砂埃の向こうの進軍
朝の日の光を感じてユールルは目を覚ます。不思議な夢を見たな、と思った。
フィムのことを考えたから、そんな空想をしたのだろうか。
夢の中とは言え、久しぶりに姉に会えて、ユールルの気分は昨晩よりも悪くはなかった。
このままテントに戻ってもよかったが、どうせなら時間のあるうちに砂漠へ行きたかった。
明日になれば成人の儀式が行われ、そうなれば、きっと自由な時間はなくなる。本格的にタタ族の女の仕事を覚えなければいけない。
「森が見えなくなる場所までは行ってはいけない」というのが父の教えだった。
その通りに、森が見えなくなるまで遠くへ行ったのはユールルの記憶の限り一度だけ、家族揃って、「砂漠の星」を見に行ったっきりだ。
それにいつもは誰かが側にいて、森の外に出ることはほとんどできない。だから、今日は森の見えなくなる場所まで行く最後の機会だった。
ユールルはそう思って、最後に一度だけ、砂漠を見に行こうと決めた。
一歩、森の外に出る。朝の日差しを砂が集めて反射し、まぶしかった。
裸足の足の裏に、森の土とは違う感触を感じる。
顔がほころび、思い切り、走り出す。足跡のない砂の上に、自分の通った証を残していく。
そして砂丘の上にたどり着いた時、ユールルは思わずほうっとため息をついた。
広大な砂は、世界の果てまで続いているのではないかと思えるほど広がっており、空は高く青かった。
(どこまででも行けそう。この世界の果てまでだって!)
砂漠に誘われるように、ユールルは歩き出す。風が作った砂の模様の上に、たった一人の足跡が残る。
世界に、一人きりのような錯覚を覚えた。
(日が暮れる前には、森へ帰ろう。それまでは行ける場所まで行ってみよう)
少女の好奇心と冒険心は、その足を前へと進ませる。砂漠に住む生物たちだけが、それを見守っていた。
ユールルが足を止めたのは、歩き始めて一時間ほど経った頃だった。
視界を遮るものは何もないので、森はまだ、小さく見えている。体も疲れてはいない。にもかかわらず立ち止まったのは、視界の隅に、砂煙が見えたからだ。
ユールルは体を砂に横たえ、砂丘の陰に隠れると、遠方に見えているその砂煙を見つめた。
それはどうやらこちらに向かってやってくるようだった。
「なんだろう、あの煙は」
ひとり、呟く。正体を見極めようとじっと待つ。
その砂煙が近づくにつれ、その正体も見えてきた。
どうやら、多くの人が行進している列のようだった。
人々は、砂丘の陰に隠れるユールルに気づくことなく、目の前の下の道を通りすぎていく。彼らが歩くたびに砂が巻き上げられ、煙のように立っていたのだ。
彼らが通り過ぎる際、ユールルはその姿をはっきりと見た。
通りすぎる人々は全員が男たちで、皆、背が高く、ゆったりとした服を着ていた。
(アルニア人だ! 一体、何をしているんだろう?)
数百人はいるだろうか。時折、アルニア帝国の印をつけた旗も通りすぎていく。その列はなかなか終わらない。
(跳馬もいる! あんなにたくさんの跳馬は初めて見る)
アルニア人が改良したと言われている駱駝とは虫類の中間のような姿をした跳馬は、灼熱にも極寒にも耐える丈夫な体を持つ家畜で、長時間飲まず食わずで荷を運ぶことができる。
また長い距離を早く移動できるため、年貢の取り立ての際にアルニア人が乗っているのを見たことがあった。
跳馬の皮膚は硬いうろこで覆われ、左右に着いた金色の目はいつもせわしなく動く。
小さな前足は、食事の時だけに使われるため、歩行は主に、発達した大きな後ろ足で行われていた。
長い尻尾は地を引きずり、嘘か誠か、切り落としても無限に生えてくるため、アルニアの兵士たちは尾を進軍の際の非常食とするのだと、長老たちが言っているのを聞いたことがある。
人が乗っていない跳馬にも、何やら荷が乗っていた。布で覆われた荷の隙間から、長剣のようなものが見えたとき、ユールルの心臓はますます早く脈打った。
行く人々を改めて見る。
アルニア人がいつも脇に刺す短剣の他にも、長剣や弓などの武器を持っていた。
それに気がついた時、ユールルはとにかく嫌な予感がした。なにか、恐ろしいことが起ころうとしているのではないだろうか。
(もしかして、兵士たちなのかな)
そんな考えが浮かぶ。だとすると、何をしに、こんな帝国の果てまでやってきたのだろう。この先には、タタの暮らす森しかないというのに。
今動いたらきっと見つかる、と思ったユールルは、最後の兵士が立ち去るまで、息を潜めて隠れていた。
そして、彼らが見えなくなったところで、大急ぎで、森へと走って行った。




