第十五話 ~変化~
今回でとりあえず零に関するお話は終わりです。
では、どうぞ。
零が家に帰ってきてまもなく、桜花と銀司が家に訪れた。
桜花の方は、以前から今日遊びに来ると聞いていたから分かるのだが、銀司が来た理由は分からない。本人に聞いていると、虫の知らせだか第六感だかわけの分からない危ないことを言っていたので、とりあえず気にしないことにした。
「・・・雷獣ってなに?」
小首を傾げながら桜花が聞いてくる。
「ええと、雷獣っていうのは・・・何なんだ?」
説明しようにも俺も詳しい説明はうけていない。なので、零に聞いてみることにした。
「えっとね、雷獣っていうのは、雷を司る妖怪で、雷と共に空から落ちてくるっていわれているの」
いや、それだけだと分からない。雷を操る妖怪ということは分かるけど。
その辺、まだ本人もよく分かっていないらしく、九凰さんから補足の説明を聞いた。
雷獣というのは、零の言ったとおり雷を操る妖怪で、雲の上に住んでいるというか飛んでいるらしい。とはいえ、それは大分昔の話らしく最近の雷獣は人里でも普通に暮らしているとか。といってもそれは地上という意味で、人間の街ではなく、妖怪の里だ。人間の街だとよく機械をショートさせたりするのが主な原因だとか。
零が妖怪に転化したのは、恐らく俺が転化する少し前くらい。本人に自覚はまったく皆無だったのだが、そういえばあの頃、よく電気機器が故障していたようなそうでもなかったような。それが原因だったのだろうか。
「でも雷獣・・・あー、獣っていう字がつく割に人間とあんま変わらないんだな」
銀司の言ったことは、俺も思っていたことだ。
俺や真雪のように、一見すると人間か妖怪か区別のつかないものもいるが、銀司や桜花のようにその獣耳や尻尾で判別できるものなど様々いる。雷獣はその呼び名の通り、何か身体的特徴があるような気がするのだが、零は人間だった頃と何も変わらない。それとも、本当に外見上は同じなのだろうか。
「あ、変化は出来るよ」
「変化?」
「うん。ちょっと待ってね」
そう言うと、零は目を閉じた。すると、零の身体を淡い燐光が包み込み次第に身体が変化していった。
「えっと・・・どう、かな?」
「・・・・・・おお」
光が消えると、零の身体は一変していた。
獣耳と尻尾が生え、髪の色は蒼みがかった白に。瞳は真紅へと変じていた。
・・・可愛い。
じゃないっ、何を考えている俺。ああ、何故か頬が熱い。きっと顔は真っ赤になっているに違いない。落ち着け俺。
「キョウ、顔あかいよ?」
「ナンデモアリマセン」
心配そうに俺の顔を覗き込んでくる桜花には申し訳ないが、片言で返してしまった。
そして真雪から無言のプレッシャーを感じる。その視線だけで俺は凍ってしまいそうだ。
今は、気付かぬふりをしよう。ここで何を言っても意味はあるまい。ま、言いたくないってのが本音なのだけれども。
零は、そんなこちらのやりとりは見て満足そうに微笑んでいた。
「ほー、これが変化ってやつか」
銀司はこちらのやりとりなど気にすることなく、零の身体を興味深そうに見つめていた。
っておい、そんなに人の妹をじろじろ見るな。
「何を言ってるんですか。あなただって出来るでしょうに」
「え、マジですか?」
「マジです」
呆れたように言う九凰さんに、銀司は真顔で聞き返していた。
どうやら、銀司も変化とやらが出来るらしい。つまりは人間と妖怪の姿、どちらにでもなれるということだ。
「へー、知らなかった」
「・・・以前、あなたにも説明したのですけどね」
ちなみに、零は妖怪の姿でも普通に生活出来るのだが、やたらと放電するため機械類が壊れやすく、周りの人たちを感電させる恐れがあるので普段は人間の姿でいるらしい。まあ、人間の姿でも時折放電するのだが。
「しっかし、さっきの妖怪の姿、可愛かったな零ちゃん」
おい、突然何を言い出す銀司。や、確かに零は可愛いけれども。
「えへへ、ありがとうございます」
対する零は少し照れて恥ずかしそうにしていたけれど、特に動揺することもなく返していた。これくらいのことは言われなれているのだろう。
「思わず惚れちまいそうだぜ」
「あ?」
「いや、あの、ちょっと、鏡・・・さん?手を離してくれると嬉しいのですけれど」
銀司の言葉を聞いた瞬間、無意識に銀司の胸倉を掴みあげていた。条件反射の域である。
「あ、ああ。悪い」
と言いつつ手は離さない。むしろ視線はきつく、より一層殺気を込める。
「さ、さっきのは冗談だって。ジョーク、あいさつってか本気にするな」
「ああ、冗談ね、冗談」
それを聞いて手を離す。
銀司は疲れたように溜息をついていた。
「はあ、本当、お前ってシスコンだよな。つーか殺気込めるなよ。殺されるかと思ったぜ」
「や、悪かった」
「全然、反省してるように思えないんだが」
「ねえ」
「ん?どうした真雪」
今までのやり取りを眺めていたらしい真雪は、面白いことを見つけたような子供のようないい笑顔でこんなことを言った。
「もし、銀司が零を俺に下さいみたいなことを言っ」
「殺す」
真雪は言い終える前に、俺は動いていた。
「ちょ、たんま!」
俺の手刀がもう少しで銀司の首を捉える寸前で、銀司は俺の手を止めることに成功していた。九凰さんも俺の身体を押さえつけている。そうしないと俺は残った手と足を使って銀司をぶっ殺すだろう。
「・・・洒落にならないから、そういうこというな」
額に汗を垂らしながら銀司は言った。
「本当に、シスコンもここまで来ると病気ですね」
俺を押さえつけながら、九凰さんは呆れた様子で言った。
ほっといて下さい。
それから数分後、何とか落ち着いた俺は銀司に謝った。
「悪かった。以上」
「全然謝ってないから!つかなんだその態度」
だって悪いとは思ってはいるが謝る気はあまりなかったのだ。もし銀司がまた同じ事を言ったら、俺も今回と同様の行動をとるだろう。
これは最早確定事項といっていい。
「はいはい。シスコンシスコン」
「事の原因を作った奴が言うな!」
少し呆れが混じったように言う真雪に銀司が反論していた。
それから二人は暫くああだこうだと言い争いをしていた。
一応言っておくが、最初に妙なことを言い出したのは、お前だからな、銀司。
その後、嬉しそうに笑っていた零が俺に抱きついたことで真雪と銀司の争いは終わり、今度は真雪の機嫌が悪くなったりと色々あった。この後も色々と揉めたのだが疲れるのでここでは言わないでおく。
とまあ、そんな感じでこの一日は終わりを告げた。
零は、退魔協会から、兄妹なんだから一緒に住めばいいんじゃね?的な理由からこの家で俺と一緒に住むように言われたそうだ。零は二つ返事で了承したらしいのだが、真雪と何故か桜花が反発した。だがそんなことで退魔協会の決定が覆ることはなく、零は俺の家に住むことになった。
それから様々なトラブルはあったものの、零はこの里に馴染んでいった。
そして、あっという間に時は過ぎ、零が家に住むようになってから一ヵ月後。
「ん・・・・・・」
窓から差し込む朝日で目が覚めた。ゆっくりと身体を起こし、伸びをする。それから深呼吸をして朝の清浄な空気を肺に染み渡らせる。
僅かなカーテンの隙間から見える空は青く、聞こえてくる小鳥の囀りは今日も晴れているのだと教えてくれる。
うん、いい朝だ。
耳を澄ましてみると、階下からリズムの良いトントントンという音が聞こえてきた。どうやら零が朝食を作っているようだ。
むう、今日は零のほうが早かったか。
零が家に住むようになってから、何故か早く起きたほうが朝食を作るという決まりになり、毎朝朝食争奪戦が繰り広げられている。妹に朝食を作らせるのは気が引けるというか、なんというか、あまり俺としてよくなかったのだが、もうこうなってしまった以上変えることもできない。多分、そう言ったら零は泣くだろうし、たとえそれが嘘泣きだとしても俺は逆らえない。
なのでなるべく早く起きようとしているが、今日は零に先を越されてしまった。
まあ、仕方ない。今日は諦めるとしよう。
そう思い、とりあえず着替えようと布団から出ようとしたとき、足元に重みを感じた。
目を向けてみると、哭月が丸くなって寝ていた。
その愛らしさに思わず頬が綻ぶ。
哭月は、家に来てからというもの、ほぼ毎日俺の部屋で寝ている。今回のように布団の上で寝ることもあれば、中に入っていたこともある。これは零が住むようになってからも変わらなかった。
自然と手が伸び、哭月の身体を撫でる。暫くそうしていると、哭月は大きく伸びをし、こちらを向いた。
「悪い、起こしちまったか」
当然、答えなど返ってくるとは思っていないが、なんとなく話しかけてしまう。
「いいえ、気持ちよかったわ」
「・・・・・・ん?」
あれ、今誰が?
「おはよう。ご主人様」
・・・・・・紛れもなくその声は、哭月から発せられていた。
ランクの話とかは本編では多分しないので、用語設定の方で書くと思うので気になる方はそちらをご覧下さい。まあ、まだ書いてないのですが。
今回はもうちょっと早く終わらせるつもりだったのですが、色々と長くなってしまいました。というか鏡のシスコンが爆発したのが主な原因ですがね。このあとがきで一応言ってしまいますが、ある意味、鏡と零は両思いなんですよ。コンプレックス的に。だからまあ、もし零が義妹であれば当の昔に一線は越えてます。
はてさて今後本編で鏡と零は一線を越えるのか?まあ、どちらにせよ書くとすれば外伝的な感じになりますけどね。18禁的な描写はありませんし。
と、なんだかんだで最後の主役?が登場ですか。哭月が喋りました。まあ、化け猫なら普通に話すんじゃね?とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、その辺は無視してください。確かに化け猫は喋りますが、哭月の場合は少し事情が違います。まあ、その辺は次回以降の本編でお確かめください。
では、また次回。