがその魔術師の最も得意とする強力な魔術という認識で構わない。
ここで、超越した魔法使いに話を戻す。
超越した魔法使いとは、魔法の中でも世界に干渉しうる魔法をもつ魔法使いのことだ。例えば、世界に孔を開けたり、世界そのものをぶった切るとかそういう感じのもの。
ちなみに、現在確認されている『超越した魔法使い』だが、全世界で僅か一桁しかいないという。
まあ、彼らはぶっちゃけ反則的に強いためそれくらいでないと困る。神様でさえ勝てないとか。人間ではあるが、どちらかといえば妖怪や神側の存在らしい。
さて、次に肝心の『夜叉』についてだ。
夜叉とは、彼女曰く元々は魔術師であったらしい。
太古の昔、魔術師、退魔師だけが住んでいる村、集落があった。それは村といっても相当巨大なものであり、一種の都市国家といっても過言ではなかった。その村では、春、夏、秋、冬の櫻の霊樹を四方に配置し、霊樹の力を使って村は永く繁栄を誇ったという。
何故彼らが霊樹の力を使えたかというと、彼らの中に『超越した魔法使い』がおり、その魔法使いが霊樹に干渉していたようだ。そして他の魔術師でも霊樹の力を使えるように、血の契約という特別な契約を施すことで契約した魔術師は霊樹の力を使えるようにした。それは遺伝によっても受け継がれるため、次第に村全員が霊樹の力を使えるようになった。
霊樹と彼らは永いことうまくやっていたらしい。
だが、時がたつにつれ人口が減少し始め、外の世界からは霊樹の力を狙ってくる輩が多くなった。
そこで、彼らは一計を講じた。村を捨てることにしたのだ。
気がつけば、いつの間にやら周りには大国が軒を連ねていた。自分たちだけで村を、霊樹を守ろうにも多勢に無勢。どう足掻いたところで数の暴力には勝てない。
ただ村を捨てるだけでは駄目だった。霊樹を大国に使わせることはあってはならない。霊樹の力は強大だ。大国がそれを悪用しないとも限らない。
大国の人間では霊樹は使えないのだが、自分たちが存在している以上、使う術などいくらでもあるだろう。捕まえて脅すなり洗脳するなりどうとでもなる。大国に超越した魔法使いがいる可能性もある。逃げようが大国相手にどこまで逃げ切れるか分かったものではない。
それ故に、彼らには温い選択は許されなかった。
彼らは四本の霊樹の力を使い、自らを妖怪化したのだ。そして妖怪として、自分を見た者の恐怖の象徴を幻影として自身に投影し恐れさせるという能力を付加した。こうすれば、より逃げやすくなる。
その後、彼らは血筋ごとに別れ、村を去っていった。
これが、妖怪『夜叉』の誕生秘話である。
つまり、夜叉が霊樹に干渉出来るのは、太古の昔に結ばれた血の契約がまだ受け継がれており、契約の効力によるものであった。
長々と説明したが、つまりはそういうわけで。
「まあ、大方は」
『そう、よかった。本当はもっと早く貴方と話したかったんだけど私タイミング悪くって。なかなか一人で来てくれないし』
「えーと、その、ごめん」
『ううん、いいの。それより、桜花さんには謝らないといけないわね。何か良からぬことを企んでいる輩がいるって他の子から聞いてたから、ここから離れたほうがいいと思って力の供給を止めたのだけど、逆効果だったみたいだから』
「うん、言っておく。でも、俺は逆に感謝してるよ。お陰で桜花と一緒にいられたわけだし」
それを聞くと彼女はきょとんとしていたが、突然楽しそうに笑い出した。
『ふふ、じゃあ私は貴方たちのキューピッドってところかしらね』
「そうかもな」
それから暫く俺たちは笑いあい、他愛のない話をした。それは、これ異常ないくらいに楽しかった。どこか懐かしい感じがしたのは、血の契約のせいだろうか。
ここで一つ補足しておく。彼女が言っていた、他の子、というのは別の霊樹、この場合は夏櫻らしい。
アレが儀式に使った霊樹は夏櫻だったのだが、それは原木ではなく枝分かれした夏櫻であったのだ。夏櫻の原木の精はその様子を感じ取り、他の原木の精に伝えたということだ。
『あぁ、楽しかった。こんなに話したのは何百年びりかしら』
「はは、そりゃ良かった」
『うん。じゃあ、お礼にもう一人の桜花さんの身体は、うんと可愛く創るから期待しておくように!』
「楽しみにしておくよ。けど、本当に願いを叶えてくれるんだな」
『え?貴方たちだから特別に叶えるだけよ。他の人の願いなんて叶える義理ないし』
「は、ははは、そう、なんだ」
憐れ、アレ。どっちみち願いは叶わなかったらしい。
『そうだ、名前は決めてるの?』
「・・・鏡花だ」
『うん、いい名前だね。二人の名前からつけたの?・・・なんか二人の子供みたい」
「ぶっ、ちょ、おいこら!?」
『ふっふふ、冗談だよ、冗談』
「・・・・・・ったく」
彼女は屈託ない笑顔を浮かべていた。そんな顔をされては怒るのも馬鹿らしくなってくる。いい名前と言ってくれたのは嬉しかったし。
『・・・じゃあ、もうお別れかな。外では桜花さんが待ってるしね。ありがとう、楽しかったわ』
「・・・あぁ、そう・・・だな」
名残惜しい。それが正直な気持ちだった。もっと、彼女と話していたい。
視線は互いの瞳を捉えたまま、沈黙が流れる。
「・・・・・・・・・また、来てもいいか?」
『え?』
「夜叉の話とかもっと聞きたいし、話したいことはもっとたくさんあるからな。いつになるかは分からないけど」
『・・・・・・うん!話す、話すよ、いっぱい話そう!いつか、喉が枯れるまでいっぱいいっぱい・・・・・・ありがとう、そう言ってくれたの貴方が初めて』
彼女は瞳一杯に涙を浮かべ、礼を述べていた。ありがとう、ありがとうと繰り返し繰り返し。
その嗚咽を聞いていると、俺まで涙が出てきた。
ったく、変だな。俺ってこんなに涙脆かっただろうか。
『えっと、ね。どこかで原木を見つけたら手をあてて話しかけてみて。精は応えてくれるから。その子にお願いすれば、ここに来れるよ。私たち原木はみんな繋がっているから。あ、私がそっちに行ってもいいかな。ともかく、私のことを話してくれればいいよ。もし原木がなくても、霊樹があればその子に聞いてみて。どこに原木が在るか、親切な子なら教えてくれるよ』
「ああ、分かった。必ず見つけ出す」
『うん、待ってるよ・・・・・・・じゃあ、そろそろ送るよ?」
「待った」
『ふぇ?』
「まだ、君の名前を聞いてない」
『!・・・・・・うん!私の名前はミナモ、ミナモだよ』
「うん、じゃあまたな、ミナモ」
『ありがとう、大好き、鏡・・・様!』
「!・・・ぅむぐっ!?」
突然、ミナモが俺に抱きつき唇を塞がれた。いきなりで身体が動かなかった。
暫くしてから、ようやくミナモはゆっくりと唇を離した。まだ俺とミナモの舌は細く滑らかな糸で繋がっていた。俗に言うディープというやつだった。
『っぷは・・・えへへ、桜花さんには内緒ですよ?』
「・・・ミナモ」
『それでは、また、です。鏡様、ずっと待ってますからね?』
そのミナモの笑顔は美しく可憐で、俺の心にしっかりと焼きついた。
※この先は、一応今回の話の後ってことになりますが、完全にノリで書いてるので気にしないで下さい。
前にも同じようなことを書きましたが、本編の雰囲気をぶち壊したくない方は読まれないほうがいいと思います。
おまけ
「・・・ゅじ・・・・・・ご・・じん、ご主人!!」
「っ!ぁ・・・な、哭月?」
「はあ、やっと起きた」
目を覚ますと、俺は霊樹の前で膝を突いて座っていた。そして目の前では、哭月が疲れたような顔で溜息を吐いた。
「ごめん、心配かけたな」
「別にいいわ。桜花のほうが心配したでしょうし」
「そうだ、桜花は!?」
「ほら、そこよ」
哭月が指差す先には、凍結の魔女に寄りかかっている桜花がいた。
「鏡、目覚めたんだ、良かった」
はにかむ桜花を見ると、安堵すると同時に罪悪感が芽生える。
バレてないよね?
「大丈夫か、桜花?」
「うん、大丈夫。ちょっと、疲れただけだから。それより、その子・・・」
「え?」
桜花に言われて初めて気がついたが、俺の腕の中に小さな桜花がいた。
いや、桜花ではない。この子が恐らく、もう一人の桜花の新たな姿。
桜花と同じ顔立ちと可愛らしい獣耳、長い漆黒に輝く髪をもつ少女は目を閉じている。
「ん・・・ぅ・・・・・・・・・キョウ」
「気がついたか、身体におかしな所はないか?」
少女は身じろぎをした後、ゆっくりと目を開けた。
瞳の色は紅。
「・・・・・・大丈夫じゃ」
少女はまだ意識がはっきりしていないのか、子声で聞き取りにくく返答にも時間がかかる。けど、本人も大丈夫といっているし、とりあえず成功ってことでいいのかな。
「キョウ・・・・・・」
「ん?何だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・浮気者」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「くく、安心せい。桜花は知らぬ。妾は黙っておいてやる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとうございます」
「鏡?どうしたの?」
「!っい、いや、大丈夫。うん。何でもない、大丈夫大丈夫、ナンデモナイデス、ハイ」
どうやら桜花は、少女が目覚めたことには気づいていない。小声だったこともあるし、桜花の位置からだと、俺の身体が壁になって見えないようだ。
「後で妾にも頼むぞ?そうじゃな、桜花はまだ妾が目覚めたことに気付いていないからの。今でもよいぞ?こう、王子が眠り姫にするような感じで頼む。桜花に見せ付けるように」
「・・・・・・・・・・・・すいません勘弁してください」
あれ、何でだろう。嬉しいはずなのに、素直に喜べない。
自業自得といわれれば、そうなんだろうけど。
神よ、私が何かしまし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・したね。
おわり
ちょいと投稿に時間がかかりました。すいません、少しずつ手直しをしていたらいつの間にか・・・。
って訳で、何か今回色々と謎が明らかに。必要ないっちゃないかもしれませんけど、なんとなく。そのせいで鏡に新たな愛人が!?いや、嘘ですけどね。
彼女に関してはまあ、当初から設定にはありました。木の精っていうのは、まあありがちかとは思ったんですが、願いを叶える桜の木といえば大御所がありますし、差異を出さないとアレだったりしますしね。ま、こっちは叶えられる願いは限定されていますし、彼女の意思しだいなんですが。
ってことで次回はエピローグ。最終話になります。その後の鏡たちの様子を描いた話になります。
では、また次回。




