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ラストサムライ

 地球最後のひとり。


 俺にとって、俺は間違いなくそういう存在だった。


 王都で賑わう市場の雑踏のなかを歩きながら、自分のあり方を確認するように、俺は一族に思いを馳せた。あるいは、これからやろうとしていることへ、自分を奮起させるためかもしれない。


 この大陸を、いや、きっとこの世界を支配しているのは人間だろう。同じ人は人でも、エルフやドワーフ、コボルトやハーピーは亜人と呼ばれ、格下に見られる。


 なかでも、ひときわ冷遇されていたのが俺ら、鬼族だった。もっとも、鬼と人間の違いは、髪の色ぐらいのものだ。だから、


「ちょっとそこのお兄さん、リンゴひとつどう?」


 茶髪を揺らしながらほほ笑みかけるのは、果物売りの少女だった。彼女に銀貨を渡し、俺はリンゴを受け取った。


 マントとフードで黒い髪を隠せば、こうして普通に買い物もできる。


 右手のリンゴをひとくちかじれば、みずみずしい甘みと酸味がくちのなかいっぱいに広がって、少し飲み込むのが惜しくなった。


 ここは良い国だ。


 小国ながら、市場には露店が並び、天幕の下であらゆる食材や雑貨、服やアクセサリーを売買する光景が見られる。


 大陸が戦国乱世状態であるにも関わらず、物資が豊かな証拠だ。


 土を蹴立てて荷馬車を走らせ、市場から去るのは、仕入れの商人だろう。


 数人の若い娘さんを連れた妙齢の女性が布を買っている。仕立て屋の主人とそこで働くお針子さんだろう。あの布で、新しい服を仕立てるに違いない。


 顔に不安の色はなく、皆、表情がやわらかい。


 他国が攻めてきても、王国軍が守ってくれる、そう信じている様子だ。


 民から信頼される王家。うん、やっぱり、この国は悪くない。


 活気ある市場で人ごみのなかを歩いていると、ついこれから俺のしようとしていることを忘れそうになる。


 俺は気を引き締めて、自分の置かれている状況を確かめる。


 鬼族が滅んだ理由。

 それは、人間の手で皆殺しにされたからだ。


 鬼族は強い。一族すべてが、老若男女問わず一騎当千の猛者ぞろい。


 トロールよりも怪力で、ドワーフよりも頑丈で、オーグルよりも勇敢。なのにホビットよりも素早く、エルフよりも魔術に長け、人間よりも巧み。


 で、あるにも拘わらず、戦いを競技として割り切り、非暴力不服従を絶対とする究極の平和主義民族。それが、俺ら鬼族だ。


 富と名声を望む人間たちにとって、こんなにおいしい相手はいなかった。


 ドラゴンを屠り、天地を引き裂く鬼族の強さは有名だが、平和主義者故に同じ人族には手を出せない。


 何百何千という軍隊に追い回され、疲弊し、鬼族はひとり、またひとりと無抵抗に殺されていった。


 なかには、自らの命と引き換えに家族の助命を嘆願した鬼もいた。


 無抵抗のままに殺された鬼族の生首を掲げ、歴戦の英雄ヅラをして凱旋する、自称勇者サマ御一行を遠目に眺めながら、みんなは言った。


 ――人殺しをするぐらいなら殺されよう。


 無抵抗を続ければ、いつか人間もわかってくれる。


 鬼族と人間の戦争になれば、いま以上の血が流れる。


 憎まれても憎んではいけない。やられたらやり返すでは、何も変わらないのだ――

 そして数年前、とうとう鬼族は俺ひとりになった。人間は、最後の最後までわかってはくれなかった。鬼族の血は、全部流れ尽くした。


 鬼族の女がいない以上、少なくとも純血の鬼族はもう産まれない。


 だから俺は、この世界最後のひとりだ。

 俺は、母さんたちは間違っていたと思う。


 鬼族が徹底抗戦に出て、人間に、鬼族の強さをその身でわからせてやれば、鬼族には勝てないと誰もが思うまで戦い尽くせば、鬼族は滅びずに済んだはずだ。


 俺は、世界最後の鬼にならずに済んだ。


 奪うための戦争と、守るための戦争の区別もつかない、平和ボケした鬼族の仲間たちには、深い憐みと憤りを覚える。


 だから俺は決めた。鬼族として産まれ持った力を、技術を、すべてを利用し尽くすと。


 なんて言うと、きっと戯曲家たちは俺の復讐劇を期待するんだろうけど残念。


 俺には、人間への復讐をする気なんてこれっぽっちもない。


 おっと、だからと言って、別に大人たちの言う非暴力不服従の精神を受け継いでいるわけじゃあない。


 そう自分に言い聞かせながら、リンゴを食べ終わった俺は、大通りへ向かうと芝居小屋に足を運んだ。


 いま、紺碧の騎士戦記、という乱世を舞台にした英雄伝が流行っているらしい。


 これから俺がしようとしていることを思えば、こういうお芝居を見て気分を高揚させるのも悪くないだろう。


 ステージの上で、主人公である紺碧の騎士は、愛する妹を殺された復讐に燃え、剣を掲げて叫んでいる。


 一方、一族郎党全鬼族を殺された俺は、欠片の復讐心もない。何故か? 理由は単純、復讐って何するの?


 例えば、昔鬼族を殺したと自慢しながら鬼族のミイラでも見せびらかしている野郎がいれば、ムカつくので殺すのはやぶさかではない。


 でも、たとえばこの芝居小屋で芝居を楽しむ観客たちは、鬼を殺したことがあるのか?


 答えはノーだろう。


 こんな関係ない人間たちを殺しても、復讐にはならない。殺していなくても、人間たちが俺ら鬼族を差別して、迫害し続けたのは事実だ。


 でも、そこまで復讐の幅を広げると、今度は大陸中の人間を殺さなくてはいけない。


 大陸全土に何億人の人間がいるか、想像もできない。一日一〇〇人ずつ殺しても、一万年以上かかる計算だ……無理だろ、うん。


 それに、人間が生み出すものは、俺にとっても魅力的なのだ。


 芝居小屋の入口で売っていたハンバーガー――ソース付きハンバーグと具在をパンで挟んだ料理――を食べながら、俺は芝居に見入る。


 流石プロだ。あの役者の演技、けっこう真に迫っているじゃんか。


 演奏隊の奏でるBGMもなかなかのもので、ヒロイン役の女優も美人でイイ女だった。俺としては、もう少し胸が大きいほうが好みだが、とにもかくにも美人だった。


 芝居が終わり、役者たちに拍手を送ってから、俺は芝居小屋を出る。


「飯も食ったし、そろそろ行くか」


 初春の日差しを見上げてから、俺は一通りの多い大通りから離れる。そのまま王都の外側へと歩き続けて、王都を出て、草の匂いが香る丘の上から草原を見下ろして、


「俺が着く前に終わっている、とかはなしだぜ」


 駆けた。

 馬を越える速度で草原を突っ切り、フードは一瞬で脱げ去り黒い髪が風のなかで暴れる。


 空を飛ぶ鳥が視界の後ろへ流れる光景を気にせず、俺はある場所へと向かっていた。


 一日中走っていれば、明日の午前中には着くだろう。


 何せ俺の目的、俺が残りの人生を愉快に楽しく幸せに暮らすには、あそこへ行くしかないのだ。


 そう、俺を高く買ってもらうためには、あそこへ行くしかないのだから。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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