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後悔

「お疲れ様でした。本日の相談者は今の方でお終いですわ」


占い相談用に用意してもらったお部屋は、ブラッドリー王子の執務室の向かい。

警備隊員でもあるリー・コッタさんが女中スタイルでお手伝いしてくれるの。


うーん、と伸びをしてほっとひと息。


相談者は予約制になっていて、多くても1日5人までと決められているの。

私が無理をしないようにと気を使って下さったようなのよ。過保護よね…?


「リーさん、一緒に水まんじゅういただきましょう?」


「ありがとうございます。ご相伴にあずかりますわ」


リーさんはにこっと笑うと手早く水まんじゅうと緑茶を出してくれたわ。


この水まんじゅうはね、今日の相談者のひとりが差し入れてくださったのよ。私がタカネさんのお店の常連だと知って、タカネさんのお店で買ってきてくれたのですって。


「いただきます」


美味しい。タカネさんの作るものは本当に何でも美味しいわ。


「ヨツバ様は、どうしてそんなに一生懸命、人を助けようとなさるんですか?」


リーさんは、切れ長の瞳のすっきりとした美人さん。背が高くてスタイルが良くて、お姉さんって感じのひとなの。


「先日は本当に驚きました。相談者の方のお子様が川で事故に遭いそうだから気をつけるように助言した後、心配だからと翌日その川に行き、結局溺れてしまったお子様を自ら川に飛び込んで助けようとなさるなんて。あのときは本当に肝を冷やしましたわ」


やんちゃな子供を見守るような優しい微笑み。だけど、その瞳はもうやめて下さいねと言っていたわ。


「あのときは、気を付けますと言ってくれたけれど、占いの結果が変わる気配が無かったから。分かっているのに助けなかったら後悔するわ。教えてあげたのに気を付けないひとが悪い、とはとても思えないもの」


「お優しいのですね。でも、次からは私に申し付け下さい。万が一、ヨツバ様が怪我をされたら私が大将やオハラ中尉に怒られてしまいますわ。ナイト少尉に睨まれたらそれだけで息が止まりそうですし、私のか弱い首は簡単に飛んでしまいますわ」


少し戯けた風にリーさんが言う。

そんなことにはならないと思うけど、心配してくれてるのが分かるから大人しく頷いておくわ。


大将、中尉、少尉。

警備隊のひとは、階級で呼ぶのよね。

ブラッドリー王子が大将で、ジェリーさんが中尉、セスさんが少尉。

少尉…、と言えば。

子供の頃、「しょうい」と呼ばれるひとが出てくるアニメを見たわ。あの頃は、「しょうい」という名前なんだと思っていたものだった。


「後悔しないように、という行動原理はとても良いと思いますわ」


リーさんが、褒めるようににっこり微笑む。

私は、目を逸らしてしまった。


「ヨツバ様…。ねえ、ヨツバ様。出来ることを一生懸命にやろうとすることは素晴らしいことだと思いますわ。見習いたいと思いますし、これからも是非、お手伝いさせて下さいね」


きっと、リーさんは気付いたと思う。私が、後悔していることがある、ということを。


後悔したくないから。


それを貫けたらどれだけ良かっただろう。

だけど、心の弱さが、少しの甘えが、怠慢が、「頑張ること」を妨げる。

だって、頑張るって大変だもの。辛いことも苦しいこともある。しかも頑張ったからって報われるとは限らないのよ。


頑張らない方が、楽ちん。


だけど、頑張らなかった結果の後悔はとても重たい。

心の奥底にずっと沈み込んで、見えないところで心を揺さぶる。


あのとき。

もっと強く止められていたら。

上手な言い回しが出来ていたら。

いいえ。

私はあのとき、試みることさえ放棄してしまったんだわ。




『今日も練習するの?』


『もちろんよ。大会は来週だもの!』


『えっと、今日だけ、休んだらどうかな。頑張りすぎるの、良くないんじゃない? ほら、疲れが溜まっちゃったりとか?』


『ちゃーんと考えてるわよ! 最後の大会だもの。絶対いい結果を残したいの。じゃあね!」


『………………』




「…ヨツバ?」


はっと顔を上げると、穏やかな微笑みが私を見つめていた。

どこか心配そうに眉が下がっている。


「ごめんなさい」


話、全然聞いてなかったわ。

俯くと、ブラッドリー王子がくすりと笑った。


「萎れているヨツバも愛らしいと思うが、やはり、好きなひとには元気でいて欲しいものだな。どうしたら、元気になるかな?」


ブラッドリー王子はにこにこと私を眺めて言うの。

最近、夕食はブラッドリー王子と取ることが増えてきた。お仕事の都合で時間が合わなかったり、ご家族で召し上がることも多いから、いつも、というわけにはいかないのだけれど。


今夜は本当は一緒に食べる予定じゃなかったの。でも、夕方誘ってくれたのよ。

仕事が早く片付いたから、って。


なかなか食事が進まない私を見て、ブラッドリー王子は笑みを浮かべたまま首を傾げた。


「…コッタ軍曹が、余計なことを言ってしまったようだと気に病んでいた」


「リーさんは悪くないわ」


「そうか。少し、外を歩こうか」


ブラッドリー王子がお気に入りの、テラス席のあるレストラン。テラスから直接外庭に出られるようになっているの。美しく手入れされた花々がライトアップされたお庭を2人でゆっくりと歩いた。


今夜の月はとても細い。

月が身を潜めているから星の輝きが強く見えるわ。

薔薇の香りかしら。

甘い、いい匂い。


整えられた花壇の前。足を止めたブラッドリー王子がそっと私を抱きしめた。


「俺を信用できる、ヨツバ?」


ブラッドリー王子?


「もちろん、信用してます」


「じゃあ、何を悩んでいるか、教えてくれるか?」


「……………」


「俺は、欲張りだから。ヨツバのことは何でも知りたい。何を嬉しいと思うのか、何を楽しいと思うのか、何を嫌うのか。ずっとヨツバを見つめてきて、これでも結構理解しているつもりだ。でも、過去のことは分からない」


甘えたような声音は、私のためにわざとそうしているのよね?

あのときと同じ。俺のわがままに付き合ったと思えばいい、と言ってくれたあのときと。


「ブラッドリー王子は後悔していることってありますか?」


「…そうだな。あるよ、たくさん」


「私も、たくさんあります。その中で1番後悔していることがあるんです」


私は抱きしめられたまま、話した。

ずっと心に残り続ける痛い思い。


「私の世界では、占いを現実的に信じるということはあまり一般的ではありません。当たるも八卦当たらぬも八卦、と言われるくらい。だから私は、占いで知り得たことを、口にすることはほとんどありませんでした。未来が分かる、ということは信じてもらえることでは無かったんです」


ブラッドリー王子は優しく髪を撫で、話の続きを促してくれる。


「こちらの学校はどうか分かりませんが、私たちの学校にはスポーツに打ち込む活動があります。友人は陸上競技をやっていました。ある日、練習中に友人が怪我をする未来を視ました。大きな大会の前の時期で、熱心に練習に向かう彼女を、怪我をすると分かっていて、私は、止めることが出来ませんでした」


アキレス腱の損傷。

グラウンドで倒れる彼女を見て、胸が潰れる思いだったわ。


「止められなかった代わりに、すぐに対応出来るよう準備をしました。いち早く処置が受けられるよう、顧問の先生の注意が彼女に向くようにして、連絡手段を確保して。だけど、到底彼女が望んでいた大会への出場が出来るような状態ではありませんでした」


ふとしたきっかけで蘇ってくるの。

あのときの悲痛な泣き声が。


「もっと強く止めれば良かった。なにか理由をつけて、嘘をついてでも、練習に行かせるべきではなかった。分かっていたのに。助けられなかったんじゃない。私は、彼女を助けなかった」


分かっていたのに。

罪悪感は大きな後悔となっていつまでも胸の中で燻っている。心臓をちりちりと焦がすように。


「ヨツバ」


ブラッドリー王子の大きな手が優しく頬を包む。

その手のひらの暖かさが、じんわりと縮こまった心に沁みるの。


「未来に起こることを知ったとしても、その起こる出来事に義務や責任を負う必要はないんだ」


囁かれる声はとてもすんなりと私の胸に届く。


「友人の不運はとても気の毒なことだ。ヨツバはもっと強く止めていればと言ったね? 一度は止めたのだろう? 友人は不運から逃れるチャンスがあった。もちろん、そのチャンスを掴まなかったからといって、君の友人に非はない。同じように、ヨツバにも責任は無い。ただ、ヨツバの占いが活かされない環境だったことを、残念に思うよ」


額には額を、頬には頬を寄せて、そばにいると、その温もりで伝えてくれる。


「傷ついた友人を見てヨツバが傷つくのは、ヨツバが優しいからだ。他人の痛みに共感できる優しさと強さがあるからだ。俺は、そんなヨツバが好きだよ」


優しいのは、ブラッドリー王子の方よ。

いつもいつも、落ち込んだときには慰めてくれる。励ましてくれる。

私の中の罪悪感が消えるわけではないけれど、とてもとても、気持ちが楽になる。ほっとする。


私はたくましい胸に体を擦り寄せて、ブラッドリー王子の顔を見上げて微笑んだ。

見つめ返してくれる瞳がふわっと和んで、精悍な顔が近づいてくる。私はただ、瞳を閉じた。



いつも思い出すのは悲鳴のような泣き声だった。

だけど今は。


『わあ、来てくれたの? キレイなお花! えへへ。ドジっちゃった。ヨツバが言った通り、休んじゃえば良かったなぁ。ほんとはさ、タイム上がらなくて焦ってたんだよね。疲れてたし気持ちも落ちてたし、練習行きたくないなって思ってたの。根を詰めるの、良くないね。これからはサボりたくなったらサボるわ。人間、素直がイチバンよね!』


そう言って笑った、彼女の笑顔を思い出せるの。


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