僕の婚約者マリアンヌへ
「あのっ、これ受け取って下さい!」
お茶会の後、目の前に差し出された手紙。
プルプルと手紙と手が子犬のように震えていた。
「ありがとうございます。頂戴します」
私はお辞儀をしてから受け取った。
私が手紙を受け取ると、目の前の人はホッとしたように小さく笑った。
……あ、可愛い。
そう、そんな可愛い人はこの国の第三王子でした。
何故私が第三王子とこんな甘酸っぱいやりとりをしているか?
そう……事の発端は一か月前の事だった。
---
「マリアンヌや。かわいいマリアンヌちゃんに良い縁談が来たよ」
お父様に呼び出されて執務室に行ってみればそんな事を言われた。
執務室の机に座り、私を上目遣いで見ながら少し小刻みに震えている。
「縁談」
「そう、そうだ。縁談だよ。あちらからの申し込みだ。我がトリアノン伯爵家にもったない位の縁談だよ」
意表を突かれた私が一言呟くと、お父様の震えは更にひどくなった。
「して、お相手はどなたでしょうか?」
お父様は仕事でもないと全く要領を得ない。
仕事の時はバリバリと仕事をこなし的確な指示が出せるのに。
「うん、そうだね。かわいいマリアンヌ。もっともな疑問だ。なんとね、この国の第3王子ユリウス・ド・アイステリア殿下だ」
「え……」
その瞬間私の頭の中に洪水のように情報が流れ込んできた。
第三王子ユリウス・ド・アイステリア。
黒髪で黒目の真面目で少し引っ込み思案な王子。
その性格が災いして、婚約者のマリアンヌ・フォン・トリアノン伯爵令嬢に操られている。
前世で友達に言われてプレイさせられていた乙女ゲーム『君とバラ色のキスをしよう』。
略して「バラキス」。人数の多い攻略対象者。
マリアンヌは気が強くてユリウス王子を操る悪女。
金髪に金色の目のゴージャスな美女。
ユリウス王子に宝石やドレスを山ほど買わせてボロボロにする。プレイヤーのゲームの進行具合によっては王太子や第二王子も操ろうとする。
ヒロインが、王都の中等部高等部の一貫校「国立アイステリア魔法学園」に途中編入する所からゲームが始まる。
プレイヤーは年齢を選べて、それによってゲームの難易度も違ってくる。
私はもちろん「国立アイステリア魔法学園」に入学することが決まっている。
中等部一年で13歳だ。
ゆくゆくは金になる魔道具研究を専攻しようと思っている。
ウチのトリアノン伯爵家は私が継ぐことが決まっているので、剣と魔法を鍛えつつ有益な魔道具を何個か開発してトリアノン伯爵家に貢献したいと思っている。
ウチは伯爵家と言っても歴史がある。
更にはお父様が領地の執務の傍ら王宮の事務仕事もやっているそこそこの家だ。
当然、仲のいい貴族家からそこそこの家柄の婿を取り、婿と協力してトリアノン伯爵家を更に盛り立てていくものだと思っていた。
私の未来は順風満帆で不確定要素など何一つないと思っていた。
……それが乙女ゲームと第三王子………。
何それ……。
……あ、目の前が暗い。
もう……だめ……。
私は頭を打たないように受け身を取りながらその場に倒れた。
---
……知っている天井だ。
私が目を覚ますと、そこは当然ながら自室だった。
起き上がろうとすると、
「失礼します」
近くに控えていたであろうメイドのリリーリャが背中に手を添える。
あの位で気を失うなんて鍛錬が足りないんだ。
剣と魔法の鍛錬を増やさないと。
「起きたんだね! かわいいマリアンヌ!」
お父様がノックもなしに部屋に飛び込んでくる。
本当に仕事ではないときのお父様は気が利かな……、ううん。
私を心配してくれた。
本当は分かってる。
3年前にお母様が死んでしまった我が家で、一人娘の私とお父様しか家族はいないもの。
あちらから申し込みがあって、相手として申し分ないからお父様が話した。
うん、良し。
乙女ゲームが何だ。
私が意志の力で吹っ飛ばしてやる。
第三王子と完璧に結婚してやる!
「ご心配をおかけしました」
私がベッドから謝ると、お父様は首振り人形みたいにブルブルと首を振った。
「それはいい。マリアンヌの事が心配だ。婚約者の話でショックを受けたなら、この縁談はどうにかして私が断……」
「いえ、大丈夫です。第三王子殿下との婚約。お受けします」
「……そうか。でもダメだったらいつでも言うんだよ。かわいいマリアンヌ」
お父様の台詞を私は食い気味に遮った。
そうして私がユリウス殿下との婚約を了承すると、あれよあれよという間にユリウス殿下がトリアノン伯爵家に婿入りする話が進んだ。
あっちこっちの書類にサインしてあっという間だ。
今のアイステリアには三人の王子が居てユリウス殿下は同い年。第一王子と第二王子は五歳上と三歳上だ。
第三王子ともなれば、手ごろな伯爵家に婿入りさせてめでたしめでたしという所なのだろう。
まあ、第一王子と第二王子の婚約者はそれぞれ侯爵家以上だしね。
それで、婚約の契約が書類上で終わってから、あっという間に顔合わせとしてお茶会が開催された。
「あれ? 婚約式は?」とは思ったけれど、堅苦しいドレスとかはうんざりだったのでこれ幸いと黙っていた。
……いいのかな。
ーーー
それで、冒頭のお茶会に戻る。
無難に挨拶をした後、二人でテーブルに着いたけれど沈黙だった。
どういう事かは分からなかった。
この婚約は王家の方から申し込まれたはずだ。
どういう事だろうと思いながら、やがてお茶会がお開きとなり席を立つと、すごい勢いで手紙? を渡されたのだ。
「帰ってから読んで下さい。お願いします」
「承知しました。大事に拝読いたします」
再度王子にお辞儀をする。
土産と渡された綺麗なラッピングの焼き菓子を侍女のリリーリャに持たせ、手紙はきちんと自分で持って王宮を後にした。
??? 私と王子は一体何をしたのだろう。
王子はゲームで真面目で引っ込み思案とあったし、現実でもそれっぽかったけれど。
ここまでとは。
……でも、控えめに笑った顔が可愛かったな。
しかし、家に帰って手紙を読んだ私を、無言お茶会以上の衝撃が襲うのだった。
『僕の婚約者マリアンヌへ
婚約者になってくれてありがとう。
時々の王宮での催しでマリアンヌを見かけて、その凛々しい姿に憧れていました。
聞けばトリアノン伯爵家を継ぐために領主の勉強も小さい時からやっているとの事尊敬します。
そろそろトリアノン伯爵家は婿取りをするかもしれないと噂を耳にしたとき、僕は居ても立っても居られませんでした。
身分の差で断りづらいと知っていて、それでも僕はマリアンヌに結婚の申し込みをせずにはいられませんでした。
そして、婚約式を開かなくて申し訳ない。
父上が僕が緊張で婚約式で倒れてしまうかもしれないから開かない方が良いと言われて、僕も情けないことに自分が倒れない自信があるかと言われればないのです。
しかし、魔法学園を卒業するまでに胆力をつけ、結婚式は婚約式の分まで盛大に開きたいと思います。
もちろん、僕の持参金で責任を持ちます。
希望としてはマリアンヌが披露宴で着るカラードレスを1着縫いたいです。
将来は領主経営をするマリアンヌを支え、共に頑張る為に勉強を頑張りたいと思います。
最後にはなりますが、憧れているマリアンヌを前にするとうまい事会話ができないと思うので手紙を書いてみました。
手紙は考えながら文を書けるので慣れるまで文通をしたいのですがどうでしょうか?
お返事待ってます。
貴方の婚約者ユリウス・ド・アイステリアより
』
と手紙には繊細で可愛らしい文字で書かれていた。
インクも少し金が混じった黒で素晴らしい。
薄桃色の手紙の紙からは香が焚かれたのかほのかに百合の匂いがした。
総合すると、すごく乙女チックな手紙だった。
な、なるほど?
「な、なんだこれはー!」
「お嬢様ご乱心ですか?」
思わず自室でさけんだ私に、侍女のリリーリャが真顔で突っ込みを入れる。
私はすごい勢いで頷いた。
「私も乱心したが……いや、なるほど?」
真顔のリリーリャに、「殿下も乱心している」とは言えなかった。
いや、まあ、可愛いのではないか。
初々しい乙女のようで勉強になった。
思えば私は将来伯爵領を治めるわけだ。だからこう穏やかで乙女な殿方はあっているのではないか。
こんな風にかわいらしく好意を寄せられていては本気で好きになってしまいそうだ。
しかし、女として負けている。
私は剣技と魔法は貴族の中でも強いと自負しているが、裁縫はからっきしだ。
こう何故だか分からないが一番簡単な波縫いで布巾を縫っても5回以上は指を刺す。
それが、王子は私と同じ13歳でドレスを縫うのが夢とは……。
私はスーハースーハーと深呼吸を繰り返した。
「よし、私も勉強させていただこう。ユリウス殿下から可愛らしさを」
「お嬢様、違うと思います」
私の宣言にリリーリャが即突っ込みを入れた。
ーーー
そして、色々苦しんで返事を考えて3日後、私は無事に返事を持たせた鳥を放した。
手紙を持たせた鳥は、私の昔からの魔力で作った青い鳥。名前はバードだ。
魔石を食べさせると動き、他の者の魔力を目印に手紙を運んでくれる。
私がとても苦しんで書いた返事はこうだ。
『ユリウス・ド・アイステリア殿下へ
お手紙をありがとうございます。
優しいお言葉にあふれ、私は感謝の思いで一杯です。
婚約式はお気になさらないでください。
私は堅苦しい式はあまり好きではないのでありがたかったです。
結婚式の件、承知いたしました。
このマリアンヌ、心して殿下手ずからのカラードレスに袖を通す事を誓います。
共にトリアノン伯爵領を治めて参りましょう。
文通の件、承知いたしました。
私は文が得意ではないので、殿下のお心に添えるか気がかりではございますが精進してまいります。
マリアンヌ・フォン・トリアノンより
』
そして、私が返信した次の日、綺麗な花飾りを付けたバードが手紙をくわえて帰ってきた。
花は立体で布でできており、金の見事な花飾りだった。
私はこれは一大事だと思った。
見事な金の花飾りは一夜でできるものなのだろうか?
ちなみにユリウス殿下からの返事はこんな感じだった。
『僕の婚約者マリアンヌへ
早速のお返事ありがとう。
マリアンヌからの手紙がとても嬉しくて思わず胸に抱きしめてしまいました。
こんなにも至らない僕にマリアンヌはなんて優しいのだろう。僕の方こそ感謝の気持ちでいっぱいです。
文通も引き受けてくれるなんて嬉しいです。これからよろしくお願いします。
ところで、この手紙を運んでくれた小鳥ちゃんの名前は何でしょうか。
当てましょうか?
青だからサファイアちゃんかな、それとも鳴き声でピッピちゃんかな。
変わった所で水の精霊の名前でウンディーネちゃんとか。
教えてくれたら良いなぁ。
今日は執務は早めに片付けてトリアノン伯爵領の農産物について勉強しました。
ちょっと勉強しただけでもトリアノン伯爵領はよく管理されていて素晴らしいと思いました。
後、勉強の合間に伯爵になったマリアンヌを想像してしまって、心が愛しさで苦しくなりました。
そういえば、そろそろアイステリア魔法学園に入学ですね。上の学年にお兄様たちがいますが、マリアンヌの婚約者は僕なのでよろしくお願いします。
』
……殿下、鳥の名前は「バード」です。
学園が始まってからも手紙は続いた。
婚約者ということで週に何度かランチを共にするのだが、予想に違わず無言のランチとなった。
しかし、私が返事を書く前にユリウス殿下が次の手紙を渡してくる。
ある日の手紙などは、白地に金の縁取りの便箋に濃紺の字で書かれた可愛いものだった。
金の細い鎖でできたブレスレットが同封されていた。
シンプルで良い。これはありがたく今度つけさせてもらおう。
『僕の婚約者マリアンヌへ
ランチではうまく喋れなくてごめんなさい。
でも、頻繁にマリアンヌと会えるようになって嬉しいです。
この前、城に色々細々としたものを売りにきている行商人を覗いてみたら、マリアンヌに似合いそうなブレスレットを見つけました。
もらってくれたら良いなあと思います。
最近は金色のものを見るとなんでもマリアンヌを思い出します。
朝起きた時の神々しい太陽の光、父上の王冠、視察に行った時の黄金の稲穂、宰相殿のメガネの縁。
さまざまな所にマリアンヌは居て、僕の心を温かくしてくれるんです。
最近、マリアンヌとちゃんと喋られるように練習を増やしました。
見ててください。
僕の気持ちを伝えます。
あなたの婚約者ユリウス・ド・アイステリアより
』
「うぉおお、なんだこれはー!」
「お嬢様、ご乱心ですね」
手紙を読み終わって、私は背中がすごくむず痒くなり心置きなく叫んだ。
はしたないことはわかっている。
リリーリャがすかさず突っ込んだ。
ユリウス殿下の目に私はどんなふうに見えているのだろうか。
学園と領主になるための勉強にばかり明け暮れている私は、いつしか殿下の手紙が一大イベントになっていた。
私も一般の乙女のように殿方に思ってもらえるのだ。
私もユリウス殿下に同じぐらいの好意を持たなくては! そう決意するのだった。
それはそうと前述のような手紙をくれたユリウス殿下だったが、ランチの時は相変わらず無言だった。
何か言いたそうにしているのはわかるのだが、手紙を渡すときに、
「これ読んでくださいっ。お願いします」
ぐらいしか喋らない。
この無言ランチを学園の食堂で毎回やるものだから、もちろん、
『トリアノン伯爵令嬢と第三王子殿下は不仲』
という噂が流れた。
もちろん私のお父様はある日の夕食の時、
「かわいいマリアンヌや。時に殿下との婚約はなかっ……」
「なかったことにはしません。ご心配無用です」
というやりとりを私とした。
もちろん、そういう不仲説が流れると貴族では大きな隙になる。
何か噂を払拭するようなアクションを起こさないとダメだろう。
私はある日のランチの時、デザートのプリンを横に避けて、意を決して殿下に話しかけた。
身分が下のものから話しかけるのはいまいち抵抗があるのだが、婚約者だから大丈夫だろう。
「あの、殿下。聞いて欲しいことがあるのです」
私の言葉に、少し震えながら下を向いていた殿下が顔をあげる。
ハッとしたような顔をしていた。
私が何を話そうとしているのか大体わかるのだろう。
「いえ、ま、待ってください」
「いえ、言わせてください」
無礼を承知で殿下の言葉を遮り、殿下と私の仲が良好であることをアピールすべく口を開いた。
何か乙女のような事を口にしなければ何か。
『殿下の夜のような瞳が魅力的で好き好き(ハート)』とか『殿下の優しさをお慕いしております(きゃっ、言っちゃった)』とかそういう事だ。ここでは何が適切だろう。
リリーリャにそこらへんの乙女ワードを教えてもらったは良いけれど、この場合何を言えばいいのだろう。
ええい、今更だ。全部言うか!
「あのっ、マリアンヌ! 好きだー!」
「えっ」
殿下が真っ赤になりながら、食堂に響くような声で叫んだ。
だーだーだー………と、シン…とした食堂にユリウス殿下の言葉がこだまする。
私の「えっ」という言葉に殿下は目を丸くした。
「聞こえなかったか……、ううん頑張れ僕。もう一度、マリアンヌ! 好きなんですっ!」
「き、聞こえてます聞こえております!」
殿下は湯気が出そうなくらいに真っ赤になっている。
私もつられて赤くなっている自覚はあった。
ユリウス殿下の黒い瞳が泣き出しそうに潤んだ。
「こんな僕だけど、好きなんです……」
殿下のその言葉と共にその瞳から涙が一粒ポロリと流れる。
その様子はおおよそ王子らしくもなく貴族らしくもない。
でも私は好ましかった。
こんなに可愛らしく私を思ってくれる人など、この世にユリウス殿下だけだろう。
私の方こそ、領主になるための勉強と鍛錬しかしていないし、婿はどこからか貰えば良いのだぐらいしか考えてない酷い女だ。
さらに思い出した前世の記憶によると、気弱な殿下を操る希代の悪女なのだ。
「……私もユリウス殿下が好きです」
私は多分乙女のように微笑めていると思う。
「ブレスレットありがとうございました。大切にします」
そして、私は乙女のように好きな殿方にもらったアクセサリーを大切にするんだ。
私の言葉に殿下が笑ってくれた。
ーーー
食堂での大騒動の後、私と殿下の仲は急速に縮まった、と言って良いだろう。
ランチの食堂でも色々なことを遠慮せずに喋るようになったし、もちろん殿下からの一方的な手紙ももらった。
不思議なのは、ランチの時間に殿下と喋るようになっても手紙の量は減らなかったことだ。
ある日の手紙は、薄い金色の紙に漆黒ではない曖昧な黒のインクで書かれていた。
ばらの匂いのする便箋に書かれた手紙はこんな感じだった。
『
僕の婚約者マリアンヌへ
元気ですね、マリアンヌ。
僕も元気です。
いつもランチしてるからお互い元気だって分かっていいなぁ、と思います。
マリアンヌに会ってない間のことを書きます。
僕のクラスに自分を「ヒロイン・フォン・ピンキー」と名乗るピンキー男爵の娘さんが編入してきました。
クラスの人たちに色々話しかけていたのだけれど、僕はマリアンヌならまだしも令嬢とはまだ他のクラスメイトと同様にうまく喋れないで居たら、そうそうに話しかけられなくなりました。
悲しいです。
でも、隣の席のオルコット侯爵令息とは時々勉強の事お互いの婚約者の事でポツポツと話せるようになりました。
オルコット侯爵令息がおしえてくれたのだけれど、ピンキー男爵令嬢は第一王子である兄様に話しかけに行ってるのだとか。
なんか不思議な令嬢です。婚約者もいるのに男爵令嬢に話しかけられる兄様が気掛かりですが、僕よりも社交が上手だから心配入りませんね。
そうそう、この前城に雑貨を売りに来た商人から買ったペーパーウェイト(東方では文鎮というらしいです)を同封します。
金の台座に黒のダイヤがはまっててとても綺麗でまるで僕たちみたいだなって思って買っちゃいました。
お金は心配しないでください。今まで城下の商店で僕の名前を隠して売っていた刺繍の売上で買いましたから。
あなたの婚約者であなたを愛するユリウスより
』
やたら手紙の封筒が分厚くて重かったのは、金の塊が入っていたからだった。
それもそのペーパーウェイトは、ユリウス殿下が刺したと思われる刺繍で彩られた巾着に入っていた。
私は巾着もめちゃくちゃ大事にすることに決めたのだった。
それにしても名前からしてピンキー男爵はヒロインだと思うのだが、そうそうに片付いたようだ。
ユリウス殿下の社交性の低さが、前世を知ってしまっている私には逆にありがたかった。
ありがたい。
私がおよそユリウス殿下がいると思われる王宮方向に拝んでいると、
「お嬢様、ご乱心中失礼します。そろそろ夕飯でございます」
とリリーリャが真顔で呼びにきた。
「乱心はしていないが、夕飯はいただこう」
このリリーリャという侍女はいつも真顔だが、この前別のハウスメイドからリリーリャが殿下と私の仲が良くて浮かれていると聞いた。色々な使用人に殿下と私の仲の良さを聞かせて回っているらしい。
そんなふうには見えないのだが。
ありがたい事だ。リリーリャにも隠れて拝んでおいた。
ーーー
そして、殿下と私の仲は良好のまま学園生活は過ぎた。
この間にも、ヒロインが第一王子とともに王都を追放されるなど色々事件はあったが、第二王子がいたこともあり、ユリウス殿下がうちのトリアノン伯爵家に婿に来るのは変わらなかった。
ユリウス殿下からの手紙は続いていて、とうとう殿下が完成させたカラードレスを受け取る前にもらった手紙はこんな感じだった。
『
僕の婚約者マリアンヌへ
とうとうカラードレスが完成しました。黒地に金の刺繍のドレスで僕とマリアンヌのカラーをイメージしました。
そろそろ卒業と共に結婚式ですが、いつも僕と一緒にいてくれてありがとう。
今も変わらず、ううん、昔よりもマリアンヌを愛しています。
社交性に関していつもちょっとずつしか成長できない僕を待ってくれてありがとう。
一緒に領地を治めるようになったら、今まで勉強してきたこと、人との関わりを学んだことを活かして、マリアンヌのお役に立つことを約束します。
愛してるよ、僕の婚約者マリアンヌ。
あなたを愛するあなたの婚約者のユリウスより
』
この手紙を受け取った私は、次会った時めちゃくちゃ殿下のほっぺたにキスをした。
もちろん恥ずかしいから侍女のリリーリャには退出してもらってだ。
殿下はもちろん、
「マリアンヌからもらったキスなんてとても嬉しいっ」
と出会った頃よりも可愛い顔で喜んでくれた。
ーーー
そして、私はまったく悪役令嬢として活躍することなく、ユリウス殿下の妻となった。
私はトリアノン伯爵となった(お父様は爵位を譲り隠居した)。
夫のユリウスはその家政の腕前や筆まめなところ、勤勉な所、慎ましやかな社交で私を支えてくれる。
子供も一男一女に恵まれ、家族でいつまでもいつまでも幸せに暮らした。
おしまい
読んで下さってありがとうございました。
もし良かったら評価やいいねをよろしくお願いします。
また、私の他の小説も読んでいただけたら嬉しいです。