4話
メンテは干支会館横の畑にりんを連れて行った。
「まだ残っていると思うけど、あ、あったあった。」
そこにはりんの膝丈サイズの大きなカボチャがあった。
「君にこの杖をあげよう。あと、寒いからマントもね。」
黒いマントの懐からメンテは茶色い杖をだした。そして、来ていた黒いマントをりんに着せる。
メンテの腰丈だったマントは、りんが着ると、150センチも無いりんの体を、すっぽり包み込んだ。
「魔法の使えない僕が持っていても仕方が無いからね。」
少し、寂しそうにメンテが言った。
杖を手渡される一瞬指先が触れる。メンテの指先は冷えて赤切れていた。
「ありがとう、御返しに何をすれば良い?」
敬語を使わなくなったものの、りんのメンテへの尊敬の念は高まっていた。
「良いよ。使わなくなったから上げるだけだもん。それより、急いで家に帰らなきゃ。」
「メンテさんて、お人よし過ぎて損するんじゃない?」
りんは心から心配そうに言った。
メンテは意味ありげに含み笑いをすると、勢いよく口笛を吹いた。
すると、10っ匹の野ネズミが何処からともなく現れた。
りんが驚いていると、メンテが人差し指を立てて、説明を始めた。
「どうやって帰るかと言うとね。このカボチャを馬車にして、ねずみ達を馬にして引っ張ってもらうんだ。それに乗って帰るよ。」
「それって、まんまシンデレラのパクリじゃない?」
「うん、魔法はイメージ力が大切だから。さぁ、先ず魔法に使う、魔力に変換するものを決めないと。」
「やっぱり、代償がいるのね。…じゃあ、私の声一年分で良いかな?」
りんはねずみ神獣様とのやり取りを思い起こして言った。
「大丈夫一年分もいらないよ。…だいたい三か月ってところかな。」
メンテはあごに手を付きながら計算し、りんに伝えた。
「私の声にそんな価値があるの?」
勿論、声が何か月も出なくなるのは困るが、それが魔力の対価になると言う事が、何だかりんには不思議だった。
「あるよ。君が、声を上げて笑うだけで、きっと他の誰かも笑いだすだろう?君が調子の悪い誰かに「大丈夫?」と、声をかけるだけで、その人は少し元気になるだろう?君が誰かに「ありがとう」って伝えるだけで、その人は今日も頑張ろうと思えるだろう?声って言うのはね、君が思うより、ずっとずっと凄い力があるんだよ。」
メンテは何の他意も無い様子で説明をする。
りんはメンテのその説明を聞いているだけで、まるで一年分の誉め言葉を貰った様で、聞いてるだけで、気恥ずかしくなり、体がこそばゆくなった。
「さぁ、杖に念じて、自分の声を魔力にし、魔法でカボチャの馬車を創ると。」
「うん。」
半信半疑で杖を見つめてから、りんは杖の中心をおでこに当て念じた。
「教えて無いのに、才能があるな。」
ハムイの関心する声をよそに、りんは集中していた。
りんの心に答える様に杖の先が光り、呼応して、りんの喉が光った。
そしてりんの喉から光が消えると、りんは杖を自分の額から離し、カボチャとネズミの方へ向けた。
すると、杖の先から光が放たれ、カボチャとねずみ達をまあるい光で包んだ。
数秒経って光がゆっくり消えると、そこにはおとぎ話に出てくる様な金ぴかのカボチャの馬車があった。
メンテは急いで馬を引く席へ座った。
「さぁ、急いでお乗り。」
メンテに催促され、りんは馬車の中に入った。ハムイもすかさず着いてくる。
馬車で干支会館の横を横切ると、会館入り口の門番のハリネズミが、りんに向って手を振った。
「さようなら~、リンデレラ!帰り道、この向こうの川を越えたら、決して後ろを振り向いてはいけないよ~!」
「リンデレラって何よ!?まぁ良いわ!ありがとう気を付ける!」
りんは門番のハリネズミに大きく手を振った。
「あれ、まだ私声が出るよ?」
不思議に思ってハムイに問いかけた。
「魔力の対価を払うのは、魔法が終わった後だよ。」
ハムイはりんの向かいに座って説明した。そしてクタクタになった様子であくびをしている。
思えば、ハムイはりんが寝ている間に、あっちこっち走り回って、りんが帰れる様に交渉してくれていたのだ。
「そいつが、館内や汽車で騒いでいなかったら、僕もりんちゃんが汽車に乗っていない事に気が付かなかったよ。ゆっくり休ませてやって。」
運転席からメンテがりんに話しかけた。
りんは爆睡するハムイの体を持ち上げると、寒くない様にマントの中で包み込んだ。
「ありがとう。ハムイ。」
ハムイはりんのマントの中で「へへへ、へへへ、へへへへへへへへ」と笑っていた。どいやら幸せな夢を見ている様だ。
りんはハムイを抱えたまま、窓の外を見やった。ハリネズミの言っていた川は何処だろうと気になったのだ。
晴れた夜の空に、星と月が浮かび、山の輪郭をはっきりとさせていた。
「りんちゃん、橋を渡るよ。」
メンテがそう言うと、薄暗い道の先に、国道程幅のある大きな赤い橋が見えた。
ぼんぼりの形をした街灯が、上から煌々と美しい朱塗りの橋を照らしている。
りんはその橋の美しさに見入った。
するとその橋の左端から何かが向かって向かってくるのに気が付いた。
りんは嫌な予感に駆られて、馬車の中立ち上がり、窓から顔を出す。
「たま?」
すれ違いざま目が合う。
しかし、素知らぬ顔でたまは馬車の横を通り過ぎていった。
『ガタッ』
大きな音と共に、馬車が大き弾み揺れ、中でりんがすっ転んだ。
「いたたた。」
りんはお尻をさすりながら、また立ち上がり、窓の外に顔を出そうとした。
「駄目だよ。りん!ハリネズミに言われたでしょう?」
止めたのはハムイだった。
「でも、たまが…。」
「見間違いかもしれないじゃない?」
ハムイは優しく諭した。
そうこうしてるうちにカボチャの馬車は林の中に入る。
「この林を抜ければ、後数分で君の家の近くに着くよ。」
メンテが運転席から声をかけた。りんは仕方投げに、座り俯いた。
そんなりんの肩に上り、ハムイが優しくその頬をさする。
林を抜けると、馬車は道路に出た。
車の無い夜道を馬のひづめの音が響く。
「さぁ到着した。」
馬車が止まった。馬達がほっと一息ついてる声がした。
メンテが席を降り、馬車の扉を開ける。
「お手をどうぞツンデレラ。」
「誰が、ツンデレラよ。」
りんは文句を言いながらも、差し出された手に手を重ねた。
メンテの手は冷え切って触った瞬間ヒヤッとしたが、りんはその手を強く握り返した。
「何か僕の顔ついてる?」
きっと、運転中もずっと馬車の外に出ていて寒かったに違いない。マントだってりんに渡してしまったのだから。
「ふふふふ。」
りんはメンテを見つめたまま微笑んだ。
やはりたまだった。
「どうしていなくなったのよ。たま」
りんは布団に突っ伏したまま呟いた。
本当に大きな代償は、たまがいなくなった事だった。
「言わなかったのは、自分がいなくなる何て言ったら、きっと君が『CHUCHUTRAIN』に乗るどころじゃなくなるからさ。」
ハムイは、前足でペチペチりんの頬を叩いた。
全く痛くなかったのに、涙が滝の様に流れ出て、声を出して泣いた。
「私、きっと立派な魔法使いになる。そして何時か、猫又になったたまを迎えに行くの。」
「…。そっかぁやけちゃうなぁ。でもそれまで私がそばにいてやんよ。」
ハムイは泣きじゃくるりんの頭頂に登り、腹ばいになって、りんの頭を全身を駆使しなでなでした。
りんの兄の試合の日は無事に晴天になった。