3話
何を言っても許される可愛さと愛らしさ。
天然なのか、そうと装ってるのか分からないが、確かにうさぎ神獣様の発言は、その場の空気をいい意味でぶち壊してくれた。
「だいたいさぁ、自分だって一番になる為に、牛さんをだまして、干支のトップになったんでしょ?」
うさぎ神獣様は可愛く足を駄々っ子の様にバタバタさせた。
さる神獣様が「そうだ、そうだ」と言いながら飛ぶ跳ねて笑っている。
ねずみ神獣様は苦い顔をしてから、左隣に座っているうし神獣様の顔を覗き見た。
うし神獣様は穏やかな顔で微笑み、ねずみ神獣様の顔を見返していた。
恐ろしさと悔しさで、立ち上がれないでいたりんも、そのやり取りに体勢を直し、正座で俯いた。
「…りん。良いか、願いには代償がつきものだ、嵐を四国から引き離すのと引き換えに、お前は今後一生身長が伸びなくなるが、それでも良いか?」
「えっ!?」
りんは驚いた。一瞬顔を伏せ、考え込む。
「何、無理にとは言わん。もし、願いを変えるのなら、代償はもう少し軽く済むぞ。お主の兄に在学中に名誉を与えたいなら、1年お前の声を奪う事で賄える。もし一攫千金が欲しい場合も、12年間毎日どこぞの神社にお参りする事で賄われる。どうだ、りん。願いを変えるか?」
りんは考え込んだ。ねずみ神獣様の申し出が良いものだと分かっていたからだ。
例え、四国合同の試合を無事に出来たとして、兄のチームが勝つなんて保証は無い。
それよりは、兄個人が得られる名誉を得た方が、のちのちも褒め称えられるに違いない。
それか一獲千金を頼んだ方が、今後色んなものを買える可能性が得られるかも知れない。
間々あってりんは頭を上げ、ねずみ神獣様を見つめた。
「…すいません。やっぱり私の願いは四国から嵐を引き離し、兄の試合を晴天にしてもらう事です。」
今まで一番はっきりした口調で冷静に、願いの詳細をりんは伝えた。
まだ涙の乾かない目が赤い。
「りん、嵐の方向を変えるというのはな、天の神の意志に横やりを入れる事もほぼ同じなんだ。だから、一時的な名誉や、一獲千金を与える方が代償が安い。それでも願いを変えないか?」
ねずみ神獣様は仁王立ちになって、椅子の上からりんを見下ろしていた。
「でも、お兄ちゃんが望んでるのは勝つ負けるに関係なくて、誉められたいとかじゃなくて、結果がどうあれ試合がしたいって事だと思うから。」
そう言いながらりんはまた泣き始めた。
「ふん、良かろう。お前の願い叶えてやる。」
ねずみ神獣様はそう言うと、口笛を吹いた。
すると何処からかピンク色の雲が現れ、ねずみ神獣様を乗せ、縁側から外に出て行ってしまった。
その姿が見えなくなってから、他の干支の神獣様達がお酒を片手に縁側に座る。
すると数分後雨が止んだ。
りんも縁側に近づき外を見る。と、細く美しい月と星々が空に浮かんでいるのが見えた。
虫の無く声や、ススキや草木の風に揺れる音が心地いい。
「ネズミさんを嫌いにならないでやってね。トップバッターと言うのは、何かと気苦労が多いものなんだ。」
りんがぼんやり空を見上げ立っていると、ほろ酔い顔のうし神獣様がりんに優しく語りかけた。
「…はい。」
まだねずみ神獣様に怒鳴られた事に釈然としていないりんだったが、うし神獣様の穏やかな顔を見ると、素直にならずにはいられないのだった。
「まぁ、まぁ、いっぱいお飲み。」
うし神獣様のはりんに一本の美しい青い瓶を差し出した。
りんは素直にそれを受け取る。
既に開けられた瓶の口からは甘く、柔らかい芳香がする。
(こういう、大人の女性っぽいい香りを何て言うんだっけ?)
「お、おい!うし殿!それは!」
犬神獣様の制止は遅かった。
りんが口にしたのは、薔薇のお酒だった。
一口飲んだとたん。お酒は薔薇の芳香をりんの体内に広げ、深い眠りに落とした。
思考を手放す前にりんは思い出した。
(そうだ、こう言う匂い"甘美"って言うんだっけ…。)
りんが目覚めたのは真っ暗な茶室だった。
敷かれた布団に横たわっていた。
襖を開け、外をきょろきょろ見渡す。
先程の宴会場は何処だったか、広すぎて分からない。
りんは取り合えず、会館の中央に向かった。
穴の開いた大きな屋根の下には、草木が植えてる。
草木はまるで星々と会話するように空に向かって青々と茂っていた。
「りん、ちゃん。起きたんだね。もうきしゃは言っちゃったよ。」
「メンテさん。え、汽車が行っちゃったの!?どうしよう私帰れない。」
りんはまた泣きだしそうになったが、ぐっと堪えた。
そんなりんの頭を優しくメンテが撫でる。
「大丈夫、僕が家に帰る方法を教えてあげるから。」
そう言ったものの、メンテはしゃがみこんで申し訳なさそうにりんの顔を覗き込んだ。
「ただ、その代償はりんちゃんが払わないといけないけど、大丈夫かい?」
「代償って何?」
りんは不安げにメンテに訊ねた。
「魔法使いになるか、魔女になるか選んで、自分で魔法を使って家に帰るんだ。どっちが良い?」
りんは驚いた。しかし、思考を手放している暇は無い。悩んでる暇もない。
帰りの汽車が行ってしまったと言う事は、既に深夜0時を回ってると言う事。
きっと今頃家族は自分を心配している。
「魔法使いになるのと、魔女になるのはどう違うの?」
「魔法使いは自分で勉強をして魔法を学び、修行して魔力を高めて魔法を使うんだ。魔女は魔物と結婚して、その魔物の魔力を使い魔法を使い。手っ取り早いのは魔女の方だね。」
一難去ってまた一難とはこういう事なんだろうなと思いながら、りんは大きくため息をついた。
「でも、何でメンテさんはそんな事色々知ってるのよ。」
色々な事が立て続けに起こりすぎて、取り繕う余裕も無く、りんはメンテを睨みつけた。
「いやぁ。僕も昔は魔法使いだったんだけどねぇ。魔力を明け渡す代わりに、神獣様に願いを叶えて貰ったんだ。」
「ふ~ん。」
りんは半信半疑だが、今頼れるのはこの人しかいないと諦めた。
「あ、りん見つけた!」
「ハムイ!」
ハムイは全速力で走り、りんに飛びついた。
「ごめんね!ごめんね!神獣様達は飲んだくれて眠っちゃって!取り合えず、君が茶室で寝入っている間、色んな奴に交渉したんだけど、『CHUCHUTRAIN』は自分の意志で乗る事が条件だから、寝ている君を運んで乗せる事が出来なかったんだ!」
ハムイは豆粒ほどの小さな目から大量の涙を流していた。
「良いのよ。自分で選んでここに来たんだから。」
ハムイの様子を見ながら、りんは目を細めて微笑んだ。
「数時間離れた間に行き成り大人の女の人見たいになっちゃったね。」
メンテはおどけながらりんの頭を撫でた。りんの頬が少し赤くなる。
「私、魔女にはならないわ。魔法使いになる。だって、結婚相手は好きになった人が良いもの。」
「そっか、きっとりんちゃんは素敵な人と結婚するだろうな。」
他人事の様に褒めるメンテの足をりんは思い切り踏みつけた。