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こと切れた男

 王宮の敷地内には、太陽宮殿や祈りの神殿の他にもいくつもの建物が並んでいた。


 ほとんどは太陽宮殿よりも小さいが、白い石で作られており、見劣りはしない。それぞれにおそらく貴族たちが住んでいるのだろう。ユールルが思っているよりも、ここははるかに広大な敷地のようだった。


 短剣を握りしめたまま、先ほどガルステンに言われたとおり、祈りの神殿を出てそっとアブルスがいると言われた宮に向かう。


 東に一つ、二つ、数えた先のその建物は、思ったよりも小さく、しかし太陽宮殿から渡り廊下でつながっていることから、要人がいるということは明白だった。

 やはり白い大理石で作られているその宮は、不用心にも窓が開かれており、ユールルはそこからそっと忍び込んだ。


(まるで誰も、この王宮には入ってこないと思っているみたいだ。その余裕も、今日までだアブルス!)


 まだ会ったことすらないアブルスの慢心を感じ、ユールルは心の中で悪態をついた。


 アブルスの宮の内部も高価そうな調度品が立ち並んでいる。

 壁には絵画が飾られ、床の絨毯にも金糸が使われていた。白い宮は風がよく通るようにという配慮だろうか、窓が多くある。


 月の光がまぶしいほどに建物内に入り込み、辺りを白く浮かび上がらせていた。

 ユールルは物音を立てないように静かにゆっくりとその中を進んでいく。


 しかし、同時に、胸騒ぎを覚えた。


(おかしい。妙に静かだ)


 アブルスは、帝国にとって重要人物であり、その警備も厳重なものだと覚悟していた。

 しかし、この宮は、見張りの兵すらおらず、護衛の気配もない。


(ガルステンにはめられたのかもしれない)


 そう思いつつも、人の気配が全くしないその廊下を進んで行く。

 その先に、おそらく寝室だと思われる部屋があった。


 部屋の扉は重厚そうであったが、今は少しだけ開かれている。その様子はまるで、ユールルを誘い込むようだった。


 ユールルはそれに逆らわず、そっとその扉から部屋の中に入っていく。


 扉の先の広い部屋はやはり寝室のようで、天蓋のついた白いベッドが置かれている。窓から月明かりが差し込み、布の上に人物の横たわる人影を照らしている。


 その人物の顔まではよく見えないが、侵入者に気づく気配もなく静かに眠っているようだ。

 短剣を構えながら、ゆっくりと近づいていく。


 ベッドからはみ出る太い手が見える。間違いなく男のものだ。寝間着を着て、うつ伏せになっている。


(これが、アブルス。この人が、タタ族を襲わせた張本人なんだ)


 ようやく、目的を果たせるときが来た。復讐の相手を目の前にして、不思議と今は憎悪よりも、安堵の方が勝っていた。

 ユールルはごくりと唾を飲み込んだ後、一気に短剣を構え、男の前に躍り出た。


 ――ひと思いに、殺してやるつもりだった。


 しかし、見えた光景に思わず息が止まりそうになる。疑問が口から零れ落ちる。


「なぜ……! どうして、ここでもう、人が死んでいるんだ!」


 ユールルの体に鳥肌が立つ。体が冷たく感じる。――戦慄した。


 その男は、うつ伏せの体勢で、しかし、目を見開き眠っているわけではなかった。その男は、首を切られ、ベッドを真っ赤に染めながら、すでにこと切れていた。



 * * *



 その少し前、ゼドは数人の部下を引き連れ、バルバロ族のテントに向かっていた。


 慌ただしいその兵たちに夜は静けさを破られる。起きてきた住民たちが何人か、部屋の窓から外を覗き、ただならぬ雰囲気に息をのんだ。


(よもや、帝都まで辿り着いていたとは!)


 ゼドは思う。


 あの日、タタ族の森を襲撃した日。ゼドは確かに迷っていた。善良な人間を殺すことが、本当に正しいのか、と。

 いや、人の道理を考えるならば、それは明らかに間違っていた。しかし、ゼドにとって道理よりも命令の方が従うべきものであった。心とは別なのだ。


 少女がここへ来たということは、シャバラに命じた誰かに会いに来たのだろうか。

 しかし、昼間、部族のテント付近にはシャバラの姿はなかった。

 護衛すべき少女を一人残して、傭兵はどこかへ身を隠したのか。


 それも、考えにくかった。ならば、何かしらの問題があの男に起き、行動を別にしたのだろうか。


 ゼドはシャバラの姿を思い浮かべる。


 異国の男はその秀でた戦闘能力によって瞬く間に戦争で手柄を立てた。ゼドがその力を見出し、帝国の兵になるように頼み込んだのだ。

 そしてシャバラはあっという間に王宮に出入りするまでに成り上がった。彼にアルニア帝国への忠義はなく、褒めても嬉しそうな顔もしない。シャバラが動くのは金のためであり、しかしだからこそ王族たちにとっては信頼に値する男だったのだ。金のためならなんでもすると。


 シャバラはそんな王族たちをいつも冷めた目で見ていた。

 異国の男からすると、この国はどんな風に見えたのだろう。


 ゼドはシャバラとほとんど話をすることはなかったが、一度話してみれば良かったと、今になってふと思った。最もシャバラが帝国を裏切った時点で、それは叶わぬ夢となったが。


 王宮から真っすぐに部族のテントへ向かうゼドたちを、隠れてやりすごすタタ族の少女がいたことに、彼は遂に気がつかないままだった。

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