第十話 ~任務(中編)~
今回は中編になります。
ごめんなさい。前編後編だけで終わらせるつもりが、思った以上に長くなったので三部構成にしました。
戦闘は今回でほとんど終わりです。
では、どうぞ。
「さて、狩りを始めようか」
確認できる敵影は、全部で八つ。ただ気配はそれ以上感じるので、残りは暗闇に隠れているのだろう。月明かりで薄っすらと見える姿は異形の者ばかり。ある者は、肌が鱗状であり、またある者は頭が鳥の鳥人間など、姿形は様々だ。複数種類の妖怪の群れ。こいつらが退魔協会の敵、この村で暗躍していた組織の残党。
「餓鬼?」
「餓鬼だ・・・」
妖怪たちが小声で何事か呟いている。何を言っているのかは分からないが、どうやらこちらを侮っている様子ということは分かる。明らかに俺が最初姿を見せたときよりも緊張感が薄れている。
「そこを退け餓鬼」
「断る。これでも仕事で来てるものでね」
というか最初から見逃すつもりなどないだろうに。
「退かぬと死ぬぞ」
「殺す、の間違いだろう。それに、死ぬのはお前らだ」
妖怪たちは一斉に笑い出した。多勢に無勢、奴らの言う餓鬼に殺されるなど毛筋ほども思っていまい。状況を見れば、圧倒的に俺の不利だ。
『大丈夫なんですか。鏡さん?』
心配そうな女性の声が式神から聞こえてくる。それに大丈夫と小声で答え、妖怪たちと真正面から向き合う。
「クク、ならば死ね」
肌が鱗で覆われた妖怪が俺に向かって飛び掛ってきた。俺はそれをまるでスローモーションのように見ていた。ゆっくりと妖怪が迫ってくる。その爪が、その牙が、俺を引き裂こうと近づいてくる。
まずいな、このままだと殺される。死ぬのはお前ら、と言ったが実際俺は何の戦闘訓練もつんでいない。俺にあるのは、夜叉としての身体能力のみ。
『鏡さん!』
式神から声が聞こえてくる。妖怪が迫ってくる。それを俺はまるで人事のように捉えていた。ただ俺は、自己に埋没する。
俺は、殺されるのか。
こんなに呆気なく殺されるのか。
俺が、こんなところで。
こんな奴らに殺されるのか。
俺が、死ぬ?
何故?
俺は、死なない。
だって、俺は・・・
「死ね」
気付くと、妖怪は既に俺の目の前に迫っていた。
「・・・お前がな」
一瞬、世界に音が無くなった。風の音も、木々のざわめきも、何もかも聞こえない。耳が痛くなるほどの静寂の後、何かが崩れ落ちる音が聞こえた。
俺の足元には、さっきまで妖怪だったものが転がっている。何も語れぬいくつもの肉片に分かれ、その無残な姿を晒していた。
そして俺の手は、血で濡れていた。
「・・・何を、した」
「殺した」
まったく、見れば分かるだろうに。
妖怪の爪が俺に届く前に、手刀で妖怪を解体した。それだけのこと。
確かに、俺は何の戦闘訓練もつんでいない。
ただ、戦い方を識っていただけ。
故に、この結果は必然。
始めから、恐れなどなかった。こうなることが分かっていたから。
「ホント、反則だよな」
それまで呆然としていた妖怪たちが騒ぎ出す。暗闇の中の気配も慌てている様子が伝わってくる。
「餓鬼が。一斉にかかれ!」
妖怪の怒号が飛ぶ。それと同時に妖怪達が俺を殺そうと近寄ってくる。
俺は地面を蹴り、指示を出した妖怪に一気に接敵する。妖怪は慌てて距離を取ろうとするが、遅い。離れる前に、手刀で首を斬り飛ばす。残った胴体を蹴り飛ばし、こちらに向かっていた妖怪数体を巻き込んで倒れた。
「この!」
背後に迫っていた妖怪が、腕を振り下ろす。俺は妖怪の腕が振り下ろされる前に、振り向きざまに妖怪の胴体を両断した。生暖かい血が顔に飛び散る。
俺はすぐさま跳躍し、次の敵に向かう。前方に二体確認。
俺は一気に加速し、妖怪たちの真ん中を駆け抜け、抜き去る瞬間、左の妖怪の腕を切り裂きそのまま体を回転させ、右の妖怪の頭を蹴り砕く。仲間が殺られたことに動揺している妖怪の咽元に貫手で突きを入れた。
「餓鬼が!」
「死ねえ!」
両側から襲ってくる妖怪を、後ろに飛ぶことで避わし、着地と同時に右の妖怪に接近する。その妖怪は剣を持っており、剣を振り回して俺を近づけないようにする。が、全く技術がない。剣が振り下ろされきる前に、剣の柄をもつ手に拳を叩き込む。すると、骨の砕ける嫌な音が響き、妖怪は剣を手放し剣は地面に突き刺さった。その妖怪を手刀で切り裂き、絶命させる。
「ちぃっ、よくも!」
もう一体の妖怪が、俺に襲いかかろうと飛び掛ってきていた。妖怪が俺に到達する前に、逆に距離を詰め、空中にいる妖怪の腹に蹴り入れ穿った。
これで残りは・・・
「油断したな、餓鬼!」
「誰が?」
空中から鳥頭の妖怪が飛来する。俺は地面に突き刺さっている剣を抜き放ち、妖怪に投擲する。
「がっ!なに!?」
剣は妖怪の肩に突き刺さり、バランスを崩して墜落した。俺はゆっくりと、妖怪に歩み寄る。
「く、くそっ・・・ぐが!」
妖怪の頭を鷲掴みにし、力を籠める。
「あ、ああ・・・」
「終わりだ」
俺はそのまま妖怪の頭を地面に叩き付けた。妖怪の頭は潰れ、脳髄が辺りに飛び散った。
「さて・・・」
俺は手を振り、手についた血を振り払う。
「っ!」
突如飛んできた刃物を首を傾けることで避わす。頬に細く血が流れる。
「そこか!」
刃物が飛んできた方向に跳躍する。
「迂闊だな!」
「・・・そっちがな!」
突っ込んできた俺を確認して、潜んでいた妖怪が、続けざまに刃物を投げてきた。俺をそれを掴み取り、投げ返す。
「な・・・に・・・」
さらに、今の攻防で潜んでいる敵の気配がかなり揺らいだ。今なら、場所を性格に把握できるし、奴が投げてきた武器もこの手に残っている。
「そら!」
気配のする方向に刃物を投擲する。すると、どさりと倒れる音が聞こえた。
これで、気配はなくな・・・後一つ残っている!?
「・・・マジかよ」
突然地面が盛り上がり、巨体がその姿を晒す。体中に毛が生え、いくつもの足を持つ、巨大な蜘蛛。その大きさは象さえ超えるだろう。
「やるな、お主も妖怪だな?」
蜘蛛から声をかけられる。話せるんだ、アレ。
「ああ。お前は土蜘蛛って奴か?」
「よく分かったな」
まあ、地面から出てきましたし、なんとなく。それくらいの予備知識はある。
「容赦はせんぞ」
「ご自由に」
土蜘蛛はその口から霧を吐いた。その霧に触れた途端、植物は枯れ、萎れていく。
「毒霧か・・・」
いくら俺でも毒霧はまずい。妖怪というのは特殊な力を持つものが多い。土蜘蛛の毒霧然り、真雪の氷然り、それらの能力は厄介だ。だからこそ、その力を使われる前に殺すことを前提として戦ってきた。
「まあ、何とかなりそうだな」
それでも、俺は恐れを抱いていない。
今の俺には、夜叉たる俺には、対抗手段がある。
よし、こいつを片付けて今度こそ終わりにしますか。
「凶ツ風」
前書きで書きましたが、もう一度ごめんなさい。何か三部構成になりました。
うまくまとめられたらよかったのですが・・・
ともあれ、次回で十話は終わりです。戦闘は次回の最初に少し残すだけです。
用語集は近日中に。
では、また次回。