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雪娘の十二月

作者: ゆらぎなぎ

雪も風も雨も誰かの不思議の結果なのだと。知らない方が良いかもですが。

 冬になると、私はわりと憂鬱で、なぜかと言うと、雪が降ることを期待されっぱなしの季節だからです。


 今年は暖冬だとしきりにテレビでも言って下さっているので、いつもの年ほどみなさんの期待も重くはなくて、とても嬉しい。気象予報士さんたちにお礼を言って回りたいくらい。


 けれどだからこそ今度は『なんだよなぁ、冬のくせに』のような言われ方をされる時もあり、そんな時はとても悲しい気持ちになるので、やっぱり十二月は気が重いです。冬の間でもましなのは、一月から二月の初旬。お正月や入学試験日の雪を、人はあまり喜ばないから。


 人々が期待し始める十二月と同じくらい針のムシロなのは、二月の終わり頃です。今年の冬は寂しかったわね、的な発言が突き刺さります。


 一介の中学生である私が、自然現象に責任を感じている理由を説明すれば。


 それは私が生まれた時から、雪を呼ぶ生き物なのだからでありました。



 十二月も五日を過ぎても、気候の暦は十一月初旬。私はご機嫌な気持ちで、毎日を過ごしていました。その調子! と天に向かいエールをおくりたい気持ちです。いたずらに寒いばかりだったおととしの冬、私は学校以外はほとんど家に閉じこもって過ごしていました。気のふれる寸前。苦い記憶です。もっと幼いころは、何も考えず好きなときに降らしていた。もっと苦い記憶です。

 

 今年をこのまま乗り切れるなんて安心はできませんが、とにかく今は幸せな気持ちでいよう。特に期末テストが始まった今日からは、足取りは軽くスキップに近いほど。


 テスト期間に突入した学生が、お天気を話題にのぼらせることはほとんどないのです。この短い期間は、高い確率で幸せなはず。クラスメイトでただ一人、私だけが今幸せなんだと思います。きっと。


 そんな浮かれ調子で帰宅中の私は、ふと、自宅の少し手前で足を止めました。生垣の向こう、隣の家はいまどき珍しく縁側などもある純和風の建物なのですが、その軒下に揺れている白いものが目に留まったのです。


 季節感が、ずれている。そう思いました。まるにさんかく。てるてるぼうずでした。

今着けたところらしく、お嬢さんの琴ちゃんが椅子を片付けようと抱えています。目と口と、まゆげを持ったてるてるぼうずは、琴ちゃんのお手製でしょう。


「琴ちゃん」


 大きな目が私を見つけます。琴ちゃんは小学校二年生。私は仲良くしていました。


「雨降って欲しいの? 寒いよ、降ると」

「小雪ちゃん」


 床の上に椅子を下ろして、私に会えて嬉しそうに笑う。小さな琴ちゃんは大変かわいらしい女の子なのです。下に暴れん坊の弟しか持たない私には、心のオアシス的存在でした。交換できたら、どんなにいいか。


「雨じゃないの、雪なのよ。あのね、雪のてるてるぼうずってちがうの? 小雪ちゃん、知ってる?」

「し、知らないなぁ」


 冷や汗がふき出しそうなくらい、不吉な言葉を聞きました。琴ちゃんは瞳をきらきらと輝かせ、


「あのね、ゆりちゃん、引っ越しちゃうの。お父さんがお仕事で、沖縄なんだって」

「沖縄。うわー。あったかそうだね」


 それは私の憧れの土地。雪とは無縁のパラダイス。


「雪が降らないんだって」

「そうだよねぇ」

「それで、こっちで見れたらいいなぁって」


 かつーん。そ、そう来ましたか、ゆりちゃんとやら。


「あのね、去年はね、ゆりちゃんのお父さんがかまくら作ってくれたの。中でおやつも食べたの。とっても大きかった」


 去年……のことは、忘れたくても忘れられない。クリスマスの頃、要望のあまりの高さについどかっと降らせてしまったのでした。喜んだ人と数ならきっと同じくらい、迷惑に思った人がいるのだから、深く反省しなくてはなりません。


 いくら琴ちゃんが喜んでいてくれたとしても。今年はそれも踏まえて、絶対に誘惑(でしょうか?)に負けませんように。


「あんなにたくさんじゃなくて、ちょっとだけでもいいんだ。降るよね、小雪ちゃん。だいじょうぶだよね」

「降る、かも知れない……、けれど」


 こ、今年は暖冬だから。そんなことは言えないです。そんな難しい、オトナの理屈。いえ理屈とは違いますが、琴ちゃんには納得できることじゃない。ゆりちゃんには見れなくなってしまう雪。それはここで見れなくてはいけない。


「ゆりちゃんのお引越しは、いつ?」

「終業式のあと」


 あと、二週間。


「そうかぁ」


 気候に変化は訪れるでしょうか。二週間経つ頃には、厳寒となっている、かもしれない。そういうことだって起こるはず。

 街中が白く埋まり、雪に閉じ込められているのかも。


「降るといいね」

「うんっ。小雪ちゃんもお願いしてねっ」

「うん」……


 ……もちろん。一生懸命お願いする。自然が自らまるで自然に、雪を降らせてくれることを。もしかしたなら、琴ちゃんよりゆりちゃんよりも、強い気持ちで。


 ふつうなら、一緒に祈るだけでしょう、私にできることなんて。

 

 そして、降らなかった時にはなぐさめてあげる。

 それだけがふつうの近所のおねえさんにできることです。だから私も、それでいいのだと思います。

 残念だったね、琴ちゃん。でもまたね、きっとね。ゆりちゃんだってまた見れるよ。


――どこかで。


 無責任に聞こえる。逃げているような気持ちになります。どこかで。それは、きっと一生のうちに、どこかで。いつか。


いつ?


 私は見せてあげることができる。けれど。


 できることを知らんふりをして通り過ぎることも、いけないことだと思うけれど、降るはずのない雪を呼んでしまうことは、自分で世界を勝手にゆがめている気持ちがして痛いのです。


 誰も私を責めないけれど、私は他の人にはできないことができてしまう自分が怖い、とも思うのです。だからできるだけ、やらないように、触れないように。だから冬は嫌いなんです。思い出してばかりいるから。


 どうして私だけ、こんな力を持つのでしょう? 誰も私に教えてはくれない。


 いったいどんな理由で、こんな私が生まれたのでしょうか。理由など、誰に訊いたらいいのだろうか。この無駄な力の説明を、誰ができるというのか……。


 無駄だと思ってはいけないのでしょうか。気にしなくていいものでしょうか。できることは好きにしたらいいのでしょうか。悪いことではないのでしょうか。

 わからないことしかない。私はいったい、なんなのか。私の力は、なんでしょう――?



 やはり長くは続かなかった幸せを、懐かしく思い出す日々です。儚い。ため息をつくと幸せが逃げて行くと言うけれど、ないものがどうやって逃げると言うのでしょう。


 あぁ。どうしたらいいのかわからない。琴ちゃんを喜ばせるためなのだから降らせてしまえばいいじゃない、と聞こえるのは、この場合はアクマの囁きというものになるのかもしれない。囁きは続いています、もうずっとあの時から。


 喜ぶのだからいいじゃない。


 朝に夕に登下校の道で、私は隣家のてるてるぼうずをつい見ては、願いが私に向けられているように感じ続けているのでした。


 そんな毎日の、三日目の夕方。


「小雪ちゃん、小雪ちゃん」


 かわいい声がちくちくと、刺さるように思えてしまいます。垣根のすぐ向こう側、葉っぱのない柿の木の下に、琴ちゃんは走ってきました。一人ではありません、もう一人女の子が一緒です。


 横でおずおずと笑っている、その子の名前なら聞かなくても。


「あのね、ゆりちゃんですっ」

「こんにちはっ」


「こんにちは」


 胸が痛いです。ずきんと、いま確かに痛かったです。ゆりちゃん、この子が。琴ちゃんと二人して、クラスではきっと背の低さを競っている。琴ちゃんの大切な、もうすぐ会えなくなってしまうお友だち。


 初めのあいさつをしてしまったら落ち着いた様子で、にっこり笑って私を見上げ――


「ユキゴイをするの、わたしたち」

「え? ユキゴイ?」

「お父さんに教えてもらったの。歌って踊って雪をよぶんだって。ね」

「うん。ゆりちゃんのお父さんが成功したよって。ねぇ」


『雪乞い』……でした、『ユキゴイ』は。私は本当に、砂を噛んだ方がいいような思いで、言葉をやっと口から出します。


「降ると、いいね」


 いいのにね……。


「うんっ」

「ねっ」


 かばんを持つ私の手には、ぎゅうと力がこもっていました。降るといいね? どんな口で、私はそんな言葉を言ったのでしょう。


 二人の、庭石を踏んで戻っていく後ろ姿。縁側に並べられた、ふしぎな道具に手に手を伸ばす。

そして二人は笑いました、空を見上げて。指を差すのは琴ちゃん、それを追うのはゆりちゃん。

私にはただの空であるその空に、二人は夢を見ているのです。


 足を引き摺り自分の部屋に帰ったころ、琴ちゃんたちの歌声が聴こえ出しました。ずいぶんとおかしな歌。


 けれど、ゆりちゃんのお父さんは一生懸命考えたんだと思います。ゆりちゃんのために考えたことです。(もっとも、本当にむかしやったことがあったのかもしれませんが)


 それが、お父さんにできること。


 私は立ち上がり、また座って、また立ち上がると、部屋をとび出し階段を駆け下りました。移動することに集中すれば、いろいろなことを考えないですむと思って、とにかく急いでみました。ごちゃごちゃと、頭がパンクしそう。


 私にできること。私の起こすこと。爆発寸前。



 私の吐いた息は白く、目に見えるものになっていました。驚いて、もう一度吐くと、やっぱり白く色が出ました。この冬初めて、こんなに気温が下がっている。


 背中を押される思いで、私は空に顔を向けました。遠い青い空に、けれど雲はありません。あぁ、不自然だ。降るわけがない。


 でも、風が吹いている。


 そうだ。風が降らせる雪もあるもの。

 人差し指を空へ向ける。雪を私に。


――



 私は気が抜けて座り込みました。やってしまったことは、取り返せない。犯人のようなことを考えて、冷たい草の上に座り、青い空から降りてくるたくさんの小さなかけらを受け止める。


 誰も私を叱らないけれど、わからないけれど大きなものに見られているような思いがあります。神様? そうかもしれない。


 見ているのなら、教えてくれればいいのに。私の声に雪が降る、その理由を。

 いけないことだと言うのなら、罰を与えてくれていい。すぐに、私に悪いことを起こして……。


 ……なにかが起きたことは一度もないのですが、すぐにではなくタマシイ最後のその時に、私は重ねた罪により地獄に突き落とされるのかもしれない。遠い未来に、私は責任をとることになるのかも。

未来に。


 ……降って欲しくはなかった人も、きっとたくさんいるはずだ……。


 雪は楽しく美しいものであると同時に、災害にもなりうるものです。植物への影響、交通への影響、足を滑らせて転んでしまう人もいる。


 私はそれを、ちゃんと理解したはずでした。今年は反省をするのだと、あれだけ堅く誓ったのに!


 人差し指を隠すように、左の手が握りしめていました。こんなものさえなければ。こんな悪い指は切って捨ててしまえばいいのだ。いえ、悪いのは当然、動かした私なのですから、私こそ消えてなくなってしまえばいい。


 そうです。まるで雪が溶けるように、私も。


 ……閉じていた目を開いたのは、歓声を聞いたからでした。琴ちゃんとゆりちゃんが、はしゃいで回る楽しそうな声は、町中に聞こえるくらいに響いている。雪の降り始めは、いつも他の音が消えているから、立ち会えた人たちの声は大きく大きく聞こえるのです。


 やがて声は増えていく。


 町中に、空を見上げる人がいる。


 私も見ています。青い空を。

 白い羽雪が舞う空を。 


 きれい。

 冷たい。


 雪。



――私は、自分の口が少し、開いていることに気が付きました。わ。笑っているのです、私は。

 好きなのです、私は雪が。と言うより。


 一度『誘惑』という言葉を使いましたように、私は、私に応えて降る雪が、いえ、空が私に応えるそのことが嬉しいのです。


 やってしまった。

 きれい。嬉しい。


 私のそんな気持ちのために、ありえないものを呼ぶなんて。

 けれどけれど今回は、琴ちゃんとゆりちゃんのためにと思って私は……。

 でも、迷惑に思う人もいると考えながらも、ここに立ち雪に包まれ、私は嬉しいと感じてる。結局。

 

 ごめんなさい。

 

 うなだれた私の耳に、はしゃぐ二人の声がまた届きました。興奮した、高らかに響く声。喜んでいます喜んでいます。

 あの子たちの待っていた雪。降らなくては、悲しかった雪。あの子たちが私に、私が世界にお願いした雪は、さらりさらりとつもって行く。


 胸にあたたかな思い出として残るでしょうか。このきらきらした冷たいものが、頬をかすったこと、手のひらで溶けたこと、セーターの袖に結晶を見つけたこと。


 私にできることは、必要なことかもしれない。必要だから存在しているのかもしれない。必要なものであるから、空は応えるのかもしれない。


 なら、必要ではないときには応えは返らない?


 今までそんな場合がなかったことを考えれば、この結論は無理があるのですけれど、これまでのみんなが全部、ちゃあんと必要なときだったということももしかしたならあるかもしれない、し。


 気づけば、顔も手のひらも、空と向かい合っていました。口に入った雪が、手に降りた雪が、私の温度でほろほろと溶ける。


 空気の温度はどんどん下がり、私を助けてくれるみたい。降るはずだったと、つじつまを合わせ。


 目を開けば目の中にも、グレイの空から剥がれるように降り注ぐ雪が入り込む。涙と一緒に流れたそれは、落ちた地面で雪に吸い込まれ、また雪になりました。ぐるり。雪から雪へ。



 私はいったい、なんなのか。

 私の力は、なんでしょう?

初めて投稿してみました。不備があれば教えてください。と作品のことではないことを。

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[良い点] 雪を降らせるかどうかで葛藤しているモノローグから、生真面目な小雪の性格が伝わって来ました。雪を呼ぶ力について自分の中で整理できていない様子に年相応の少女らしさや若さを感じます。 最後まで明…
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