幼馴染みの必殺技
まったくもって何て日だ。
俺は帰りのバスに揺られながら、隣に座る幼馴染みの横顔を見た。目鼻立ちが整った彼女はクラスの内外を問わず人気者だ。もっとも皆はその本性を知らない。
「男なんてバッカだよね。単純っていうかさ。ちょっと気がある振りしただけですぐ告ってくるしさ」
「この前なんかサッカー部のキャプテンに告白されてさ、しつこくて参ったよね」
「誰かいい人いないかな~。あんたはそういうのないの?まあ意気地なしだからねぇ~」
裏の顔はこんなものだ。いつもこいつは俺を馬鹿にしてくる。そんなこと言われなくてもわかっているのに。
どうせ俺は…………。やめだ。やめだ。そんなことを考えていても始まらない。行動こそが全てだ。考えるだけじゃ物語は始まらない。
俺は拳を握りしめ、彼女の様子をうかがった。
事の発端は俺が初めて彼女に怒ったことだった。珍しく感情を露わにしてしまった。いつものように自慢げに話す、モテエピソードに嫌気が差したからだ。彼女が羨ましかったわけではないだろう。ただなんとなくその話を聞きたくなかった。ただそれだけだ。
きっとそれは同時に自分自身への怒りも含まれていたと思う。しかしそれを彼女にぶつけてしまった。
「あー、もうわかったよ。うるせーな」
いつも快活な彼女には珍しく、ひどく怯えた様子だった。そんなに恐かっただろうか。この俺が?まさか。あり得る話ではない。俺は所詮何も行動には移せない意気地なしだ。
しかし帰りのバスが偶然同じだったことは不運だった。だが幸運だったのかもしれない。いずれにせよこのまま放置はしたくない。現状維持は最悪の選択肢だ。
バスが目的地へ着く。彼女も俺もバスを降りた。寂れた停留所に二人の影だけが残った。
…………帰ろう。俺が力なく歩き出す。
すると不意に袖を掴まれた。
「……何だよ」
「……ごめん」
彼女が小さい声で漏らす。俺はただ静かに「気にしてねえよ」とだけ返した。
彼女は凄い。いつも先に行動する。俺は本当に意気地なしだ。
「今日、あんたん家行って良い?」
「……別に良いけど」
彼女の顔が一気に明るくなる。その笑顔は必殺技だ。俺の心は既に何百回、いや何千回とやられている。
いっそ「好き」だと言ってしまおうか。やめておこう、どうせ俺は…………。
俺は…………。
俺は強く拳を握りしめた。
その日初めて、俺の必殺技が炸裂した。
読んでいただきありがとうございます。
よければ感想等いただけると大変ありがたいです。