第九話 ~花見(前編)~
今回はいつもより若干短めで、前編、後編に分かれます。
花見の話です。もっとも、前編では準備の段階の話ですけど。
では、どうぞ。
「ちょっと早く来すぎたかな」
「遅くなるよりはいいんじゃない?」
「それもそうか」
俺と真雪は、花見の道具一式を持って霊樹の森を歩いていた。今日は花見当日、天気にも恵まれ、これ以上ないくらいの花見日和。暖かい風が頬を撫で、ハラハラと桜の花びらを散らしている。
「きれいね」
「そうだな」
霊樹ほど大きくはないが、この森には桜の木が多い。霊樹に近づくにつれて桜の木が多くなっていくので、俺たちの目の前には桜の木々が広がっていた。花びら散るその光景は、幻想的で思わず足を止めて見入ってしまうほど美しい。
「さて、そろそろ行くか。桜花も待ってることだろうし」
「そうね」
それから暫く歩いていると、これまであった道はなくなり、獣道のような道なき道が続いていた。ここまでくればもうすぐだ。
獣道を歩いて行くと、道の両側に沿うように桜の木々が立ち並び、それは宛ら桜のトンネルのようだった。ここを抜けると、霊樹の広場に出る。
「キョウ~!!」
「ぉ、ごふっ!」
桜のトンネルを抜けた途端、正体不明の物体が俺めがけて強烈なタックルを仕掛けてきた。おかけで持っていた花見道具を落とすところだった。まあ、正体は分かっているが。
「お、桜花。毎回これはキツイんだけど」
「毎回?」
そう言いながら、真雪は俺に抱きついて頬を擦りつけている桜花を呆れた目で見つめながら、俺に同情の眼差しを向けるという器用な芸当を見せてくれた。
「キョウ、会いたかった。久しぶり」
「うん、久しぶり。それと、おはよう」
「ん、おはようございます」
俺が挨拶をすると、桜花は礼儀正しくお辞儀をしながら返してくれる。毎回こうならいいのだが。
「じゃ、改めてここでお花見をすることにはなってたけど、いいかな?」
「うん、いいよ。賑やかなほうが楽しい」
「ありがとう。お土産もあるから、みんなが来たら一緒に食べようね」
「稲荷寿司!?」
「さて、何だろうね?」
桜花の目の色が変わった。確かにお土産は稲荷寿司なのだが、ここで開けると桜花が全部食べてしまうのでお預けだ。
「むー、いま食べたい」
「みんなと一緒に食べたほうがおいしいよ?」
優しく語りかけると、桜花はじっと考えているようだったが、一言。
「わかった。我慢する」
「うん、いい子だ」
「えへへ」
頭を撫でてやると、嬉しそうに微笑んだ。うん、実に可愛い。こんな可愛い子がここの守り神とは誰も思うまい。いや、みんな知ってるけどね。
「おーい、わたしのこと忘れてない?」
今まで会話に参加していなかった真雪が疲れた様子で、話しかけてきた。
「あ、ミユキ。おはよう」
「おはよう、桜花。ってあれ、本当に今気づいた?」
最後の方は若干小声で聞き取りずらかったが、はっきり分かった。うん、言いづらいけど本気で今気づいたっぽい。
「ミユキ~」
「ちょ、ちょっと」
唐突に、桜花が真雪に抱きついた。俺にしたのと同じように頬を擦りつけている。
「もう・・・」
尻尾を振って喜んでいる様子の桜花を見て、真雪は母親のような笑みを浮かべて為すがままになっていた。まんざらでもない様子だ。
「ん?」
俺はそれを微笑ましく見ていたのだが、持っていたカバンがモゾモゾと動き出したので他に持っていた花見道具を一旦下ろし、カバンを開けた。
「うにゃ~・・・」
カバンの中から顔を出したのは、哭月だ。家を出るとき、少し眠そうにしていたのでカバンの中に入れて連れてきたのだ。その表情はどこか疲れているようだった。
カバンから出た哭月は、ぐーと伸びをした。そして欠伸を一つ。
「む?ネコさん?」
「うにゃ?」
今まで真雪に抱きついていた桜花が、神速で哭月を抱き上げた。
「はえ?」
その速度たるや、熱い抱擁から解放された真雪が事態を呑み込めないほどだ。
「この子・・・」
桜花と哭月はじっと見つめあっている。その光景にどこか緊張感を覚えた。もしかして桜花は、哭月について何か知っているのだろうか。
「か、かわいい~」
「う、うにゃ~」
桜花は、先程の真雪よりも激しい勢いで哭月と熱い抱擁を交わしていた。当然腕の中の哭月は何が起こったのか理解できずにおろおろしている。まあ、かわいいものが好きなのは、女の子ならどんな存在でも同じということか。たとえ、それが守り神でも。
ちなみに守り神というのは、この霊樹を含める森全体であり、この里であったり、まあ諸々の守り神だったりするのだが、俺も詳細は知らない。というのも、実はこの霊樹が里を守っていたり、狭間の世界を作っていたりいなかったりと、複雑な事情があるそうで、俺のような一般妖怪には詳しくは知らされていない。ともかく、桜花はこの霊樹を守っている特別な妖怪であるらしい。まあ、この話は今は関係ないので、後ほど。
「しっかし、すごいもんだな」
桜花と哭月が戯れている横で、俺は霊樹を見上げる。この巨大な霊樹に桜の花が咲いている様子は壮観だ。霊樹自体が淡い光を放っていて、この世のものとは思えない光景である。
「ほんと、見上げるのに首が痛くなる」
いつの間にか、俺の横に並んでいた真雪が言う。
「そっちか?」
「冗談よ」
そう言って、真雪は霊樹を見上げる。俺もそれにつられてもう一度見上げる。
何度見ても、飽きないだろう。こんなに綺麗で壮大な桜の木は今まで見たことがない。
「来てよかった」
「まだ花見は始まってないけどな」
「もう、満足かも」
「おいおい」
「ふふ、冗談よ」
そう言って真雪は優しく微笑んだ。その笑顔は本当に幸せそうだった。
今日は冗談が多いなと軽口を言いつつ、花見の準備を始めた。
「手伝うわ」
「ありがとう」
今日はうんと楽しもう。そう思いながら、みんなが来るのを待っていた。
長い後書きは、後編の時にでも。
長い話になりそうだったので、前編、後編に分けました。後編の方が長くなる予定です。今後もこのように分けることもあるかもしれません。
では、また次回。




