曖昧
ジャン・リード・ロチェスター様はブラッドリー王子と同い年の30歳。
文武両道に秀で、人柄も良く、穏やかな性格でいらっしゃるそう。
「ブラッドリー殿下とよく比べられるけれど、学業も剣の腕前も殿下に勝るとも劣らない優秀な方よ」
「学院生時代もよく競われていらしたけれど、勝ったり負けたりで実力拮抗、という感じでしたわ」
「勝ったり負けたり、は剣武大会でもそうでしたわね〜。私、毎回見物するのが楽しみでしたわ。お二人とも剣技が本当に美しくて」
「ここだけの話ですけれど、貴族の女性たちには殿下よりもジャン・リード様の方が人気でしたね」
「気さくに話してくださるとは言え、殿下はやはり王子だもの。殿上人には手が届かないけれど、ジャン・リード様ならもしかしたらと期待する令嬢が多いのでしょ」
「国民からの人気は圧倒的にブラッドリー王子の方がありますけれどね」
「それはほら。やはり殿下は王子として公の場に出ることが多いから。知名度はどうしたって殿下の方が高いもの」
「最近はお仕事の兼ね合いでご一緒されているところをお見かけする機会は減りましたけれど、仲はとてもよろしいと思いますわ」
ブラッドリー王子とジャン・リード様は仲が良い。
聞く限り、確執などは無さそう。
例えば、成績や武術剣術などで敵わなかった経験があって鬱屈したものを抱えている、とかがあれば。
その暗い思いを晴らすために嫌がらせや危害を加えようとしたりする、なんてことも考えられたけれど。
そういうことは、無さそう、よね?
ならばなぜ、ジャン・リード様は、ブラッドリー王子の銃に細工しようとしたのかしら…。
「何を考えている?」
そう問いかけられて、思考に沈みそうな意識が浮き上がった。
視線を向けると、セスさんはじっと私を見つめていたわ。
あの爆発事件以来、セスさんは私の護衛についてくれているの。
大丈夫って言ったのだけれどね。
あの爆発は、単なる事故とは判断し難く、誰かが誰かを狙ったものだとしたら、狙われた誰かは私かもしれないから、というのがその理由。
私を殺して得をするひとなんていないと思うのだけれどね。
だけど。
「ねぇ、セスさん。ブラッドリー王子を恨んでいるひとっているかしら」
「…………………」
もし。
ジャン・リード様にはブラッドリー王子に危害を加える動機が無い。
この仮定が正しかったとして。動機の無いジャン・リード様がブラッドリー王子に危害を加えようとするのはどんな場合だろう。
恩のあるひとがブラッドリー王子を恨んでいたり憎んでいたりするとしたら?
そのひとの為にブラッドリー王子を手にかける、ということは考えられる?
「ブラッドリーを恨んでいる人間が、いないとは言えない。逆恨みということもあり得るからな」
逆恨み…。そうね。
ブラッドリー王子は立派なひとよ。けれども、逆恨みされる可能性は否定できない。
良かれと思ってしたことが、裏目に出てしまうことは誰にでもあるし、ブラッドリー王子は立場上厳しい判断をしなければならないときもあるもの。
ジャン・リード様とお話したいな。
どんな方なのか、ちゃんとお話して知りたいわ。
これ以上は考えても埒があかない。
そう思ってジャン・リード様に会いに行くことにしたの。
もちろん、ちゃんとアポイントは取ったわ。
爆発のとき、助けて貰ったお礼、という名目でね。
「わざわざ足を運ばせて、却って申し訳ないね」
「とんでもないです。先日は本当にありがとうございました」
王宮護衛軍の敷地は王宮の中の一角にある。
全貌はいろいろな理由で公開されてないけれど、面会を申し入れたらこちらの中庭にあるガーデンカフェに通されたの。
手土産はタカネさんのお店のどら焼きよ。
甘いものがお好きだと良いのだけれど。
「君はマヨイビトなんだろう? こちらの生活はどうかな、慣れた?」
面差しは似ているけれど、声はあまり似ていないかな?
落ち着いた低音ではあるけれどジャン・リード様の声は明るくて楽しげ。ブラッドリー王子の声は甘やかな艶がある。
「はい。みなさんに親切にしていただいているので無事に過ごせています」
「親切、ばかりでは無かっただろう? ビーストを狩りながら過酷な旅をしていたと聞いているよ。王宮に来てからもトラブルがあったようだし。それなのに、君は強いね」
健康的な笑顔、という表現が適当かは分からないけれど、後ろ暗いところがあるようには思えない爽やかさ、明るさ。
そうよね。ブラッドリー王子憎しで私を狙う、という可能性も考えられなくはないけれど、あのとき助けてくれたのは他でもないジャン・リード様だし。
だけど。このひとがブラッドリー王子の銃に細工をする理由。今後またそんなことが無いようにするには、その理由がなんだか分からなければ、対策の仕様がないわ。
「君と、話をしてみたいと思っていたんだ。だから今日は来てくれて嬉しいよ。俺に、君の世界のことを教えてくれないか?」
「私の世界のこと、ですか?」
「そう。俺の母親はマヨイビトだったんだ。随分前に亡くなったけれどね」
「お母様が? 初耳です」
「母が此方に渡ってきたのは10歳の頃だったと言っていたよ。迷子になったことは分かったけれど、世界が違っているとは思わなかったと。母は子供に恵まれなかった公爵家の養女になって、此方で公爵家の令嬢として育ち、大人になってマヨイビトの存在を知って、自分もそうだったのではないかと思うようになったとね。だから、母がマヨイビトだと知っている人間はほとんどいないんだ」
そう言って笑うジャン・リード様は無邪気にも見えて、笑みを誘われる。
なんだか、人懐っこい方ね。
女性に人気がある、というのが頷けるわ。
元の世界の話、か。
お母様は、どの時代のひとだったのかしら。
「母が迷子になったとき、家族でカマクラを作って遊んでいたんだと言っていたんだ。ユキと言うものに夢中になっているうちに家族と逸れた、と」
「かまくら! 北の方にお住まいか、旅行をされていたのかも知れませんね。雪でひとが入れるくらいのドーム型の小部屋を作って、確か、水神様だったかな? を祀る行事です。私も、小さいときは憧れました」
「神様を祀る行事が?」
「ふふ。子供のころは、その雪のドームの中で食べたり飲んだりして遊ぶものだと思ってたんですよ」
私の住んでいた場所ではかまくらが作れるほど雪は降らないから。ほんのちょっと積もった雪でかまくらを作りたいってゴネて、お父さんを困らせたわ。
「その、ユキっていうのは何だい?」
あら? 雪をご存じない?
空気中の水蒸気が凍って、その結晶が降ってくるんですよ。
「私、此方の世界に来てからまだ1年経たないのですけれど、冬はあまり寒くならないのですか?」
「そうだね。俺たちの感覚では冬は十分寒いけど、水たまりが凍ったりはしないね」
そうなんだ!
じゃあ、霜柱も立たないのかしら。
寒いのは得意じゃないからそれはそれで私的にはアリだけれど。
そうして1時間ばかりおしゃべりをしたわ。
よく考えたらお仕事中だったわよね、ジャン・リード様。
長居して迷惑だったんじゃないかしら。
「楽しかったよ。また、話を聞かせて欲しいな」
だけどそう言ってくれたの。
うん。良いひとだわ。
出口まで送ってくれたジャン・リード様は、扉を開きながら言った。
「ところで、ブラッドリーと婚約するのか?」
「ええっと…、はい」
「そう。君がそれを望んでいるなら止めはしないけれど、ブラッドリーは君を愛してはいないよ」
え…?
「ではね、また」
私を送り出すジャン・リード様は相変わらず爽やかに笑っていたわ。
「どうだった?」
王宮護衛軍の施設の入り口で待っていてくれたセスさんがちょっと首を傾げて言ったわ。
どう、って。
「とても良いひとでした」
あのひと言が無ければ。
「…そうだろうな」
うん? なんか、微妙な間があったような?
「なにか?」
「いや。ジャン・リードは間違いなく「良いひと」だ。ブラッドリーも信頼してる。学院生時代は、彼も警備隊に入ってブラッドリーと共に国内の治安維持を担うのだとそう思っていた」
王宮の居住エリアに戻る道々、セスさんの話を聞いた。
学院を卒業して仕事に就く、という段になってジャン・リード様は王宮護衛軍に所属することになった。
それにはお父上の意向や、優秀な人材を必要とする護衛軍側の事情もあったようだけれど…。
「あの頃から、少し距離を感じている」
距離。
学生の頃は毎日のように顔を合わせ切磋琢磨していたひとが、距離を取る。
うーん。なんだろう。
理由があるのか、単にお仕事が忙しいからなのか。
あら?
「ねえ、セスさん、あのひと…」
「ん? ああ。あれは警備隊のヴァイス・ボニーだ。なにをやってるんだ、こんな所で」
ヴァイス・ボニーさん、ね。
急いでどこに向かっているのかしら。
そのひとが姿を消した方向をじっと見ていたら、セスさんが珍しくため息をついたわ。
「明日になればブラッドリーが出張から戻ってくる。頼むから、大人しくしていてくれ」
やだわ、セスさんったら。
私だってブラッドリー王子に心配かけたくないもの。ちゃんと大人しくしているわよ?
私はにっこり笑顔を返した。




