アルニア帝国第二四代皇帝の憂い
アルニア帝国は、広大な砂漠の国である。
砂の海は果てしなく国土を包む。
昼は太陽が容赦なく照りつける厳しい土地であったが、資源が豊かであったため、多くの人々は生涯砂漠が贈るその恵みを受けながら暮らしてきた。
砂漠で採れる鉱石は燃やせば動力の源になり、他国との貿易の要となっている。
多くのアルニアの男たちはその鉱石を採取する仕事に就いた。
昔から続く人々の営みを、昼には太陽が、夜には月が照らした。砂がその光を受けて日夜輝くため、いつしか帝国は「黄金の国」と自称した。
帝国に住む多くの民はアルニア人と呼ばれる背の高く、肌の白い人種であり、彼らが国を治めている。
帝国に無数に点在する大きな町にもアルニア人が多く住み、ここが彼らの国であると誰もが思っていた。
しかし、帝国の砂漠には、アルニア人の他にも百あまりの大小様々な部族が暮らしており、アルニア人とは異なる文化で生活を送っていた。
部族の多くは土着の民族であるが、アルニア帝国の統合により、彼らもまた、帝国民となったのだ。
アルニア人と部族は決して行動を共にすることは無かったが、部族の作る工芸品はアルニア人の貴族の間でしばしば高値で取引されていたため、ほとんどの場合、両者は良好な関係を築いていた。
ここ、帝都バールにも、その豊かさは現れていた。
几帳面に区画に整理された計画的な都市は、粘土質の砂が固められた四角ばったレンガを積み上げて作られており、白灰色の家々が整然と建ち並ぶ様は統一されていた。
町の真ん中を流れる川は清潔であり、いたるところに水路が張り巡らされている。
巨大な都市をぐるりと囲む壁もまた、家と同じ材質で作られており、その高さと頑丈さから不落の町と呼ばれている。
しかし、その中でも一段と目を引くのは都市の最奥に佇む皇帝の宮殿だった。
帝国民が敬意を込めて「太陽宮殿」と呼ぶその建物は、帝国の栄華を体現するが如く、現皇帝の三代前に金をふんだんに使って建設されたものだ。
その宮殿は、アルニア帝国の発展を誇らしげに物語っている。
アルニア帝国第二十四代皇帝のサルヌアは、太陽宮殿の光差す窓から城下を見下ろしていた。
(いつ見ても、美しい都だ……)
朝の市場は活気にあふれ、一日の始まりを告げている。統一された美しい街並みには朝日が振りそそぎ、白い壁がそれを反射して町中に落としていた。
その間を女たちが、大きな包みを持ちながら通り抜ける。買い物か、家族全員分の洗濯の荷物だろう。
子供たちは母親を手伝い、しかし、遊びに夢中になり怒鳴りつけられている。
男たちは、家族に別れを告げ、外へ鉱石を取りに出かける。
アルニア人が暮らす町の中心部を外れた城壁の門付近には、色とりどりのテントが張られ、外からやって来た部族たちが帝都の住民にせっせと物を売る準備を始めている。
――毎日、変わることなく繰り返されてきた朝の日常だった。
それを見つめて、サルヌアは一人でため息をついた。
アルニア帝国は多くの民が暮らすいびつとも言える国であったが、サルヌアの祖父の時代の部族統一以来、その平和は思いがけず長く保たれてきていたのだ。
しかし、今日に限っては、それも薄氷の上に成り立つ危うい物であったと、認識せざるを得なかった。
と、町中を歩く一人の男が目に入った。
彼は、アルニア人とは違う浅黒い肌をしており、そうして町を歩いていると遠くからでも目立っていた。
あれは、異国から来た傭兵だ。かなり腕の立つ男で、アルニアの将軍自ら頼み込み軍へと誘ったという。アルニア人のみが入ることを許される王宮において、彼だけは例外だった。
直接話したことはないが、あの異国の男からすると、この国はどう見えるのだろうか。
いつか話すことがあれは尋ねてみたいと思った。
何とはなしにその男を見つめていると、彼もこちらを見たような気配がした。その射貫くような視線に、思わず目をそらす。
王宮の窓のひとつから覗く自分の姿を認識することなどできないはずだ。
そう思い直し、再び男を見ようとするが、既にどこかへ姿を消したのか、見つけることはできなかった。
サルヌアはまたしてもため息をつき、窓の外の平和な光景に別れを告げると、男たちが待つ部屋へと足を踏み入れたのだった。