出発した馬車の中で
稜線地帯を通り抜け、谷間を目指す馬車軍団の最後尾を走る、カマル達の馬車。
「ここからは長いな、目的地に着いたら夜営の準備だしな」
「だとすると、飯、塹壕の用意に忙しくなる・・・」
カマルは北側の少しだけ暗くなりつつある山々を、ぼんやりと眺め夜営の準備も面倒だなと思った。
「暇ねぇーー?」
「・・・」
キャラバン馬車の前方に座る、カマル達の反対側。
そこでは、ファビアンが両手で木の板を掴み後方を警戒していた。
その上にあるクリーム色の幌では、ザリーンが胡座を組んで瞑想するような格好をしている。
それは、精神を調え研ぎ澄まされた感覚で、周囲の音や気配を観察するためだ。
「レア、何か不審物や魔物の姿は見えるかい?」
「あるわけ無いでしょ、あったのなら魔物が来たと、皆にも貴方にも知らせるわよ」
スパイダー馬車を御者として運転する、ルチアーノ。
彼は、魔物の姿は確認できるかと遠くを眺める、レアに聞いた。
すると、右手を額に当てて、夕焼けの日差しを遮りながら南方に目を向けている、レアは答えた。
綺麗な夕焼けを眺めつつ、何も見当たらないと。
「また、ガタガタと馬車に揺らされるとはな」
「ケビン、文句は言わないのっ!」
ガタガタと車輪を鳴らし、車体をギシギシ揺らして稜線を走る、クーペ馬車。
ケビンが愚痴を溢すと。
後ろの箱形車内の中で、水筒の中身の茶を優雅に飲んでいた、ドロレスは彼を注意した。
「後ろの連中は五月蝿いな、全く?」
「賑やかで良いじゃない? 楽しそうだしぃ~~」
ランドー馬車の箱形後部座席に座り、後ろから聞こえる話声を煩わしく思う、マルセル。
その隣では、チュリーナが後ろを向いて幌を閉まう。
そして、仲睦まじく雑談する、ケビンとドロレス達を羨ましそうに眺める。
「二人は元気そうですね、私は先の戦いで疲れましたわ」
「まっ! 馬車に揺られるだけでも疲れますわな?」
箱形後部座席に座る二人を見て、楽そうだなと思う、リリー。
そんな彼女に、御者役をしている、ザロモンは呑気に答えた。
カマルの行商人パーティーは、前から。
ランドー馬車。
スパイダー馬車。
クーペ馬車。
キャラバン馬車
~~の順で並んで走っていた。
「そろそろ坂に差し掛かるな」
ザロモンは前方に延びる稜線の下り坂に目を向け、いよいよ谷間に入るんだなと思う。
谷間と言っても断崖絶壁に囲まれた物ではない。
彼の目には、連なった小さな茶色い岩の山々が続く、美しい景色が目に入る。
のほほんとした雰囲気に、一団は包まれていたが。
そんな彼等も、完全に気を抜いている訳は無かった。
一部の傭兵達や用心深い魔法使い達。
彼等は、警戒心を解くことなく、辺りの地面と遠く離れた場所からの魔物の襲撃に気を配っていた。
やがて、稜線の長く緩やかに延びた坂を下った後、一団は馬車の走る速度を速めて谷間を突き進む。
警戒心を解かないのも、谷間を素早く通過するのも、ゴリラ・ゴーレムを警戒しての事だった。
稜線の細い道である場所を、無事に通過した一団。
彼等は、広い谷間を大型と中型の馬車は二列で、小型馬車は四列に成って走る。
その周りを馬に乗った傭兵達や、一人乗りの馬車に乗った魔法使い達が護衛しながら並走する。
何事もなく谷間を通過する一団を、遥か遠くの岩山の頂から観察する者が居た。
それは静かに動く事なく、谷間の山の一部として、岩に紛れてじっと動かず気配を完全に消していた。
そして、馬車が走り抜けていく様子を、それは見ていた。
馬車の一団から遠く離れていたお陰で、その存在が一団の人間にバレる事は無かった。
それは、馬車の最後尾を走るキャラバン馬車のクリーム色の幌を暫く眺めていたが。
その後ろ姿が遠く見えなくなると、群れの場所に戻って行った。




