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脱出、そして気づかれる

 シャバラがセロが運んだ料理をちゃっかりといただので、ユールルも食べそびれる前に食べる。

 こりこりとした歯ごたえのある跳馬(ビュマ)の肉の味が口いっぱいに広がり、腹の底から元気が出てきた。

 カロ芋を食べると故郷を思い出して、胸が締め付けられるようだった。

 滲みそうになる涙と共に、無理やり飲み込む。


 剣を持ち、立ち上がったシャバラは、しかし、ふらつき洞窟の壁に手をついた。


「大丈夫?」

「ああ、くそ。まだ本調子じゃない」


 顔色は、まだ悪く、交戦にでもなったら耐えられないように見える。


「よかったら、血止め薬を持って行ってくれ」


 セロがそう言うので、ありがたく瓶を受け取った。


「僕が先に出て、外の連中の気を引くから、君たちはここから出て左の三つめの洞窟に入れ」


 そこが、外に続いているという。


「ありがとう、セロ」


 彼が洞窟から先に出るときにユールルがそう礼を言うと、彼は肩越しに振り返るとまた少しだけ微笑んだ。

 



 セロは洞窟を出ると、跳馬(ビュマ)のテントに気づかれないように火を放った。

 轟々と燃えるテントに驚き慌てた跳馬(ビュマ)たちは、一斉に暴れ始める。


 外にいたガラシャ族は、皆口々に叫びながらそこへ向かい消火を始める。


 それを見ながら、シャバラとユールルは洞窟を出た。

 セロに言われた通り、左に進みその洞窟に入った。先ほどの洞窟よりもやや小さく、人が一人通るのがやっとだ。


 音を立てないようにと、最新の注意を払い、その洞窟に入っていく。

 外では、まだボヤに騒いでいる。ガラシャ族たちは口々に呪いの言葉を吐きながら、火を消し、暴れる跳馬(ビュマ)を捕まえているようだった。

 こちらの様子に気づく気配はない。


 先にユールルを通させ、シャバラは後に続いた。


 その洞窟はどんどん狭くなり、本当に外に続いているのかユールルは不安になってくる。


(もしかして、セロは私たちのことを騙したんじゃないだろうか?)


 と思ったところで、前方から風を感じた。

 見ると、屈んで通れるほどの小さな穴が空いており、月の光が入っているのが分かった。


(ああ、外だ! 本当に、セロは助けてくれたんだ!)


 ユールルは、その小さな穴を通りながら、実直そうな青年の顔を思い浮かべた。ガラシャ族でありながら、一族を裏切り助けてくれた。感謝の気持ちは言い表せないほどだった。


 と、後ろのシャバラが焦った声を出した。


「まずいぞユールル! おそらく気づかれた」


 そう言って、早く通るようにユールルを急かす。

 耳をすますと、確かに洞窟の入り口側で何やら怒鳴るような声が聞こえてくる。ユールルとシャバラの姿が見えないことにガラシャ族が気づいたらしかった。


 岩砦の外に出て、体の大きなシャバラが穴を通るのを手伝っていると、ヒュンと頬を何かがかすめた熱を感じた。


 背筋が寒くなり、矢が飛んできた上の方向を見ると、洞窟のちょうど上の巨岩から数人のガラシャ族が弓矢を構えているのが見えた。

 その目には怒り込められている。


「逃がすものか!」


 そう言って放たれた第二矢を、ユールルは素早く身をよじりかわした。

 矢は、砂に突き刺さる。


「ユールル! 逃げろ! 走れ!」


 まだ穴から外に出れないシャバラが叫ぶ。しかし、ユールルは逃げす、シャバラを引っ張り出そうと彼の服をつかむ。ガラシャ族の弓がまたしてもしなり、矢を放った。

 それが二人に届く前に、なんとかシャバラは穴から抜け出し、寸前のところで矢を避けた。


「この子に当たれば、夢見の力は永遠に得られなくなるぞ!」


 シャバラがガラシャ族に向かって叫ぶ。


 しかし、ガラシャ族は口々に二人に向かって罵りの言葉を吐きながら、なおも矢を浴びせてくる。もはや夢見の力よりも、二人を殺すことを優先したようだ。


 シャバラは飛んできた矢を剣で砕くも、数が多く、全ては防ぎきれないようだ。

 ユールルの手を引き、守るように彼は走る。しかし、ついに矢はシャバラを捕らえ、その腕に二本、突き刺さる。


 思わず立ち止まろうとするユールルをシャバラは怒鳴りつけた。


「馬鹿野郎! 止まるな、走り続けろ! いずれ射程距離から離れる!」


 しかし、今はまだ、その距離の中にいた。

 シャバラは舌打ちをしてユールルの手を離すと、うでから矢を抜き、再び剣を構える。ガラシャ族はまた、矢を放つようだ。


(だめた! 逃げ切れない!)


 ユールルは走りながらも絶望を覚える。

 復讐もできずにこんなところで死ぬのか。


 しかし、ガラシャ族の動きは、急に止まった。


 何が起こったのか分からず、巨岩の上を振り返ると、月明かりの中で、ガラシャの弓兵と戦うセロの姿が見えた。


「セロ!」


 月の光がセロの姿をより一層白く際立たせる。

 セロは戦いながら、懸命に叫ぶ。


「逃げろユールル! 立ち止まらずに逃げてくれ! 復讐に関わってはいけない、自由に生きるんだ!」


 その表情は必死だった。

 同胞を裏切り、苦痛に歪みながらも、自分の信念を貫こうとしているように、ユールルには思えた。


 そんな彼に、ガラシャ族の剣は容赦なく浴びせられる。


「彼の言うとおりだ、逃げるぞ!」


 放っておけば、いつまでも動かないユールルの手を再び取るとシャバラは走った。しかし、走りながらもユールルはセロから目を離すことができなかった。


 ガラシャ族はセロに憎しみの目を向ける。

 剣がぶつかり合っている。


「裏切り者め! 貴様は所詮、アルニア人だ! 呪術も使えず、その身を捧げることもしないのだからな! 今ここで、呪われろ! アルニア人め!」


 そう、呪いの言葉が聞こえた直後、セロの背中に無数の矢が刺さった。

 背後に回ったガラシャ族から放たれたものだった。


「だめだ!」


 ユールルは叫び立ち止まろうとするが、シャバラは小さく舌打ちをして、少女の体を抱えると、走り続けた。

 ユールルは、シャバラに抱えられながらも、その一部始終を見た。



 セロの体には、正面から刃が襲い、貫かれた。

 ゆっくりと、その聡明な青年は崩れ落ち、鋭い岩に何度も打ち付けられながら体が割かれ、岩砦の外に落ちた。

 小さく砂が巻き上がるのが見える。



 セロを殺したガラシャ族の顔は、月明かりに照らされ、とても人のようには見えなかった。

 それは、まるで鬼のようだと、ユールルは思った。

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