燃える森、滅ぼされる一族
――ユールルが兵に見つからないように遠回りして戻ったときには、すでにタタの森は燃えていた。
轟々と音を立てて燃える森は、すでに今朝までの平和な姿は無かった。森に住む獣たちが焼かれないように急いで砂漠へと逃げ出す。
その獣たちとは反対方向に、ユールルは走る。
向かっているのはタタ族がテントを張っている場所だった。
なぜ、アルニア人がタタの森を攻めてくるのかは分からない。しかし、彼らによって火が放たれたのは明白だった。アルニア人は、タタ族を殺しに来たのだった。
ユールルは、テントまで戻る。
しかし、たどり着く前にすでに恐ろしい悲鳴が聞こえてくる。
やっとたどり着いた時、ひどく一方的な殺戮がそこでは繰り広げられていた。
無抵抗なタタ族たちは、武器を手に取る暇も無く、追い立てられて、切り刻まれていく。テントには火がつけられ、それが畑にも燃え広がる。
森の木も燃えている。
鳥たちが空へと逃げ場を求めて飛び去っていく。
ユールルはテントまで来たものの、木の陰に隠れ、恐怖で動けずにいた。目は大きく見開き、一族の死をただ見つめていた。
逃げようとする人が容赦なく殺されていく。
子を守ろうと立ち塞がった親が斬り殺され、守られるはずの子も刃の犠牲になった。悲鳴と怒号が飛び交っている。
恵み豊かな美しい緑の森は一瞬にして、炎と血で赤く染め上げられていた。
(ああ、きっとここは地獄に違いない)
同胞が殺されていくのをじっと、見ることしかできない。
「娘はいたか!」
アルニア人の兵士のうち、一番体の大きな者がそう叫ぶのが見えた。
「まだ見つかりません! 族長と思われる男は殺しました!」
続いて聞こえた言葉に、ユールルは叫び出しそうになった。
(父様が、殺されただって?)
昨日、最後に見た父を思い出す。
砂の病に侵されてはいたが、今日死ぬ運命では無かったはずだ。
瞬間、恐怖は嘘のように消え去り、代わりに恐ろしいまでの憎しみが少女の心を満たしていった。
(許せない、アルニア人め! 一人残らず、殺してやる!)
ユールルは、兄にもらった短剣を引き抜くと、一番近くにいた兵士の一人に斬りかかった。
音も無く忍び寄る少女に、ふいをつかれたその兵士は、抵抗する間もなく首を切られて赤い血を吹き出しながら倒れた。
心は燃えるように熱いのに、狩りをするのと同じように頭は冷静だった。
殺された仲間を、近くにいた兵士が驚いて見つめる。
「殺してやる! 皆、殺してやる!」
ユールルは叫びながら、別の兵士に向かっていく。しかし、兵士はひるむどころか、ユールルを見て笑った。
「いたぞ! この娘だ!」
先ほど、別の兵士に尋ねていた一番大きな男がその声に振り返る。
そして、瞬間、確かにユールルと見つめ合った。
父と同じほどの年で、その青い瞳は一瞬の間、かすかに左右に揺れたように思えた。
しかし、それもほんの少しの間の揺らめきで、すぐに厳しくユールルを見ると、
「殺せ!」
兵たちに命じた。
兵士たちが一斉に、ユールルに襲いかかろうとする。
ユールルは身構える。
しかし、兵士たちの剣が少女に届く前に間に割って入った人物がいた。その人物は代わりに兵士の剣を受ける。
「逃げろユールル!」
そう叫んだのは、兄のタラだった。歯を食いしばりながら、剣を握りしめている。
「父様は動けず、こいつらに殺された! お前だけでもどうか逃げてくれ! こいつらの目的はお前みたいだ!」
すでに数人を倒したらしく、彼の白い衣装はアルニア人の赤い血で染まっている。
「嫌だ! 逃げたりしない! 私も兄様と一緒に戦う!」
そう言って、兄と並ぼうとした時だった。後ろから捉えられ、抱え上げられた。ユールルはその人物を見る。
左の頬に傷跡のある男だった。
「ユールル!」
タラが捕らえたユールルを振り返ったとき、アルニアの剣が、兄の体を貫くのが見えた。剣が引き抜かれると、短いうめき声を上げて、タラは倒れる。
土が、タラの血で赤く染まっていく。
ユールルが叫ぼうとする前に、後頭部に鋭い衝撃を受けて、少女の視界は暗くなった。
ユールルは昏倒させられたのだった。