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捕物

ブラッドリー王子とお散歩をした日から3日が経った。


特に何事もなかったわ。お客さんは1日にひとりかふたり。大きな事件もビースト情報も無し。

でもね、近所のおばさんに天気を聞かれて、「雨が降るよ」って教えてあげたり、ランチメニューを迷っているおじさんに、「カレーは夕飯と被るから違うものの方がいいよ」って教えてあげたりしてね。


些細なことなんだけれど、教えてあげられることが嬉しくて。

元の世界では、分かっているのに口に出すことが出来なかったから。迷い込んだこの世界が、「言い当てること」が奇異なことだと思われない世界で本当に良かったと思ってるの。


そうそう。「王子様」の呼び方について、マーサ先生に聞いてみたのよ。

「王子様、と呼んでもおかしなことはありませんよ。ただ、この国に王子様は3人いらっしゃいますからね。お名前をつけて、ブラッドリー王子、とかブラッドリー殿下と呼ぶ人が多いでしょう」

って言われたわ。

だとすると、なんで笑われたのかしらね…?


〈ヨツバ、今大丈夫か?〉

その晩、子供たちの洗濯物を畳んだり仕分けたりしていたら、ピアスからライドさんの声がしたの。

電話と違ってコールが無いからびっくりしちゃうわね。畳んでいた洋服が崩れてしまったわ。


ライドさんの声は少し緊迫しているよう。

急いで送信側をオンにする。

「はい? 大丈夫です」

〈…良かった。遅い時間に悪いんだが、これから出られるか? レイの街にビーストが出て暴れているらしい。近隣のハンターに出動要請が出ている。俺たちも向かうんだが、一緒に行ってくれないか〉

ビーストが街で暴れているですって?

「分かりました。行きます!」

〈助かる。すぐに迎えに行くから準備して待っていてくれ〉

「はい!」

大変。急いで支度しなくっちゃ!



レイの街は騒然としていたわ。

凶暴なビーストから逃げ惑う人たちでちょっとしたパニックになっている。


すでに被害が出ているみたい。

悲鳴や泣き声や怒鳴り声があちらこちらから聞こえるわ。

この世界の警察のような組織の人たちが避難誘導しているけれど、どこに逃げたら安全か、なんて警察の人にだって分からないわよね。

誘導はあんまり上手くいっていないみたい。


「どうする、ライド? 手分けして探す?」

今日はジェリーさんも最初から一緒よ。

馬で駆けつけた私たちは、今、レイの街に入ってハンター協会のひとに状況を聞いたところなの。


ライドさんは首を横に振ったわ。

「いや。分散しない方が良いだろう。ヨツバ、ビーストの居場所を見つけられるか?」

ライドさんの馬に乗せてもらった私は、少し考えた。


私は未来のことしか分からない。

ほんの少し先の未来、しかも、その未来は不変ではない。

変わり得る未来のビーストを見つけて、現在に向かって時間を辿れば、フラウンダーの森でそうしたようにビーストを見つけられる可能性はある。

ただ、この街にはビーストを捕らえようとするハンターが大勢いて、それぞれにビーストを探している。

確定していないひとの行動。

未来が変わる要素が沢山あるわ。


でも、やるしかない。


私は背中のライドさんを振り返ってにっこり笑って見せた。

「もちろんです。街をゆっくりと歩き回ってください」

「分かった」

ライドさんは頷いて手綱をひいたわ。ゆっくりと言っても馬の歩くスピードはそれなりに速い。

セスさんとジェリーさんも同じペースでついてくる。


私は、少し先の未来にビーストが現れる場所を探した。

元の世界でこんなにこの力を使ったことがなかったから気がつかなかったけれど、集中して長時間未来を見続けるのは結構疲れるものね。

それも、土地の未来は取り留めがなくてすぐにぼやけてしまう。気をつけていないと何の未来を見ているのか、分からなくなってしまうの。


あ、ほら。

落ちてる紙切れの未来を見ちゃったわ。

そうじゃなくて。この通りの未来よ。集中して。頑張れ、私!


なんだかずいぶんと長い時間そうしていたような気がしたけれど、実際には5分くらいだったんじゃないかしら。

泣きながら走る若い女性が見えた。幼い子供を抱いているわ。

ビーストに、追われている。

そうね、15分後、くらいかしら。


「ライドさん」

声をかけるとライドさんは馬を止めたわ。

「いたか?」

「ええ。見つけたわ」


ここで待っていれば15分後にビーストが現れる。だけど、女性がビーストに遭遇する前に倒せたらその方が良いわよね?

恐ろしい思いをしながら走らなくて済むのだもの。


よし。

「この通りを向こうへ」

「分かった。行くぞ!」

ライドさんはセスさんとジェリーさんに声をかけてから馬を少し早足に歩かせたわ。


家の並ぶ街道を少し行くと、さっき未来視の力で見た女性が子供を抱いて足早に歩いていたの。


良かった。間に合った。


「もうすぐよ」

少し大きな通りに出たところで、止まってもらう。

ここで待つのが良いんじゃないかしら。

「あの塀を越えてくるわ」

5メートル先の石塀を指さすと、ライドさんとセスさんが銃を構えたわ。その様子を見ながらジェリーさんも銃を用意する。そして言ったの。

「まさか、10秒後とか言わないよね?」

まさか!


同じ失敗を何度もしたりはしないわよ?

「3分後です」

にっこり笑顔で答えたら、ジェリーさんはぎょっと目を見開いた。

「さんっ…?!」

あら?


3分って、だめだった?


「ヨツバ。正確な場所の情報をだせ。あの塀のどこから出る?」

セスさんの鋭い声が飛んできた。

正確な場所?

うーん。動いているものってわりと直前にならないと正確にはならないのだけれど…。あ、見えた。

「木の枝が右に伸びて二股になっているところ。葉っぱが一枚ついている、あそこから来ます」

位置を確認して、ライドさんは馬の向きを少し変えた。

銃を撃つのに私が邪魔にならないようにしたのね、多分。

セスさんとジェリーさんも距離を調整して狙いを定めているわ。

「よし、カウントしろ」

セスさんの声は大きな声ではないのによく通る。

「カウントします。10、9、8」

あん?

「ジェリーさん、少し右に移動して! 5、4」

よく分からないけれど、尻尾の蛇からなんか出るわ。

「ーっ」

ジェリーさんは素早く馬を動かして、銃を構え直した。

微かに足音が聞こえる。獣の荒い息遣いも聞こえてきたわ!

「3、2、1、0!」

「ぐぁあおうぅぅ!!」

うわ、怖っ!!

高さのある塀を飛び越えて来たビーストは迫力満点!

思わずライドさんにしがみついてしまった。


ライドさんはまるで予想していたように小さく笑って、それから引き金を引いたの。

馬の上でしがみついてしまったのに、ぐらっともしないで銃が撃てるなんて、体幹がものすごく鍛えられているんだわ。

うん? やだ。ちょっと待って?

…よく考えなくても私、ひどく邪魔してしまったわよね?

やばいわ。これは、やばい。

背中を冷や汗が流れ落ちたのが分かるほどよ…!

どうしよう?

しがみついたまま固まっていたら、ぽんと優しく頭を撫でられたわ。恐る恐る顔を上げてみたの。そうしたらライドさんは優しく微笑んでいた。

ほっ。

良かった。怒ってないみたい。


ずしん、と重たい音がして、見るとビーストが横倒しになっていたわ。密かにパニックになっている間に退治は終わったみたい。セスさんがきっちりとどめを刺してジェリーさんに目で合図すると、ジェリーさんは昼花火のような音だけの花火を打ち上げた。号砲っていうのかしら。運動会の朝みたい。


「今のは?」

訊ねると、

「ビーストを倒したことを知らせる合図だ。今日のように多くのハンターが一頭のビーストを駆除するときに使う」

って、ライドさんが教えてくれたわ。

なるほど。

他のハンターさんに終わったよってお知らせするわけね。

すぐにハンター協会のひとがやって来てビーストの死骸を確認していたわ。その後、簡単な事務手続きを終えて、私たちはホームに帰ることになった。


ビーストを退治することは出来たけれど、そのビーストによるレイの街の被害は甚大で、亡くなった方も何人もいるそうよ。

街を出るときに、避難している街の人たちを見たわ。

小さな子供たちだけで集められているテントが目に入って、泣いてる子や不安そうに身を寄せ合う子たちの様子に、胸が痛んだ…。



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