真意
ビアンカさんの開発室はお片付けの真っ最中だったわ。
幸い、と言っていいのか、壁に穴が開いたり、屋根が吹き飛んだりしたわけじゃなかったので、お部屋自体はそのまま使えそうなのですって。
「ビアンカさん」
声を掛けると、スカーフでほっかむりをしたビアンカさんが私を見て微笑んだ。
「ヨツバちゃん。足下、気を付けてね」
「はい。これ、良かったらみなさんで召し上がってください」
持って来たのはジャン・リード様のもとに持っていったものと同じどら焼きよ。
たくさん買って来たから、たぶん皆さんの分足りると思うわ。
「あら、ありがとう」
ほっかむり。あんまり格好良くは決まらないように思えるけれど、ビアンカさんがすると素敵に見えるから不思議。
綺麗なひとは、どんな姿でも綺麗なのよね…。
ビアンカさんは周りのひとたちに休憩しましょうと声をかけて、私を片付いている方へ手招きした。
「おもたせで申し訳ないけれど、一緒に食べましょう?」
「はい、ぜひ」
そこにやって来たのは明るい笑顔の青年だったわ。
「こんにちは、守護者様! 姐さん、美味そうですね!」
そのひとはどら焼きの詰まった大きな箱を見て目を輝かせた。
「あんたはもう、鼻が利くんだから。ほら、ちゃんとお礼言いなさい」
「やった! ありがとうございます、いただきますっ!!」
私に向かってにこっと大胆に笑うとどら焼きにかぶり付く。
とても愛嬌のある男性ね。
「彼はヴァイス・ボニー。これでも若手の有望株なのよ」
苦笑しながら、弟を見守る姉のような瞳で彼を見て、ビアンカさんが紹介してくれる。
はい。存じ上げています。ヴァイス・ボニーさん。
おそらく、あの爆発を仕掛けたひとはこのひとだ。
私はにっこり笑いかけた。
「こんにちは、ヴァイスさん。ヨツバです。よろしくお願いします」
「こちらこそです。この間はあんなことになってすいませんでした。ちゃんとチェックはしてたんすけど。ジャン・リード様がいてくれて良かったです!」
「本当に。ジャン・リード様はよくこちらにみえるんですか?」
「そうっすね。ジャン・リード様の銃の整備を俺が任せてもらっているんで、わりとよく寄って行かれますよ。カッコイイですよね、ジャン・リード様」
「そうですね」
何気なく頷いたら、ヴァイスさんの顔が輝いたわ。
ちょっとびっくりするぐらいに。
「守護者様もそう思いますよね! 俺、ジャン・リード様と守護者様、お似合いだと思うんです!」
うん?
「ちょっと、ヴァイス。何言ってるの。ヨツバちゃんはブラッドリー殿下と婚約間近なのよ」
ちょっと意味が分からなくてきょとんとしていたら、ビアンカさんがそう言ってヴァイスさんを窘めたわ。
「えー。でもまだ決まってないですよね?」
「失礼なこと言わないの! ほら、もう一個あげるから向こうにお行きなさい。まったく、もう。ごめんなさいね、ヨツバちゃん」
しっしっ、とまるで犬を追い払うみたいにされて、ヴァイスさんはしょぼんと下がっていく。でも、どら焼きをもう一つ受け取ることは忘れなかったわ。
「いえ…」
へら、と笑って返しながら心の中で首をかげる。
ヴァイスさんは、ジャン・リード様推し…?
「あの日、ジャン・リード様はこちらに来る予定になっていらしたんですか?」
尋ねるとビアンカさんは首を振ったわ。
「とくにお約束していたわけじゃ無いわ。でも、わりといつもふらっと顔を出されるのよ。ヴァイスのこと、目をかけて下さって」
そうなの。
これはもう一度ジャン・リード様とお話しなければ。
とは言っても、何度も訪ねるのは失礼よね。というか、迷惑よね。お仕事されてるんだし。
どうしよう。
うーん、と悩みながらタカネさんのお店に行ったの。一休みしようと思って。
そうしたらね。視えたのよね。ジャン・リード様がタカネさんのお店にやって来ることが!
なんて、ラッキー。
私はセスさんに少し離れてくれるように頼んでお店に向かったわ。
「やあ」
私に気づいて、ジャン・リード様は少し驚いたよう。
「まあ、ジャン・リード様。タカネさんのお店にいらしたんですか?」
なんて、ちょっと白々しいかしら。
偶然ですね、って笑いかけたらジャン・リード様は照れたように眉を下げたわ。
「君が差し入れしてくれたどら焼きを買いにね。美味かったんで数人で食べてしまったんだが、食べ損ねた者から恨み言を言われてね」
「ふふ。そうだったんですね」
タカネさんのどら焼きは絶品だもの!
どら焼きはちょうど品切れだったけれど、少し待てば出来上がるとのことで、ジャン・リード様は店内で待たれると言ったの。
これはチャンスよ。
「ではご一緒に、かき氷でも食べませんか?」
すかさずお誘いしたら頷いてくれたわ。
よしよし。お優しいと評判の方だから断らないだろうとは思ったけれど、良かったわ。
「あの日? ヴァイスがいい部品が入ったからと連絡をくれたんだ」
今日のかき氷は白玉宇治金時。
濃いお茶の苦味と餡子の甘さがいい塩梅。とても美味しい。白玉ももちもちよ。
爆発のあったあの日、ビアンカさんの開発室に行った理由を聞いてみたの。
「ヴァイスさんが?」
「そう。ちょうど近くにいたからすぐに寄れたんだ」
そうか。あのとき、ジャン・リード様はヴァイスさんと話をしていたのね。
「ヴァイスさんは有望株だってビアンカさんも仰っていました。優秀な方なんですね。ジャン・リード様も銃の整備を任せていらっしゃるとか?」
「…ああ。腕は確かだよ」
あら?
「ところで、怒ってないのかな。気を悪くしたんじゃないかと思っていたんだけれど」
そう言って、悪戯な笑みを浮かべたの。
あらら。話を逸らされちゃった?
うーん。どうしようかしら。ここは一旦、ジャン・リード様の話に乗っておく?
「ジャン・リード様は、ブラッドリー王子のことが嫌いなのですか?」
これが一番の根本になる疑問なのよね。だからつい、するっと聞いちゃったのよ。
ジャン・リード様は目を丸くして吹き出したわ。
「ぷっ。直球だね」
「はあ」
私は肩を竦めて上目遣いにジャン・リード様を見つめた。
だって、遠回しに、とか誘導尋問的なこと、上手く出来ないんだもの。
「そうだな。答える義務はないけど、気分を害したお詫びに答えようか。嫌いじゃないよ。尊敬してるし、そういう意味ではむしろ好きだ。ブラッドリーは俺の理想を体現している男だからね。憎らしいくらいだよ」
ぱちくり。
尊敬していて理想で憎らしい…?
「理想…、ですか?」
「そう。国民に慕われ、部下に信頼され大事にされて、自身は己の信念を貫いている」
ジャン・リード様は、少し遠い目をしたわ。
「子供の頃から一緒に遊び、学んできた。成績もほとんど変わらない。よく比べられたけれど、劣等感なんて感じたことはなかった。本当だよ。ブラッドリーと比べて劣っているなんて思ったことはないんだ。あいつに出来ることは俺にも出来ると信じて疑わなかった。だけど、気が付いたら、あいつは立派な「王子」になっていて、いつの間にか一歩も二歩も前を歩いている」
ジャン・リード様は伏し目がちに唇だけで笑みを作った。
それはとても寂しそうな笑みだったわ。
「初めて違いを感じたよ。俺は王子ではないからね。手に入れられると思っていた理想の姿。だけど、それを手にしているのはあいつで、俺はただ、羨ましく眺めているだけだ。あいつのことを決して嫌ってはいないよ。でも、俺が手に入れられない理想、そのものであるあいつを近くで見るのが今は辛い。いつか取って代わってやると、思ったこともあったけどね」
諦めたようなその言葉を、私はどこか冷めた気持ちで聞いていた。
申し訳ないけれど、ひとの悩みって理解し難いものがあるわ。だって、ブラッドリー王子を羨む必要、ある?
「取って代わってしまえばいいと、思いますけど?」
しゃくしゃくとかき氷をすくいながら言うと、ジャン・リード様はわずかに目を眇めたわ。
むっとしたみたいに。
「あいつは王子で俺は王子じゃない。簡単には出来ないよ」
そりゃあ、簡単には出来ないでしょうね。ブラッドリー王子だって簡単に叶えているわけじゃないと思うわ。
「国民に慕われ、部下に信頼され大事にされ、己の信念を貫く。ジャン・リード様の理想に、「王子である」ということはまったく必要のないことだと思います」
「…………………」
「ブラッドリー王子が国民から慕われるのは、ブラッドリー王子自身が国民を慕い、国民の目線でものを考え行動するからです。部下に信頼され大事にされるのは、ブラッドリー王子自身が部下を信頼し大切にしているから。信念を貫けるのは心の強さからでしょう。「王子」でなければ出来ない、なんてことはひとつもありません」
そうじゃないかしら?
ジャン・リード様はじっと私を見ている。
私は穏やかに見返して、にっこり笑って見せた。
「ブラッドリー王子よりも国民を慕い、国民のために行動されてはいかがでしょう? きっと、国民のみなさんもジャン・リード様を慕い頼りにし、ジャン・リード様を大好きになります。ジャン・リード様にも部下はいるでしょう。ブラッドリー王子よりももっと部下を信頼しもっと大事にしたらいいと思います。より良い上司として、部下のひと達もジャン・リード様を讃えるようになるでしょう。もちろんそれは甘やかすという意味ではありません。ジャン・リード様が良いと考えるやり方で行ってみたらよろしいかと。それはそれは大変なことだと思いますけれど、簡単に叶えられることを理想に掲げたりはなさらないでしょう?」
ジャン・リード様は深くため息をつくと苦笑した。
「まったく、君は本当に強いひとだ。君の目には、俺は怠け者に映るのかな」
若干…?
でも、流石にそうとは言えないわね。すでに言いたい放題言ってしまっている気もするけれど。
「そんなことはありませんけれど、きっとやれば手に入れることが出来るのに、出来ないと思い込んでやらずにいらっしゃるのは残念だなと思います」
「そうか…。ブラッドリーには勿体ないな。さっき言ったことは適当な意地悪で言ったわけじゃないよ」
さっき。アレね。そうなのでしょうね。意地悪じゃない。本気でそう思っているのでしょう。
私に対する印象が少し変わったのか、さっきは見えなかった同情の色が瞳に浮かんでる。
私は変わらず穏やかにジャン・リード様を見つめ返した。
「その真意も、伺いたいと思っていました」




