3 溺愛ルートなんて無理に決まってるのに……ってあれ? おかしいな
皇太子は見舞いにやってきた。ミランに連れられやってきた彼の顔には『不本意』の文字がこれでもかというほど刻まれているのがわかる。
ここまで嫌われているというのに、いかにして『溺愛』させるというのだ。
ミランの享年は二十歳という。若い子ってそういうとこあるわよね。自分の力を過信する、みたいな。でもこちらはアラカン。人生の酸いも甘いも噛み分けた年代なのだ。
何をやっても無駄よ。無駄。それに私は悪役令嬢。ツリ目の意地悪顔だ。美少女では決してない。一方、皇太子はさすがゲームの攻略キャラ、金髪碧眼の美少年だ。どう考えても釣り合わない上、毎日鏡でこんなに美しい顔を眺めているであろう彼が、ツリ目の意地悪女に見向くわけがない。
あれ? そういえばミランは『セルフィ推し』と言ってたな。と思い出す。ブス専というやつだろうか。推されるような要素って私にあったっけ? ヒロインに嫌みばっかり言ってた記憶しかない。
それは将来のはなしとなるが、前世の記憶を取り戻した今となっては、ヒロインにかかわらずに生活していくだろうから嫌みも言わずに済むだろう。
そんなことをつらつら考えているうちに皇太子が見舞いの言葉を口にしていた。
「具合はどうですか。セルフィ嬢」
婚約して早三年。愛称で呼び合うこともない。その時点で気づけや自分。そして下手な希望は抱くなミラン。
「最悪ですので今日はお引き取りください。お見舞いは気持ちだけありがたく受け取らせていただきます。当面寝込みますのでお城へも伺いませんし、お見舞いに来ていただかなくても結構です」
昨夜ミランがあれこれ指導していたが、9割がた聞き逃していた。残った一割は『落馬は私の責任です。殿下が気にする必要はないですわ』としおらしくいい、力なく微笑むという馬鹿らしいものだった。
好感度最悪の私がそんなことしたくらいで、皇太子が溺愛するわけがないとなぜわからないのか。
ともあれ、私としては溺愛なんて求めていないし、お父様お母様の庇護のもと、カネにものをいわせて贅沢に暮らすエンドを求めているわけなので、早々に婚約は解消しておきたい。
それで今まで以上に感じの悪い対応をしたわけなのだが、目の前の皇太子はそれを聞いてまさに『鳩が豆鉄砲を食らった』顔となった。
関係ないけど、私、鳩って苦手なんだよね。この世界でも前世でも鳩は平和の象徴といわれているらしいが、めっちゃ図々しいじゃないですか。人間が餌をやるのが当然みたいなところがまず気にくわない。って、今は鳩について語っている場合じゃなかった。
「殿下、お許しください。お嬢様は未だ本調子ではないようです」
ミランが慌ててフォローに走りつつ、私をじろりと睨む。
怖いことなんてない。お前は執事、私はお嬢様。睨まれたところで私を御せるはずもないのだ。
「あー、頭が痛いのでもう寝ます。お見舞いありがとうございました。あ、そうそう。ウチも相当な財産ありますけど、他にも財産あって年頃のご令嬢がいる貴族はいるかと思いますよ」
そしていいことを思いついた。自分から申し出るより皇太子から婚約破棄を申し出てもらえば両親に対して面子も立つというものだということに。
当面、頭痛や体調不良を言い訳に寝込むと決めたのだから、健康上皇太子妃には適さないという理由で皇太子から婚約破棄を申し出てもらえばいいのだ。私の後釜を狙う令嬢はごまんといよう。
「セルフィお嬢様」
どうやらミランは私の思惑を察したらしい。物凄い目で睨んでくるが、身分差を弁えろってことよ。
「それではお休みなさいませ」
挨拶をし、ベッドに横たわろうとした私の耳に皇太子の固い声が響く。
「また来ます。どうぞお大事に」
「ありがとうございます」
礼を言ったときには既に皇太子は背を向けていた。
「殿下、申し訳ありません」
ミランが真っ青になりつつ、皇太子のあとを追って部屋を出る。
「来なくていいんだけどなー」
やれやれ、とベッドに横たわり、さて寝よう、としたそのとき、勢いよくドアが開き、喜色満面のミランがやってきた。
「お嬢様!」
「なによ」
当然怒られるものだと思っていたのに、なんだその喜んだ顔は。わけがわからず問い返した私に、ミランが驚くべき言葉を告げる。
「皇太子殿下、落ちました」
「は?」
何を言ってるんだ彼は。素っ頓狂な声を上げた私にミランが嬉しげな顔で言葉を続ける。
「殿下は生まれてこのかた、求められることがありこそすれ、拒絶されたことはなかったようです。お嬢様の拒絶が余程ショックだったようで、どうしたら婚約破棄されずにすむのだと真っ青になりつつ私に食ってかかってこられて」
「はあ???」
ちょっと待って。何が起こっているのだか?
「これは溺愛ルートまっしぐらです。この調子でいきますよ?」
「ちょっと待ってよ。わけわからないんだけど」
途方に暮れるばかりの私に向かい、ミランが大きく頷いてみせる。
「この調子で次、いきましょう! そのためにも明日は妖精の森に行きますからね」
「妖精王に会おうってこと? 無理に決まってるでしょ。それに皇太子だって拒絶慣れしたら溺愛はしないわよ」
何せ相手は私だ。それを認めなくてどうする、と私はミランを説得しようとしたが、興奮しているミランは私の言うことに聞く耳を持ってはくれない。
「よし! 作戦を練るぞ! 妖精王の好みはなんだったかな」
妖精王の好みは無垢な美少女であって、中身アラカンの美少女からほど遠い私ではないことは確かだ。
森に連れていかれたとしても溺愛は無理。まあ、深く考える必要もないか、と早々に諦めた私にとって驚くべき未来が開けていることなど、予測できるわけもなかった。って前の章と終わり方被ってるかも。ごめんなさいね。