2 転生者同士はジェネレーションギャップがありそうな。
「あの、あなたも転生者で?」
「さよう」
「……その喋り方からして、転生前は何歳でしたの?」
同い年くらいか。いやいや、アラカンでも『さよう』なんて言う人はいない。てことは七十代、八十代か?天寿を全うしてからこの世界に転生って、ちょっと羨ましいような。
にしてもお年寄りも乙女ゲームをやるのねー。アラカンの私に言われたくないわよね。などと考えながら問いかけた私は、答えが返ってきた瞬間、意外さから思わず声を失ってしまった。
「二十歳でした」
「…………」
「セルフィお嬢様?」
「はたち……っていくつでしたっけ」
「にじゅっさいです」
「そうよね。聞き違いじゃないわよね」
うそだろ。私の子供はいなかったけれど、子供の年齢より随分と若い。下手したら孫世代。話が合うはずがない。
「お嬢様はおいくつだったのですか?」
「年齢非公開でお願いします」
「吉田羊ですか」
「なんかこういう話が通じるのっていいわよね。なんで彼女、年齢非公開にしてるのかしらね」
つい、しみじみしてしまったが、続くミランの言葉は私の心臓を貫くものだった。
「その感じからして四十代以上ですね」
「年はどうでもいいじゃない」
自分から聞いておいてなんだけど、まあ私は『悪役令嬢』なのでこのくらいの傍若無人ぶりは許してもらうことにする。
「私はOLだったの。OLっていってもおっさんずラブじゃないわよ。事務職の会社員よ。あなたは?」
二十歳なら学生かもしれない。よく考えると(いや、考えんでも)二十歳で亡くなったのは気の毒だ。さぞや思い残すこともあっただろう、と同情しつつ問いかけた私に、ミランが答える。
「ちょいちょいつまらないネタ挟んできますよね」
いやそれ答えじゃないし。こちらとしては場を和ませようとしたんですけど。
「僕はアルバイトでした。アルバイト先が『ときめきが世界を救う』を作ったところで」
「えっ! 神ってこと?」
創造主が自ら創った世界に転生? 凄いじゃないの、と興奮した私の前でミランが「いえ」と冷静に首を横に振る。
「僕はバイトで、しかも製作じゃなくて営業のほうです。売り込むために自分でもプレイしたんですけど、結構はまってしまって」
「なんだ。あなたが創ったわけじゃないのね」
「創れませんよ。こんな……」
ミランは何かを言おうとしたようだが、言葉を呑み込んだのがわかる。
「『こんな』?」
「いや。ともかく、僕はセルフィーお嬢様推しだったんです。お嬢様は? 誰推しですか?」
「うーん、誰推しってことはなかったかなあ」
何せこちらはアラカン。攻略対象は自分の孫のような年齢の青少年だ。私の乙女ゲームの楽しみ方はズバリ、『コンプ』。隠しキャラまですべて攻略する。攻略本に頼らず、というものだった。
要は物語としては楽しんでいたが、誰かに入れ込むということはなかった――ように思う。
「なんだ……それは転生した甲斐がないですね」
ミランが残念そうな顔になる。
「あ、強いて上げれば」
「誰です?」
嬉しげな様子となったミランだが、私が、
「お兄様」
と答えると、やれやれ、というように盛大な溜め息をついた。
「それ、誰も攻略できずに実家に戻るってエンドでしたよね」
告白を受けるはずの教会で待てどくらせど誰も来ず、仕方なく家に帰るとお兄様が優しく微笑み両手を広げてくれる。
『もう一度、頑張ればいいさ』
つまりは、リセットしてもう一回プレイしてみたら? というエンドであるのだが、このゲーム、普通にプレイをしていれば誰かとはフラグが立つので、このエンドを迎えるのは本当に難しいのだ。
さすがの私もネットでぐぐったものだった、と懐かしく思い出していたが、ミランに睨まれ、我に返る。
「枯れたこと言ってないで。まずは皇太子の攻略からいきましょう」
「いや、無理でしょ」
普通に考えて。
答えた私にミランが「なぜ」と不思議そうな顔になる。
「だって好感度、最低よ。現段階で」
「だからこそ、好機なのです」
堂々と胸を張り、ミランが自説を主張する。
「マイナスからのスタートなのですから。今のお嬢様がちょっとでもいいことをすれば評価は爆上げされます。そういった状況を作りましょう。明日にも見舞いにいらっしゃるとのことでしたから、まずはそこから作戦開始です」
「えー、別にいいですよ、もう」
正直面倒くさい。自分がヒロインならまだしも、悪役令嬢、しかも噛ませ犬程度のキャラだ。今のセルフィとしての記憶もある身としては、あれだけ自分を嫌っている皇太子に溺愛される等あり得ない。
幸い、お金には困ってないし、贅沢三昧できそうなのだから、ことなかれ主義でゆるゆる一生過ごすのでいいんじゃないの、と断ろうとしたが、ミランは許してくれなかった。
「よくありません。いいですか? これから計画をお話しますよ」
謎のやる気に燃える彼がきびきびした口調で話し出す。
適当に聞き流すことにしよう。何せ立場は私が上だ。無視しようがしまいが、ミランが口出しできようはずもない。
たかをくくっていた私だったが、そのせいで自分が手酷い目に遭うことまでは、さすがにゲームをコンプしている私であってもわからなかったのだった。