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6 入学式前に思わぬ出会いをしましたわ。

 入学式を明日に控え、私はミラン他、召使いと共に魔法学園へと向かっていた。入寮のために前日入りしたのだが、寮の前で馬車を降りたところで思わぬ光景を目の当たりにすることになった。

「寮への出入りを許されているのは、生徒本人と使用人だけです」

 あ、この人、寮の管理人だ。なぜ知っているかというとゲームに出てきたからである。いかにもお堅そうな黒ずくめの服、きっちりとひっつめた黒髪の持ち主である彼女にも名前があったようななかったような。

「しかし」

 彼女のきつい物言いにタジタジとなりつつも立ち向かおうとしている若い男を見て私は思わず声を上げそうになった。というのも、彼は私の推し、ヒロインのお兄様だったのだ。

「お嬢様?」

 ミランはどうやら、気づいていないようである。彼はおそらく、フルコンプまではしていないのだろう。ヒロインのお兄様は隠しキャラより登場回数が少ない。って単なるモブキャラだからなんだけど。しかし入学前にお兄様が寮に登場するなんて展開、あっただろうか。いや、ないはずだ。

「なんだか揉めているみたいですわ。少し馬車で待ちましょう」

 そう言いながらも私はつい、ヒロイン兄をガン見してしまっていた。

 ヒロイン兄。名前すらなかったような。ヒロインは『お兄様』としか呼んでなかったし。あれ、ちょっと待って。兄がいるとなればヒロインも近くにいるのだろうか。だとしたらかかわりになりたくはないのだけれども。

「先に手続をしてもらいましょう」

 寮の管理人が相手にしているのが平民だと見た目でわかったからだろう。ミランはそう言うとつかつかと二人に近づいていった。

「お話中失礼します。クレデンシャル侯爵家のお嬢様が到着されました。入寮の手続をお願いしたいのですが」

「うかがっております。特別室のご用意が整っておりますので、どうぞこちらに」

 寮監が一変して愛想笑いを浮かべ、ミランを、そして近くにいた私へと視線を向ける。

「さあ、どうぞ」

「ちょっと待ってください、まだ話は……」

 お兄様――私のじゃなくてヒロインのだが――が食ってかかるのを寮監はまるっと無視し、

「ご案内致します」

 と中へと入ろうとする。

「待ってください!」

 大声を上げるお兄様。とても悔しげな彼の顔を見た瞬間、私の脳裏にゲームの画面越しに見た彼の笑顔が蘇った。

『もう一度、頑張ればいいさ』

 周回プレイ百二回目にしてようやく出会えた彼の笑顔。本当にレアだった。ヒロインと似た顔立ち(まあ、兄だからね……)ということはお兄様も美形ではあるが、何せ登場しないので人気者にはなり得なかった。

 私だけが知っている推し。スチルも一枚もなかったけれど、彼の笑顔と台詞――文字のみで音声はなかったけれども――に出会えた瞬間の達成感は忘れられない。

 だから。だろうか。彼の笑顔をまた見たい。その願いが私を無意識のうちに突き動かしたようで、気づいたときには口が開いていた。

「すみません、この方はなぜ、寮に入れてもらえないのですか」

「お嬢様」

 何を言いだしたのだか、とミランがぎょっとする顔になる。

「クレデンシャル家のお嬢様が気にされることではありません」

 寮監がにこやかにそう告げたとき、お兄様の顔が悔しげに歪み、ぼそ、と言葉を漏らした。

「……貴族であれば家族も入れるだろうに」

「当たり前でしょう。要は身元が確かではない人間の立ち入りを禁ずるということですから」

 聞きつけた寮監が言い捨て、さあ、と私に笑顔を向ける。

「でしたらこの者をクレデンシャル家で召し抱えますわ。それなら入ってもよろしくて?」

「は?」

「お嬢様?」

 寮監が、ミランが戸惑いの声を上げたが、当の本人であるお兄様の声が一番大きかった。

「なんだって!? 俺を召し抱える?」

「あなたの用事が済んだら即、解雇しますわ。あなたは何か用事があって寮に入りたいのでしょう?」

「あ……ああ。しかし……」

 金髪碧眼のお兄様が戸惑った顔になる。

「あっ!」

 その顔を見てどうやらミランは、彼の素性を理解したらしかった。ヒロインの戸惑ったときと顔がよく似ていたのだ。

「お嬢様、もしや……っ」

 彼はあなたの推しですか、と目で問うてきたミランに頷く。なるほど、とミランが納得した顔になったそのとき、聞き覚えがありすぎる美しい声音が周囲に響き渡った。

「お兄様! どうなさったのです」

 寮から駆け出してきた美少女。金色の髪。澄んだ湖面を思わせる美しい蒼い瞳。まさに天使のごときビジュアルの美少女。通算何時間、彼女と共に過ごしてきたことだろう。何せ主人公だからね。他の攻略対象の比ではないのだ。

「ローズ、ちょうどよかった。お前、お母様の形見のペンダントを忘れただろう? 届けに来たんだ」

 お兄様が駆け寄ってきたローズに向かい、極上の笑顔でそう告げるとポケットから取り出したペンダントを彼女に手渡す。

「わざわざ届けてくださったの? 私、これから取りに戻ろうとしていたの。ごめんなさい、そしてありがとう、お兄様」

 ローズが嬉しげな顔でペンダントを受け取る。アノペンダントには確か、彼女の両親の写真が入っているのだ。

『なんてみすぼらしいペンダントだこと』

 それを悪役令嬢の私がバカにし、こんな汚らしいものは捨ててしまいましょう、と学園内の池に投げ捨て、それをヒロインが泣きながら探すというエピソードがあった。そんなヒロインの姿を見た攻略対象が彼女に同情し、一緒に探そう、と声をかけるのだった。

 そんな大事なペンダントを忘れるなよ、と呆れつつ、いや待て、と我に返る。

 もし私がペンダントを捨てなかったらどうなるんだろう。他の誰かが捨ててくれるのだろうか。

 ま、学園内唯一の平民となれば、今の寮監のように差別する生徒も出てくるだろう。とにかく彼女には近寄らないが吉だ。

 そうと決まれば、と私はミランに声をかけた。

「行きましょうか、ミラン」

「お待ちください」

 そんな私の背にお兄様が声をかけてくる。

「お兄様?」

 ヒロイン、ローズが戸惑いの声を上げる中、お兄様は私に向かい、丁寧に頭を下げて寄越した。

「どうもありがとうございます。用事はすみました。お声がけくださったご恩は決して忘れません」

「たいしたことではありませんわ」

 実際、私がしたことは皆無だ。するより前に用事が済んでしまったのだから。お兄様にそんなに感謝されると面映ゆいし、ヒロインとはかかわりを持ちたくない。

「失礼いたします」

 一言残し、ミランを急かして中に入る。

「お兄様、何があったの?」

 背中でヒロインの声が響いていたが、お兄様の答えを聞くより前に私はその場を遠ざかっていた。

 てかヒロイン、頼むから『お兄様』の名前を呼んでほしい。もしや、やはり名無しなのだろうか。

 寮への立ち入りができないとなれば当然、学園内にも立ち入れないだろう。この先二度と会うことはないだろうが、まあ、『もう一度、頑張ればいいさ』以外の言葉を聞けただけでもう、私としては大満足である。

 入学式を前にこの上ない達成感を得ていた私は、その入学式で我が身に何が起こるか知る良しもなかった。

 すみません。入学式ごときを引っ張ってしまって。次に続きますわ。

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