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夢の中

夢を見た。


この世界に足を踏み入れたときの夢を。


今いる場所がどこなのか分からなくて、どうしたら帰れるのか分からなくて、心細くて心細くて恐ろしくて。

助けを求めることすら出来なかったあの日。


差し伸べられた、手があった。

大きくて暖かな手だった。

助かったのだと思えた。

あの安堵感をきっと私は忘れない。



「おはようございます、ヨツバ様」


パールさんがいつも通りの明るい笑顔でカーテンを開ける。

日の光が白く差し込んで、目に眩しいわ。


「おはよう、パールさん」


「今日はブラッドリー殿下が出張から戻られる日ですね。ドレスはこちらでいかがですか?」


勧めてくれたのは、淡いブルーのワンピースドレス。私の好きな、シンプルなデザインだけど、細かい刺繍が施された手の込んだドレスよ。


「ありがとう、それにするわ」


着替えて、髪を結ってもらって、部屋で簡単に朝食を済ませると、時間を見計らったようにドアがノックされた。


セスさんのお迎えね。

ブラッドリー王子は午前中に戻られるそうで、今日はブラッドリー王子の執務室で待機するように言われているの。


セスさんはおめかしした私を見て少し微笑んだわ。

私も笑顔を返して、一緒にブラッドリー王子の執務室に向かった。




『あいつは気づいていたのか…』


そうだろうな、と独言(ひとりごち)て、ジャン・リード様はため息をつく。

ちょっと誤解を与えたかもしれない。ジャン・リード様の早とちりとも言えるけれど。

でも、私は少し考えて、詳しくは話さずに「なにがあったのですか」、と尋ねたわ。


『あの銃は、調整が必要そうだとブラッドリーが言っていたから預かったんだ。整備が済んで返したんだが、違和感を覚えて再度整備を確認するよう別の者に依頼した。再整備せずに渡していたらと肝を冷やしたよ。再整備前は暴発したかもしれなかったからね』


『…整備をしたのは?』


『………ヴァイス・ボニーだ』


『………………』


少し沈んだジャン・リード様の表情を、言葉がでなくてただ見つめたわ。


ブラッドリー王子の銃に細工をしたのはヴァイスさんだった…?


ジャン・リード様はヴァイスさんのミスを指摘し、注意した。ヴァイスさんは神妙に二度と無いよう気を付けますと言ったそうだけれど。


目を掛けている若者のそのミスが、とても気になっていたそうなの。

明るく快活でお調子者にも見えるヴァイス・ボニーさん。

そのミスは、全く、彼らしく無いものだとジャン・リード様はおっしゃった。



「セスさん、今夜のことで相談したいことがあるんです」


私は、視えている今日の出来事をセスさんに話した。




「ただいま、ヨツバ」


「おかえりなさい!」


予定通りの時間に帰って来たブラッドリー王子を笑顔で出迎える。

ふわりとハグを交わして見上げると、ブラッドリー王子も笑ってくれたわ。いつもの凛々しい頼もしい笑顔。ふふ、大好き。


「爆発に巻き込まれたんだって? 怪我は本当に無いのか?」


「大丈夫です。ジャン・リード様に助けていただいたので」


「ジャンが? そうか。後で俺からも礼を言っておくよ」


ぽんぽんと私の頭を撫でて少し離れると、ブラッドリー王子は警備隊の上着を脱いで控えていたリーさんに渡したわ。

リーさんはその上着をハンガーに通してからラックに掛けていたのだけれど…。


「…………?」


なんだろう。なにか引っ掛かる。

あの上着に、なにか…。


「ところでヨツバ。今日はヨツバにいい報告が出来るかもしれない。楽しみにしておくといい」


でもまだ秘密、と悪戯っぽく微笑むブラッドリー王子に、私の意識は持っていかれてしまったわ。


いい報告。なんだろう。お土産かしら。美味しいものかな?

楽しみね、わくわくしちゃう。


それから、久しぶりにブラッドリー王子、ジェリーさん、セスさん、私の4人でランチを食べたわ。

食べながら、私はセスさんに話したことをブラッドリー王子とジェリーさんにも話して聞かせた。


「食事中の話題にふさわしいとは思えない内容だね。君らしいけど」


ぶす、っと膨れつつジェリーさんが言う。


「だって、そんなことで食欲が無くなっちゃうほど繊細では無いでしょう?」


ジェリーさんのその反応。なんだか懐かしいわ。楽しくなってつい笑っちゃったら、ますます膨れられてしまったけど。



ランチの後、ブラッドリー王子は慌ただしくお仕事に向かったわ。

忙しいのね。

ブラッドリー王子の帰りを待ちわびていたひと達がたくさんいるみたいで、執務室には何人かのひと達が書類を抱えて待っていたの。


お仕事に関しては、残念だけれどお手伝い出来ることは何もないのよね。


さて、私は大人しくお部屋に戻ろうかしら。


「セスさん、ではまた。後で」


「ああ。いや、ちょっと待て。一緒に…、あ? 何だ? その件はさっき…」


どこかから通信が入ったみたい。

ひらひらと手を振ると、セスさんはちょっと難しい顔をしたけれど、通信相手の話に耳を傾けているうちに私は廊下に出た。


いいお天気。

ブラッドリー王子は変わらず元気そうだったし、気分は上々。

いい報告、が何かは気になるけれど、後で教えてくれるみたいだし、楽しみは後に取っておくと考えれば待つのも楽しいわ。

あらあら。空が青い。なんだか、真っ直ぐお部屋に戻るのは勿体無いくらいの陽気よ。

少し、お散歩していこうかしら。


王宮内の一角。グリーンガーデンと呼ばれるここは、花ではなくさまざまな種類の観葉樹が植えられているの。


濃い緑の葉が太陽の光に艶やかに光って、とても生命力に溢れたお庭なのよ。

すごく元気なパワーがもらえる気がするわ。

今日は元々元気だから、元気が余っちゃうかもしれないわね。


守護者(セイバー)様…?」


聞き覚えのある声。

振り返ると、そこには明るい笑顔があったわ。


「ヴァイスさん。こんにちは。休憩時間ですか?」


お昼休みかしら。

警備隊のみなさんは、その日の業務によってお昼休みが交代制だったりするのよね。


「僕は今日、午後は休暇なんですよ。こんなところで守護者(セイバー)様と会えるなんて嬉しいなぁ」


「あら? 何かご用でしたか?」


「んー、用ってほどでも無いんですけど、見てもらいたいものがあって」


ヴァイスさんははにかんだように笑ったわ。

見てもらいたいもの。何かしら?


「私も午後は時間があるんです」


「本当っすか! やあ、今日はラッキーだなぁ! じゃあ、早速いいっすか?」


嬉しそうににかっと笑って指差す方へ連れ立って歩いて行くと、そこには沢山の植木鉢が並べられていたの。

植えられている植物はみんな同じみたい。

独特の昆布みたいな葉の形。見たことあるわ。

ひとつひとつの鉢に大きな蕾がついている。これって…。


「月下美人、ですか?」


「そうです! ご存知ですか?」


「ええ。元の、私の家でも父が育てていました。夜に咲くんですよね?」


「はい。今夜あたり咲くと思うんですよ。これ、見てください。ちっちゃいけど、ちゃんと蕾、ついてるんですよ」


本当。他の鉢より二回りは小さいけれど蕾がついてるわ。かわいい。


渡された鉢を両手で持って、小さな蕾に顔を寄せる。ミニチュアのような可愛らしさに顔が笑ってしまうわ。


花開くのが楽しみですね、そう言おうと顔を上げたとき、かしゃんという高らかな金属音とともに私の手首に手錠状のものがはめられたの。


「え…?」


思わずヴァイスさんの顔をじっと見ちゃったわ。

ヴァイスさんはにこにこ笑っているのよ。とても、楽しそうに。


「あ、植木鉢はもらいますね。落としたら割れちゃうんで。さあ、守護者(セイバー)様、こちらへどうぞ」


そこには小さな小屋があったのよ。

小屋と言っても趣のある休憩所のような感じ。そうね、イメージは田舎のバス停みたいな、一方の壁が無くて、三方の壁の内正面奥と右側には壁に沿ってベンチが置かれ、左側は作業台があるわ。


ヴァイスさんは私を奥のベンチに座らせたの。

そうしたらね、並べられた鉢が綺麗に見えたわ。とても考えて配置されていることがよく分かる。花が咲いたらロケーションは素晴らしいと思うわ。


この手枷が無ければ、ね…。


「あのう、ヴァイスさん?」


「なんすか? ああ、今飲み物用意しますね。ちょっと待ってて下さい」


ええと、ありがとうございます?

ちょうどね、喉が乾いたなー、なんて思ってはいたのよ。

あー…。アイスカフェオレ?

どちらかと言うと、ブラックコーヒーの方が。あ、いえ。なんでも…。いただきます。


「あのう、ヴァイスさん?」


「心配無いですよ。ちゃんとジャン・リード様が助けに来てくれますからね。安心して待っていて下さい」


「ジャン・リード様が?」


安心して待て、とは?

でも、私に危害を加えようという気はないみたい。

私は自由にならない手でアイスカフェオレを少しだけ飲んだ。


「ヴァイスさんは、ジャン・リード様が大好きなんですね」


ヴァイスさんはにこにこ笑顔をさらににこにこにして大きく頷いたわ。


「ジャン・リード様はすごいっすよ。カッコイイし、優しいし、包容力が半端ないし。俺、警備隊入ったばかりの頃、でっかいミスしちゃって。すぐにクビになるのかなって落ち込んでたんすけど、ジャン・リード様がフォローしてくれたんですよ」


ヴァイスさんは少し離れたところに座ってにこにこと話し続けた。


「俺んち、普通の家庭ですけど、親父が身寄りのない子をどんどん預かってきちゃうんで金が必要で。ここの仕事は給料が良いんで、ほんと、助かりました。そのときから、ジャン・リード様は俺のヒーローです。絶対、幸せになって欲しいんです」


話しながら、ヴァイスさんは捲っていた上着の袖を元に戻している。私は見るともなしにそれを見ていた。


「幸せに…?」


「そうです。ジャン・リード様は本当にカッコイイです。前の爆発のときも、守護者(セイバー)様を咄嗟に庇う姿は惚れ惚れしました。あのときは、守護者(セイバー)様はすごくびっくりしていたからあんまり分からなかったでしょ? 今日はちゃんとジャン・リード様のカッコイイところ、見ていて下さいね。きっと、守護者(セイバー)様もジャン・リード様のこと、好きになりますよ」


好きに…。

先日もそんなことを言っていなかった?


「私、好きなひと、いますよ?」


「ブラッドリー殿下ですか? 本当にあのひと、邪魔ですよねー」


「…………………」


「いなくなれば良いと思うんですよ。そうすれば、ジャン・リード様の素晴らしさに、きっとみんな気付くはずです。だって、本当に素晴らしいんですから! 守護者(セイバー)様も、そう、思うでしょう?」


ヴァイスさんはその後もジャン・リード様がいかに素晴らしいかを話し続けたわ。


やがて空は暗み始め、月下美人の花の香りが漂い出した。


楽しそうに話し続けるヴァイスさんを見つめながら、ふと、今朝見た夢を思い出していた。

この世界に来た日の夢。

その日、ブラッドリー王子に出会った。

出会って、そして、ブラッドリー王子が血塗れで倒れる未来を視たんだわ。

あのとき…。ブラッドリー王子を傷つけたその手は、ブラッドリー王子が着ていた服、あのときは軍服だと思っていたけれど、それとよく似た袖の服を着ていた。


そう、ヴァイスさんが着ている上着と同じ…。


「ヴァイスさんの着ている制服は、袖のデザインが他の方と違っていますね…?」


怖い。視える未来が。あのときと同じ、未来が視える。


「これは、整備士用の制服ですよ。有事に求める人材が見分けられるようになってるんです。医療班もそれと分かるデザインになってるんですよ」


「そう、なんですね」


「あれ、もうこんな時間だ。おかしいな。そろそろなのに」


時計を確認して、ヴァイスさんが立ち上がる。

首を傾げながら小屋の外を覗いて、おかしいな、とまた呟いた。


「ひょっとして、守護者(セイバー)様、何かしました?」


戯けたように笑う、その表情はピエロみたい。


「あなたがこの小屋の周りに仕掛けた爆弾は、爆発しません。ここは既に警備隊に囲まれていますよ。投降してください」


会話も全て、聞こえるようになっているわ。


どきどきと、心臓が高鳴る。

ヴァイスさんの企みは成功しないのに、未来が変わらないのはどうしてなの?


「なぁんだ、そっかぁ。どうりで守護者(セイバー)様、落ち着いてるなぁと思いました。どうして分かったんです?」


「昨日、あなたがこの小屋の方へ向かって歩いていくところを見ました」


ジャン・リード様を訪ねたとき、見かけたヴァイスさん。

私はあの後、ヴァイスさんがこの小屋の周りに何かを設置するのを視たの。

すぐにセスさんに確認してもらったわ。

設置されていたものは爆弾だった。威力はそれほど大きいものじゃないそうよ。そしてそれは、ビアンカさんの開発室で爆発したものと同じ作りのものだと聞いたわ。


「開発室で爆発が起こったのは偶然ではありませんね?」


ヴァイスさんは相変わらず笑顔を浮かべたまま肩を竦めたわ。


「出会いを演出したんですよ」


「出会い?」


「ジャン・リード様と守護者(セイバー)様の運命の出会いです。ドラマティックだったでしょう?」


演出…?


「ジャン・リード様が、怪我をされるかもしれないのに?」


眉間が寄ってしまうわ。

ヴァイスさんはジャン・リード様を大切に思っているのではないの? なぜ、危険に晒すようなことをするのだろう。


「やだなぁ。たくさん話したでしょ。ジャン・リード様はすごいひとなんです。運動神経も抜群なんですよ。あれくらいで、怪我なんかなさるはずはないじゃないですか」


「……………」


「今日も爆発の中守護者(セイバー)様を助けるジャン・リード様の素晴らしい活躍を見せようとしたのに、台無しです」


大袈裟にため息をつく様子に、空恐ろしいものを感じたわ。


《突入する。ヨツバは奥の隅に移動しろ。いくぞ、3、2、1、…》


ヴァイスさんの異様な言動に、ブラッドリー王子は突入を決めたみたい。

合図とともにヴァイスさんの立つ背後の壁が音を立てて倒れ、同時に複数の警備隊のひとたちが駆け込んできた。


私は指示に従って隅に避けようとしたわ。

だけど…。


だめ。このままじゃ、ブラッドリー王子が…!


ヴァイスさんは両手を上げて、大人しく捕まった、かに見えたわ。


そのヴァイスさんを一瞥し、そばをすり抜けてブラッドリー王子が私の方へ来ようとする。

その瞬間。

捕縛しようとした警備隊の隙をついて、ヴァイスさんがブラッドリー王子に、どこに隠し持っていたのか短刀で斬りかかったの。


「危ないっ!」


振り返るブラッドリー王子と、振り下ろされる短刀の間に私は身体を滑り込ませた。


「ーーーーっ!!」


肉と骨を切る、嫌な音が背中から聞こえたわ。

途端に身体が重たくなった。まるで、鉄の鎧を着せられたみたいに。

ぐるりと視界が回って、上と下が分からなくなる。


「ヨツバっ!!!」


背中が、焼けたように熱かった…。


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