バルバロ族との暮らし
ユールルがグンに続いて長とシャバラのいるテントに入ると、もう宴会が始まっていた。
シャバラも酒を勧められ飲んでいる。話というのは、真面目なものではなかったようだ。
もう相当飲んだのだろうか、シャバラはほんのりと赤い顔をしていた。
「ザグさん! あんたのような、腕っ節の強い男が一緒にいてくれるのは心強い! 最近物騒で、アルニアの兵士たちがそこかしこにいるし、難癖つけられちゃ敵わねえ。丁度良かったよ」
長のシッポシは赤い顔で大口を開け、シャバラの背中を叩いて言った。
ザグというのはシャバラが名乗った偽名だった。シャバラという名は思いのほか有名であるので、身分を隠すために偽ったのだ。
アルニア兵がいるのは、まさしく今目の前にいるユールルとシャバラのせいなのであるが、このバルバロの家族たちがそれを知るはずもない。
シッポシはひどく上機嫌のようで、テントの入り口に立つユールルに気がつくと、笑いながら手招きをした。
「お嬢ちゃんも飲むかい? 今日は新たな仲間の歓迎会だから特別によい酒を出しとるんだ」
「父さん、あんまり女の子に絡まないでよ。ユールル、気にしなくていいからね」
グンが気遣ってそう言う。
「おや、この子はバルバロ族かい?」
テントの中にいたシッポシの妹のカヤがユールルの見た目に疑問を抱いたのか尋ねた。カヤは少し太っていて、中年の女らしいおおらかさを持っていた。
ユールルが答えようとするのをシャバラが遮る。
「いや、この子は別の部族出身だ。確かに、バルバロ族に似てはいるが……」
そう言って、ちらりとユールルを見る。
その目が少しも酔っていないことにユールルは気がついた。
シャバラはこの場に合わせて酔ったふりをしているだけだ。
「バルバロ族の先祖ってのは、遙か昔、東西南北にたくさんいたそうだ。もしかするとお嬢ちゃんの部族も我々と先祖は一緒かもしれねえなあ」
シッポシがユールルを見つめて柔らかな笑みを浮かべ、そう言う。
「例えば、森に住んだ人たちもいたの?」
思わずユールルは尋ねると、彼は何度も頷きながら答えた。
「ああ、いたとも。砂漠に出たのがバルバロ族で、森に住んだのはなんと言ったかなあ。小さな部族だと聞いたが、忘れてしまったなあ。もう先祖たちが分かれたのも遥か昔のことだから」
それを聞いたユールルは目を丸くする。
(ああ、この人たちはタタ族の親戚なんだ!)
思いがけず、タタ族のかけらをこんな砂漠の真ん中で見ることになるとは。
そのことを嬉しく感じた。
祝い事がある度に、父も一族を集めて大きな宴会を催した。
明るい声が響く宴会が、ユールルは好きだった。
ぐっと目頭が熱くなるのを必死にこらえる。泣いては、おかしな娘だと思われかねない。――そうしたら怪しまれて追い出されるかもしれない。
そう思ったユールルは、シャバラの手から酒の入った器をひったくると、彼が止めるのも聞かずに一気に飲み干し、すぐに目が回ると、その場に倒れ込んだのだった。
*
シッポシたちは跳馬を三頭飼っており、移動する際は、それに荷台を運ばせる。
輝虫たちは、木箱を積み上げられ、それを丁寧に布で包まれる。
木箱はひもで荷台に括り付けられ、最も慎重に運ばれていた。その代わりに、人間たちは歩くのだ。
「輝虫はあたしたちの家畜であると同時に、神様みたいなもんだからさ」
次の野営地に移動する間の道すがら、ユールルの隣を歩くグンがそう教えてくれた。
彼らは、日が暮れる頃になるとテントを張り、夜まで男も女も布作りの仕事に励み、日の出とともに帝都を目指しているという。
バルバロの一族は、もっと大きな一団として村を持ち暮らしているが、定期的に家族ごとで帝都に布を売りに行くのだった。
帝都までは、急げばおそらく二日ほどで着くと思われたが、大荷物を抱え、また集団で行動するので、その歩みは遅かった。
すでにバルバロ族とともに過ごして二日経っている。
この調子で進めば、帝都まで、また二日ほどかかると思われたが、彼らも特に急ぐ旅ではないらしく、のんびりと進んで行った。
シッポシたちは陽気な家族であった。
常に冗談を言い合い、新参者のユールルたちにも積極的に話しかけた。特にグンは、一番年が近いからかユールルが困らないように積極的に世話を焼いた。
時にグンは、輝虫の世話の仕方を教えてくれる。
ユールルは、その白い幼虫も、また親切なグンのこともすぐ好きになった。タタ族によく似た彼らに、自分の家族を重ねていたのもある。
「あたしに妹はいないけど、ユールルといると妹ができたみたいだよ」
そう言って、グンは目尻を下げて笑った。
ユールルはその集団の中で一番年下で、皆にかわいがってもらった。一族にしてみても、仕事を一生懸命手伝う小さな少女の加入は喜ばしいことだったようだ。
その中にあってもシャバラは相変わらず無愛想であった。
しかし、彼なりにただで飯を食うわけにはいかない、とでも思うところがあったのか、進んで重い荷を運んだり、動物を捕らえては調理したりしていたので、ユールルとは別の意味でたいそうありがたがられていた。




