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荒野に響く車輪の音


『ガタガタガタガタ』


 道無き道を進撃する四十台もの馬車は、小石を踏んで、凹んだ地面に落ちては車体を揺らす。


 そんな車列の中を進む、キャラバン馬車に乗っている、カマル達。

 彼等は、周囲の景色に見とれつつも何処かに敵が隠れていないかと魔物の姿を探す。



(・・・居ない・・・)


 白いフードを被った、ザリーンは北西側に見える谷間を観察しつつ、反対側の荒野にも気を配る。



(・・・何人くたばるかしら・・・)


 彼女はくるんと、素早く一回転しながら周りの仲間達を見る。

 その動きは、まるで民族舞踊を踊るような美しさであった。


 回転した、一瞬の内に彼女の視界に入ったのは、二台の馬車。


 右隣を並走するランドー馬車と、後ろを並走するスパイダー馬車とクーペ馬車であった。



「敵になりそうな魔物は居ないな?」


「確かに異常な気配は無いですね」


 二頭の馬に引かせた、ランドー馬車の運転席に座るのは、手綱を引くザロモンとリリー達であった。


 二人は、馬車の脇を急々と通り過ぎていく、猫程の大きさである獣型の魔物。

 七匹の黄色い体毛の生えた、大人しい、ネズミトカゲを尻目に呟く。


 箱型幌付の後部座席に座って、中から窓の外を眺めて居るのは、マルセルとチュリーナ達であった。



「敵の本拠地は、まだかぁ?」


「はぁ~~詰まんないわっ!」


 右の窓から、北西の谷間の入り口を眺める、マルセル。

 そして、左側から南の高い山脈を眺める、チュリーナ。



「レア、いよいよ敵の本拠地に殴り込みを仕掛けられるね」


「そんな事より、あんたは普段だらしないんだから良い所を私に見せなさいよっ!」


 彼等の後ろを走る、スパイダー馬車。

 その座席で、これから始まる戦いが待ち遠しい、ルチアーノとレア達は声を掛け合う。



「分かってるさ、だからさっき行商人から矢を補充したんだろ、て言うか君のソレは何?」


「ああこれね・・・これは見ての通りのパヴィスよ、パヴィス」


 ルチアーノは後部座席に座るレアが、持ってきたのであろう、防御用の装備。

 背凭れの後ろに据え付けた、一メートル七十センチ程の置き楯が気になった。


 楯の形状は、正面から見ると長方形で、上部は丸くなっている。

 上から覗くと、楯自体の形状が、左右正面からの攻撃に対処出来るように、カーブしていた。


 置き楯である、パヴィスの正面には額縁のように、緑色に縁取られた明るい黄色いの色が塗られている。


 その中に、銀色の鎧を着た、羽付きの鉄兜を被った、麗しい金髪の戦女神が画かれていた。


 戦女神の絵は、右腕の剣を天に掲げ、左腕には丸楯を構えた絵が書かれていた。


 背面には、斜めに立て掛ける為の棒が一本付いてある。

 他にも、腕に装備する為のベルトや背中に背負う為のベルトと、手に持つ為の取手も付いていた。



「あんた、意外と無鉄砲な所が有るから私が守って上げないとね」


「有り難うレア、君の愛のお陰で僕は・・・」


 その大きな置き楯である、パヴィスを行商人から購入した、レア。

 気の利いた彼女は、ルチアーノを守る為には大きな楯が必要だと思っていたのだ。



『ガンッ!』


「痛っ!?」


「ふざけないで」


 調子に乗った、ルチアーノだったが。

 無防備な彼の後頭部を、レアは力を込めた両手で持ち上げた、パヴィスで思いっきり叩きつけた。



「いきなり殴らないでくれよぉーー」


「まだ口を聞くの・・・次は私のシュヴァイツァーサーベルの刃の錆びにするけど?」


 頭を擦る懲りなさそうな、ルチアーノ。

 舐めていると思うような彼の態度に、レアが今度は腰のベルトに吊り下げた鞘に手を伸ばす。

 そこから反り返った、サーベルの刀身を直ぐに抜き取ろうと構える。



「はい、分かりました黙ります・・・」


「宜しい」


 にこやかに笑う、レアの不気味な笑顔を、後ろに一瞬だけ振り向いて見ていた、ルチアーノ。


 彼は恐ろしい物を見た。


 それは、彼女の全身から溢れ出る余りの殺気である。

 この気迫に、怖じけづいてしまった彼は暫しの間は黙る事にした。


 そんな彼の様子に、レアは満足したのか、口角を少し吊り下げて、ニシシと小さな笑みを溢した。

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