一
増川はバスに揺られていた。身勝手に流れる街並は実につまらなかった。どこに目をやっても正確な直線とぬるい人影。気休めの木々ですら老いてよい範囲を統制されている。
西日も姿を消して数時間経ったというのに、道は決められた区間を保って明るく灯されている。そのようなある種類の暴力に違和感を持っているであろう乗客は彼の他にいないようであった。
増川は答えを風の中に求めた。そして星は沈黙を続けた。
バスは一人の客を拾った。大きな風呂敷を、左右の手に一つ、最も膨れ上がった物を背に負った老婆である。ひどく腰が曲がり乗車にも手間取っていて、バスが動き出すと足の向かう先が絶え間なく変わり見ていられなかった。最奥の、増川の隣の空席に、老婆がやっと辿り着いた時には既に一二ほど停留所を過ぎていたのだった。
「お荷物持ちますよ」と、老婆が風呂敷の重みで何かに引かれるように体の自由を奪われまごついていた時、彼は声をかけた。鳩尾の下あたりに、毒を持った虫が巣くうのを感じた。ありがとう、タイヤが爪を立て地を引掻く轟音に消えゆくほどか細い声と共に、彼は風呂敷を二つ受け取った。触れた指先に年輪がはっきり刻まれていた。また、それでいてどこか惨めでもあった。
「助かりましたよ。親切にしていただいて」
いえいえ、そう言いかけて口をつぐんだ。増川だけが老婆に手を差し伸べたのは事実だが、偶然にも彼の近くで事が生じただけと気がついたのである。他の客と何ら変わらず、それが増川生来の悩みであった。
広大な雪原、何者も触れたことの無い産まれたばかりの銀世界に、一羽のタンチョウがそれを荒らさぬよう降り立つ。激しく動かず、周囲の警戒をするでもない。さながら皇帝、全ては手の中。そして我が物顔で雪と同じ濃度の羽をこれでもかと伸ばす。ただ頭の先だけが燃えたぎる紅に染まるが、しかしそれも雪原の一部でしかなく、皮肉にもそれにより美はより研ぎ澄まされるのであった。
言葉を直線的に受け取って許される身分ではなかったが、好意を無下にする方が失礼と彼は知っていたから、どういたしまして、よろしければそちらも持ちますが、などと残る風呂敷を指差した。
「もう座れるので大丈夫ですよ」
老婆はついに腰を落ち着け、増川に預けた風呂敷も受け取った。
「お兄さんはどちらまで行かれるのですか」
「終点まで、乗ります」
「その先は予定があるんですか」
嫌な質問をされたと思った。終点からさらに電車があるのだが、彼は乗り継ぐつもりが無いどころか、めぼしい物もない駅に降りて何をするつもりも無かったからである。いつの間にかバスに乗っていたし、終点まで乗ることも自らの意思と呼べるそれでは無かった。
「ありません。終点まで、それだけです」
「まあ、奇遇。私も終点まで行くんです。とは言っても、他の方々も終点で降りるのでしょうけれどね」
一台に詰められた彼らは、皆気怠げであった。