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名案

そのひとは、薄いピンク色のシンプルなドレスを着た若い女性だったわ。

お付きの人を伴って、不安そうな表情を浮かべている。


お客さんが来た、って気づいたカミラおばさんとギレルモおじさんの反応は素晴らしく早かった。

本当よ!

一瞬のうちにリンゴもコーヒーもキレイに片付けられて、整えた椅子にお客さんを誘導したの。とても自然にね!

その早技に呆気に取られちゃったわ。

ふふ。ありがとう、カミラおばさん、ギレルモおじさん。

あとでお礼をしなくっちゃ。


さて。久しぶりのお客さんよ!

張り切っちゃうわ!!


「では、どのような夢をご覧になったのか教えていただけますか?」

訊ねるとその女性は言いにくそうに上目遣いに私を見たの。

うん?

「夢は、見ていません」

「…はい?」

「夢は見ていないのですが、占って欲しいのです」

「……………」

夢占いだって言ってるじゃないですかー。見てない夢をどう占えっていうのよー?


まあ、実際は占っているわけじゃないけれど、予知の力で見た未来を、占いの結果だとしてお話したいのよね。

なのに、夢を見てないと言われてしまったら、夢占いに(かこつ)けることが出来ないじゃない?


でも…。

きゅ、と唇を閉じてじっと見つめられると、なんか無碍に出来ないわよね…。

何か困っているから来たんだろうし。


「どういうことか、お話を伺えますか? 私が夢占いをしていることはご存知なんですよね?」

女性はこくりと頷いたわ。

「存じ上げています。ですが、占い師、という方は専門以外にも色々な占いに精通していると聞きますし、助けていただけないかと思って参りました」


…痛いところを突いてきましたね。


確かに、激しくマイナーな占いをする方については分からないけれど、一般的な占い師さんは生年月日などを元に占う命占(めいせん)(占星術がこれに当たるわ)、タロット占いなどの卜占(ぼくせん)、人相占いや手相占いなどの相占(そうせん)を駆使して占うと聞くわ。


私も、占い師をするなら必要だと思って独学であれこれ勉強してみたのよ。仮にも占い師を名乗るなら、ちゃんと占いも出来なくちゃね。


だって、見えた未来に特別なことがなかったら伝えることが何もなくなっちゃうもの。

その場合のためにも、きちんと占いが出来た方がいいと思ったの。でも、難しいのよ。ちゃんと占いをすることはとても難しい。覚えなくちゃいけないこともたくさんあるわ。

うーん、困ったわね。


教本無しで占星術が出来るほどの知識はないし…。タロット占いだったら教本無しでも占えるけれど、肝心のカードが無いしね。


もっと、話術が巧みだったり、人生経験が豊富だったら上手にお話出来るのでしょうけれどね。

むーん。

とにかく話を聞いてみようかしら。


「ええっと。それでは、何をお悩みですか?」

どうしても、笑顔がぎこちなくなってしまうのは許して欲しいわ。だって、あんまり自信がないんだもの。

女性は微かに笑みを浮かべて話し始めた。

「実は、弟が家の仕事でマッカレルへ行くのですが、途中フラウンダーの森を抜けて行くと申しておりまして。森を抜けるのは確かに近道ですし旅費も少なく済みますが、最近その森でビーストの目撃情報があったんです。ここのところビーストにひとが襲われる事件が度々起きていると聞きますし心配で。弟は無事にマッカレルまで行けるでしょうか?」


あら? わりと私向きのご相談だったわ。ちょっと良かった。しかも、ビースト情報。

でもそんなに心配なら近道しないで安全な道を使ったら良いのでは?

「……………」

という疑問が顔に出てしまったみたい。

「あの。無事にマッカレルへ行けるなら、経費は少なく済むほうがありがたいんです。納品の期限もありますし」

言いにくそうにそう言われたの。

そうか。そうよね。コストは安い方がいいに決まってる。

…もう少し、ポーカーフェイスが出来ないとだめね、私。


弟さんが、無事に森を通れるかどうか、か。それなら弟さんを見た方が良いのだけれど。

この女性は明日も明後日もとても不安そうに過ごしている様子しか分からない。

「弟さんに、お会いすることは出来ますか?」

「はい。出発は明朝ですのでまだ家におりますわ。ご案内します」

というわけで、私はその女性のお宅に急遽行くことになったの。

女性の馬車に同乗させてもらって向かったわ。馬車の中で女性はアリー・クーリッジと名乗ったの。男爵家のお嬢様でクーリッジ家は紅茶の茶葉を製造販売する事業を行っているのですって。


弟さんはカイルさん。父親のクーリッジ男爵のお仕事を手伝うため渉外を担当されているのだそう。


アリーさんは楚々とした女性だけれど、カイルさんも爽やかなハンサムさんね。

アリーさんが私を紹介すると、とても素敵な笑顔で応対してくれたわ。

そして、クーリッジ家自慢の紅茶を振る舞ってくれたの。

「姉は心配しすぎなんですよ。ビーストの目撃情報はハンター協会に報告されていますし、ハンターたちが放ってはおきません。こんなところまでご足労いただいて申し訳ありませんね」

物腰の柔らかなカイルさんは渉外というお仕事に向いていそうね。

「でも! 目撃されたビーストはまだ退治されてないのよ!!」

アリーさんは拳を握って言い募るけれど、なんだか、そんな仕草も可愛らしいひとなのよね。

「ビーストが退治されたかどうかって、分かるんですか?」

「ええ。ハンター協会がビーストの目撃情報と退治情報を公表しますから。問題のビーストはまだ退治情報が出ていないんです」

ふうん。ハンター協会か。じゃあ、その情報はきっとライドさんたちも知っているわね。


「それでどうでしょう? カイルは無事に森を抜けられるでしょうか?」

アリーさんの問いかけに、カイルさんがため息をついたわ。

「まったく。姉さんはせっかちだね。まだヨツバさんは占いをされていないじゃないか。それに、ゆっくりお茶を楽しんでいただくのにビーストの話題は相応しくないよ」

「あ、いえ。私の占いは時間を頂かなくても出来る特別なやり方もあるんです。結論を言うと、森を通ったらカイルさんはビーストに遭遇します」

紹介してもらってすぐに見たの。カイルさんの馬車はビーストに襲われるわ。軽い怪我では済まないはずよ。


アリーさんは目を見開いて絶句してしまったわ。

カイルさんも、まさかと言いたげよ。

「っな! それは…。ですが、森を通り抜けたところにとても良くしてくれているお客さんがいるんです。そちらに商品をお届けに行くのに、安全と言われる大通りはとても遠回りになってしまいます。日数が倍かかってしまいますから、お茶会への納品に間に合いません」

「お茶会で使われるお茶を運ぶのですね?」

「そうです。新鮮なお茶を、と御所望いただきましたものですから」

そう。それは、間に合わないと困るわよね。

でも大丈夫。いい案があるのよ。


「どうにか、ビーストに襲われずに通過する方法はないでしょうか?」

眉間にぎゅっとシワを寄せたカイルさんに微笑んで、私は答えた。

「はい。では、カイルさんが森を通る前に、そのビーストを退治してしまいましょう」

「え?」


何を言ってるんだ、と言いたそうな表情のカイルさんに、にっこりと笑いかけて右のピアスのスイッチをオンにした。


「…ライドさん?」

呼びかけると数秒して深みのある柔らかな声が応答したわ。

〈ヨツバ? どうした?〉

数日ぶりのライドさんの声になんだか心が浮き立った。

「フラウンダーの森で目撃されたビーストの情報、ご存知ですか?」

〈ああ。まだ退治されていないヤツだな。それが出るのか?〉

あら。そうなのよ、ライドさん。察しがいいですね?


「はい。今、クーリッジ男爵家にお邪魔しているのですけれど、こちらの方が森を通る前に退治して頂きたいんです」

〈分かった。すぐに向かう。それまでそこで待たせて貰えそうか?〉

ピアスから聞こえるライドさんの声はアリーさんやカイルさんにも届いていたみたい。

見ると、2人とも頷いてくれていたわ。

「はい。大丈夫です」

〈では、後で〉

通信が切れた後、1時間ほどでライドさんはセスさんと一緒にやって来た。

アリーさんやカイルさんと美味しいお茶をいただきながら待っている間、不思議ね、すごく胸がどきどきしたの。


私、ライドさんに会えるのが嬉しいみたい…?


迎えに来てくれたライドさんは明るい笑顔を見せてくれたわ。明るくて力強くて包み込んでくれるような優しい笑顔。やっぱり、お兄ちゃんみたい。

お兄ちゃんよりも、ずっとイケメンだけれどね!


それから、ライドさんの馬に乗せてもらって3人でフラウンダーの森に向かったの。


フラウンダーの森を通る道はとても狭い道だったわ。

こんな道を馬車で通るの?

「この道は一方通行なんだ。逆方向に行く時は平行に通っている別の道を使う」

ライドさんがそう教えてくれたわ。でもそれって、途中でUターン出来ないってことよね?

帰るには一度向こう側に抜けないといけないんだわ。


あ!

「ライドさん、止まって」

「ん? ここか?」

ライドさんは馬を止めて当たりを見回す。

そう、明日ビーストが現れるのはここだわ。

そのビーストが今いる場所はどこか。

「向こうに行けますか?」

道を外れた森を指差すと、ライドさんは馬をそちらに向けた。

録画した映像を巻き戻すように、未来から()に向かって時を辿って行く。

右に左に背の高い木の間を縫うように進んで…。


「あ。いけない、やっちゃった」

まずいわ。

「どうした?」

「ごめんなさい。近づき過ぎちゃいました」

「なに…?!」

必死になって時間を追っていたら、「今」が目の前にあった。

「ビースト来ます。場所、特定できます。カウントしますね。10、9」

ライドさんが銃を取り出しながらセスさんに視線を送るとセスさんも厳しい表情で銃を構えた。

「8、7、6、十一時の方向、セスさんの正面です! 3、2、1、0!」


「っ!!」

さく、と草を踏んでビーストがのそりと姿を現した。

直後、ぱんぱん、と銃が鳴り、ビーストの頭部から血飛沫が上がる。

どちらもライオンの頭を狙ったようね。がくりと力を失くすライオンと対照的にヤギの頭が唸りを上げたわ。

怖っ。


だけど、ライオンの頭が機能しないと前足がうまく動かせないみたい。前のめりになりながら後ろ足で地面を抉るように蹴って飛びかかって来ようとするビーストは勢いがない。すかさず銃弾が撃ち込まれて、ぐらりと傾くビーストに、さっと馬から飛び降りたセスさんは腰にさしていた短剣で手際良くとどめを刺した。


ほぅ。

さすがだわ。ライドさんもセスさんも、とても射撃の腕がいい。

先に馬から降りたライドさんが、私を降ろしてくれたわ。

その様子を見ていたセスさんが低く唸るような声で言ったの。

「一体、どんな占いなんだ。ヨツバの占いは?」

え…?

「こんなに正確にビーストの居場所を見つけられるなんて、信じられん」

驚きと感心が混ざったような複雑な声音よ。

そうね…。占いとしてはちょっと変だったかしらね。

私の手を取ったままのライドさんも、なんとも言えない笑みを浮かべて私を見ていたわ。

相変わらず、優しい瞳ではあったけれども。


へにゃ、と笑って、

「企業秘密です」

と言ったら、ライドさんは微笑みを深くして、セスさんはため息をついた。


あはは。なんとなく、見透かされていそうでちょっと怖いわ。


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