砂の病の出現
サルヌアの目の前には、アルニア帝国の中枢と言われている人物たちが頭を抱えて唸っていた。
太陽宮殿のさほど広くはないその部屋に、十名ほどが集まっていた。皆一様に整えられた立派な口ひげを生やしていることから高い身分の者であると一目で分かるが、その表情は誰しもが暗かった。
大理石で作られた床には、美しい布を作ることを得意とする部族から寄贈された絨毯が敷かれている。
その上に、男たちは座っている。誰が一番に声を発するか。それを待って重苦しい沈黙が漂っているように思われた。
「また、部族の間で『砂の病』が出たそうですな」
沈黙を破り、口を開いたのは、皇帝の弟であるアブルスだった。
今年で三十四になるその男は、アルニア人の貴族によく見られるように、ゆったりとした衣装を身に纏い、豊かな口ひげを生やしている。赤と金の生地を使った服を着ているのは、彼の趣味だろう。派手好きの弟らしいと、サルヌアは思った。
「やはり、一月ほどで死に至ったと言います」
アブルスは続ける。
「兄上。これで、五例目ですぞ」
彼の青い瞳がサルヌアを見る。その目は兄を非難しているように思えた。
サルヌアは部屋にいる別の男に尋ねる。
「対抗策は、まだ見つからぬのか」
「無いですな」
男のうち、皇室付けの祈祷師ガルステンがきっぱりとそう答える。
ガルステンは、室内であっても黒いローブを頭からかぶっているため、その表情は読みにくい。
アルニア帝国においては、祈祷師は伝統的に政治家と肩を並べるほどの重職であり、その祈りによって雨を呼び、また、占いによって政を行うこともあった。
加えて、この博識な祈祷師は、学者としても優秀な男であり、本来の職務のみならず教師も務めていた。サルヌアも、その息子たちもガルステンに師事してきている。名門貴族の出でありながら、変わり者であり、王族にも物おじしないその性格をサルヌアは好ましく思っていた。ガルステンはそれなりに年をとっているはずだが、彼の正確な年齢は知らなかった。
そんなガルステンは、静かに告げる。
「今回も同じ症状ですな。手足の先から徐々に体が黒ずみ、全身がそのしみで覆われれば最後には砂のように体が崩れ、死に至っております」
「今のとことは、部族の間でのみ発症しているようですが」
神経しそうな学者の男が言った。せわしなく目をぎょろつかせている様はまるで昆虫のだな、とサルヌアは思った。
「部族の間の風土病かと思われます。そもそもアルニア人には移らないのではないでしょうか。報告もありませんし。放っておけば、いずれは終息するでしょう」
「これは、はやり病などではない」
学者に反論したのもまた、ガルステンだった。ぎょろっとした目の男は、その眼光が鋭いまま、祈祷師を睨みつける。
「では、なんであると申されるか。祈祷師殿?」
祈祷師には分からないだろうとでも思ってそうな口調であった。ガルステンは、その学者を見ずにサルヌアの方に目を向けて告げる。
「恐れながら、皇帝陛下。これは、呪いでございます。アルニア帝国は資源を求め大きくなりすぎました。そのひずみが今、表出しておるのです」
「ひずみと言うのは、なんであるか」
サルヌアは、その瞳を見つめ返して問う。ガルステンは真面目な顔をして答えた。
「押さえつけられた、部族たちの怨念が、『砂の病』という形になったのです」
その祈祷師の言葉に学者は笑ったようである。嘲りを隠さずに言った。
「では、なぜその部族が真っ先に病に罹っているのですか? 馬鹿げた妄想ですな」
「今に、アルニア全土に広がるだろうて」
祈祷師も言い返す。そして、彼らの間でしばし口論が始まった。
(いずれにせよ。病への対抗策を見つけなければ)
サルヌアは思う。
部族もすでに、アルニア帝国の国民である。今や、アルニア帝国は多民族国家となったのだ。実直で真面目な部族はいずれ、国の財産となるだろう。しかし、虐げられたと感じれば、協力関係を続けるのは難しい。砂の病が部族の間のみで流行するものだとしても、その対抗策を早急に見つけなければならない。
「砂の病」と呼ばれるそれが、初めて起きたのは半年ほど前だった。
岩場で暮らす小さな民族の中年の女が初めて発症した。彼女の手足は黒ずみ、自由が効かなくなった。やがてその黒ずみは全身に広がり、それにより寝たきりになった。遂に全身が真っ黒になると、最後には、まるで砂のように体が崩れ去る。
続けざまに砂の病は起こり、今回の報告を受け、すでに五例目となっていた。
いつまで起こるのか、原因も、対抗するすべも今は誰にも分らなかった。帝国の中枢の知恵をこうして集めても、行われるのは口論ばかりで、具体的な策はない。
サルヌアはその場にいる者たちに告げる。
「引き続き、『砂の病』の情報を集めよ。何か判明したならば、すぐに余に知らせよ」
男たちの返事を聞きながら、議題はここで終了となった。