狡猾な嘘を知る
「ユールル?」
急に声をかけられたので、驚いて振り返ると、グンの姿があった。
心配そうに見つめている。
「眠れないのか?」
とグンが尋ねるので、頷いた。
「グンも眠れないの?」
聞くと、彼女は首を横に振る。
「あたしはユールルに話があって、ずっと起きてたんだ。どうしても伝えなきゃいけないことがあって……」
グンはそう言って、言いにくそうに口をもごもごと動かした後、ユールルをまっすぐ見つめた。
決意を秘めた表情で、一気に言う。
「あのザグと名乗っている男は、アルニアの傭兵、シャバラじゃないのか」
ユールルは目を大きく開いて、答えに詰まった。
シャバラはここでは偽名を使っていたから、グンが彼の名を知る機会はなかったはずだ。
にも関わらずその名を口にしたということは、元々知っていたのか。
彼がシャバラだと分かれば、アルニア兵たちが自分たちを追っていると、いずれ分かってしまうだろう。
そうすれば、もうここにはいられない。
バルバロの暮らしを好きになったユールルは辛い気持ちになり、グンを見つめたまま、黙ってしまう。その沈黙をどう捉えたのか、グンは続ける。
「帝都で、遠くからだけど、あの男をみたことがある。あの異国の入れ墨も間違いない。あいつは悪名高い男で、信用できないよ。金でしか動かないし、逆に、金のためならなんでもする。部族も殺すし、アルニア人だって殺す。どうして一緒にいるんだ?」
シャバラは傭兵であり、腕を買われアルニア帝国に雇われたという話は本人から聞いて知っていたし、金でユールルを助けた、ということも教えてもらっている。
だけど、それだけの理由ではないのではないと、今は思う。
彼の時たまみせる屈託のない笑顔を思った。
ユールルはグンに言う。
「シャバラは、あの人は、姉様の友人だった。神殿でよく話したって言ってたし、私のことも、一族や故郷のことも、良く知っている。嘘じゃないよ、姉様じゃないと知らないことだって言っていたし。帝都で待つ協力者のことろに私を連れて行ってくれるんだ。ずっと守ってくれたし信頼できる人だよ」
しかし、それを聞いてもなおグンは、厳しい表情のままだった。
「それはおかしいよ。祈りの神殿は、王族以外の男子は入っちゃいけないんだ。例え護衛であってもね。だから、神殿は女兵士が護っていたはずだ。シャバラなんて一介の兵士は足を踏み入れることすら許されていない。
……ねえ、ユールル、シャバラは狡猾な男なんだよ。金のためならなんだってやるんだ。部族の一人が王都であいつに殺されたのを見たとがある。シャバラに人間性を期待しちゃだめだ。嘘をついて、ユールルを信用させたんじゃないのか」
グンの言葉にユールルの顔から血の気が引いた。
(そんな……! シャバラは嘘をついているの?)
アルニア兵にも、バルバロ族にも平然と嘘をついたシャバラを思い出す。
そうだ、あの時シャバラはいつも通り冷静で、動揺のかけらは微塵もなかったではないか。
そういうことが平気でできる男なんだ。
シャバラがユールルを信用させる目的があるとするならば、思い当たることは一つしかない。
(私は、姉様の夢の話をしてしまった! シャバラは、私が姉様から何かを引き継いだと知ってしまっている!)
ユールルを信用させて、フィムの夢を聞き出すつもりだったとしたら。――シャバラがユールルを騙していたと考えると、ひどく合点がいった。
(シャバラに騙されたんだ! ああ、なんてことだろう。まんまと信用してしまった!)
ユールルは、動揺してグンの胸を何度も叩く。
「どうしようグン! 伝えるべきではないことをあの男に話してしまった!」
「大丈夫だよ、ユールル」
グンはそう言って、落ち着かせるようにユールルの手を優しく握った。
彼女の灰色の瞳には強い光が宿っている。
「ユールルのことは、皆、かわいく思っているし、絶対に力になるから」
そう言われて、ユールルは下唇を噛む。
自分の浅はかさを悔やんだ。この親切なバルバロの家族を巻き込むことになってしまった。
泣いたユールルを慰めたシャバラ。
剣を教えてくれたシャバラ。
うさぎを獲ったとき「たくましいな」と笑ったシャバラ。
故郷の話を遠くを見つめて話したシャバラ。
――それは、すべて、嘘だったのだ。
「シャバラと話す」
ユールルは、決意を固めてそう言った。