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対立する部族とアルニア人

 部族のテント群につくと、何やらざわざわと騒がしい。すでに何かが起こってしまった後かと思い、アルニア人の居住区と部族のテントの境界を見張っていた兵士に尋ねる。


「何があったのだ?」


 兵はゼドを見ると恐縮したような態度になり、丁寧に説明してくる。


「しょ、将軍……! いらしていたとは。いえいえ、大したことではないのです。実は先ほどささいな小火騒ぎがありまして、しかしすぐに消火しました」


 兵の指差す方をみると、城壁の一部が焼けたように黒ずんでいたが、確かに破壊には至らなかったようだ。


 しかし、ゼドの胸はざわつく。


 この近くに火の元となるようなものはなく、自然発火は考えにくい。ならば、何者かが火をつけたのではないか。再び尋ねる。


「放火ではないのか」

「今調べているところでございます」


 と、兵の一人が部族たちに向かってわめいている声が聞こえた。

 

「誰が叫んだと尋ねているだけだ! なぜ誰も名乗り出んのだ!」


 わめかれた部族たちは大人も子供も皆起きてきており、眠そうな目をこすりながら不可解といった表情で顔を見合わせている。


「火事に真っ先に気づいた者がいるはずだ! それが誰かと聞いておる!」


 しかし、部族たちは黙っている。ひとりの老いた男が答えた。


「そうは言うが、兵隊さん。わしはぐっすり眠ってたもんで、そんな小さな火など気づきはしませんでなあ。他の皆もそうだろう。何せ長旅で、昼間は商売で夜くれえしか休めないもんでさあ。兵隊さんたちの誰かが気づいて叫んだんでねえのかい?」

「馬鹿な、我々ではない! 若い娘のような声が火事を知らせるのをはっきりと聞いたんだ! 隠すと身のためにならんぞ!」

「若い娘だと?」


 聞いていたゼドは思わず声に出す。驚いて振り返った兵は、ゼドを見ると慌てて頭を下げた。


 部族たちもゼドを知っているのか、小声で何やらひそひそと話し始めた。彼らの顔にはいよいよただことではないのではないかという不安が浮かんでいる。


 かしこまって挨拶しようとするその兵を止め聞き出す。


「若い娘が火事を知らせたのか」

「は、はい。確かに姿こそ確認できませんでしたが、若い女の声で『火事だ』と知らせる声がしたのです。しかし、ここにいる者たちに尋ねても、誰もそのようなことを言っていないと答えるのです……。城壁付近には火の手がなくあるいは放火ではないかと疑っておりましてな。その声の主がなにかしら知っていると思い聞いたのですが」


 誰も名乗り出ないという。ゼドの胸に不穏な予感がよぎる。


 ――それは、もしやユールルではないのか。ならば、騒ぎを起こした目的は何だ。


 ゼドは部族たちを見渡す。肌の黒い者、白い者、背の高さも、瞳の色もそれぞれ違っている。その目たちは一斉にゼドを見つめている。


「バルバロの一族はどこか! タタ族のユールルとともにいた一族だ!」 


 ゼドは部族たちに向かって叫ぶ。声はよく通り、一瞬静まりかえる。

 と、部族の中に、昼間訪れたテントにいたバルバロ族の少女が立っているのが見えた。ユールルと共にいた者だ。青白い顔をしている。


 隣には、バルバロの一族の長と見える男がいた。ゼドはその男を見る。


 背は低く、髪には白いものが混じっている。一族の長なのだろう、落ち着いているが、その表情は厳しかった。


「そこの娘! 昼間テントにいた者だな」


 ゼドは少女に向かって言う。少女は顔をこわばらせ、泣きそうな顔でゼドを見た。


「一緒にタタ族の娘がいただろう! その娘は今どこにいる?」


 少女の隣にいた男が代わりに答える。


「ゼド将軍さん。私はバルバロ族のシッポシと申します。この一族の長でございます。確かに昼間、私どものテントにあなたは訪れたそうだが、ここにいるグンとともにいたのは私の末の娘で、タタ族のユールルという名の者ではありませぬよ」


(馬鹿な! あれは確かにユールルだった)


 ゼドは嘘であると確信し、シッポシに近づいていく。

 人々が割れ、彼に向かってまっすぐ道ができた。

 二人は向き合うようにして立つ。シッポシはゼドを見上げるが、少しもおびえた様子はなく、落ち着き払って堂々としていた。


 ゼドはシッポシに尋ねる。


「バルバロ族のシッポシよ。ならばその娘は今どこにいるというのだ?」

「それが、将軍さん。俺にも分らんのですよ。あれは、好奇心旺盛な娘でしてな。帝都が珍しいのか、散歩に出てまだ戻らんのです。商売を覚えさせようと、初めて連れてきたものでございまして」


 シッポシが嘘をついているのは明白だった。もしかすると、すでにユールルと共謀し、何かを企んでいるのかもしれなった。


「隠すとためにならんぞ。シャバラという男もいたはずだ」


 そう言って、剣を引き抜く。


「父さん!」


 隣にいるグンという少女が青い顔をして叫ぶ。他のバルバロの一族にも一瞬にして緊張が走り、ゼドに悪意が向けられる。


「貴様なにを! そこまでするのであれば、何か証拠があるのだろうな!」


 ゼドにくってかかろうとするバルバロ族の青年を「よせ」とシッポシが静止する。


「我々はアルニア人ではないが、帝国民だ。そうである以上、話も聞かずに斬り捨てることはない」


 そしてゼドに言った。


「ゼド将軍さん。ユールルという少女も、シャバラという男も、我々は全く知らん。あなたが何を恐れているのかも知らん。だがそれは、あなた方がしてきたことへのしっぺ返しではないのかね。恐れることを、今までしてきたのだろう」


 シッポシに瞳はじっとゼドを見つめる。

 その灰色の瞳が、タタ族を殺されたユールルの瞳と重なった。


 まるでゼドの中にある恐れと迷いを、全て知っていて見透かされているような居心地の悪さを感じる。しかし、目を離すまいと見つめ返した。


「テントの中を改めさせて貰うぞ」


 そう言ってから、部下たちにユールルを探させる。


 バルバロ族の売る布は引き裂かれ、輝虫(シャス)の箱はひっくり返される。地面に転がった芋虫たちが、無残にもうごめいていた。


 しかし、テントの中をいくら探しても、ユールルは見つけられなかった。

 ゼドは兵たちに、他の部族のテントも探すように命じた後、シッポシに言った。


「どうやら私は、貴様を牢へ連れて行かねばならないようだ。貴様が本当のことを話さない限りはな」

「本当のことを言っておりますよ。しかし、言われたとおりに従います」


 シッポシはおとなしくそう言うと、一族を振り返り微笑んだ。


「誤解はすぐ解けるだろう、心配するな。明日には帰ってくるよ」


 そんな彼の様子を見て、ゼドは思った。もし、ユールルが小火騒ぎを起こしたのだとすれば、兵の注意を引くことが目的だったはずだ。


(……ならば、少女はその隙に、王宮に向かったのではないか?)


 少女の燃える瞳を思い出す。あの少女は、復讐を行うつもりなのではないか。だとすると、その対象は、自分とアブルスに違いない。


(王宮に、急がねば)


 ゼドは来た道を引き返した。

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