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反撃

「で。どういうことなの?」


ジェリーさんは猫のような目を眇めて、じとりと私を睨んだ。

あはは。

そんな、胡散臭そうに見ないでください。


「なんのことでしょう?」


歌うように答えると、ジェリーさんは無言で角砂糖をひとつ、私のコーヒーに放り込んだの。


「あ。酷い。私、コーヒーはブラック派なのに」


「知ってる」


ぶー…。ですよね? 私たち、結構長いこと共同生活してましたものね?


「すっとぼけたこと言ってるからだよ。アリシア・アンディクト嬢に何したの?」


何って。分かっているくせに。


「彼女が私のために掘った落とし穴に、彼女自身が落ちるよう誘導しただけです」


例えば。

彼女が何かの薬を私の紅茶に入れたの。私はその紅茶を器ごと彼女のものと取り替えたわ。彼女は気づかずにその紅茶を飲んだ。

…様子を見ていた限り、どうも、その薬は下剤だったみたいだけど。


先日、王宮内のレストランでご一緒したときは、ワインを私にぶちまけて、「ごめんなさい、手が滑っちゃって♡」ってやろうとしたのよ。

だから私はタイミングを測って落としたナプキンを拾うフリして屈んで避けたの。そうしたら、私の隣に座っていたご婦人が頭からワインをかぶってしまってね。


真っ青な顔して震えながら謝る彼女に、ご婦人は優雅に微笑んで、「着替えを手伝ってくださる?」と言ったわ。

彼女は二つ返事でご婦人と一緒にお店を出たけれど、戻ってきたときはもっと青い顔をしていたわね。


まあ、ご婦人が新しく着ていたドレスは王宮内の高級ブティックのショーウィンドウに飾られていたもので、黒曜石をあしらった、ゼロの数を数えるのが嫌になるくらい高価なものだから、さもありなんよ。


あれを払わされたのかと、流石に同情の視線を集めていたわ。


直近では、そうね。私とティナさんと彼女の3人でランチを食べに行ったときよ。

彼女オススメのカレー店が王宮にあってね。連れて行ってくれたの。辛さを選べるナン&カレーだったのだけれど、オーダーした後、私の分だけ辛さが最大に変更されていたのよ。


でもね、私、辛いのは大好きなの。

特に、辛いカレーは大好物。辛くなくちゃカレーじゃないと思うくらいよ。

だけど黙ってたわ。彼女が何をするか、分かっていたから。


激辛のカレーを美味しく頂く私を見て、彼女は不思議そうにしていたわね。

あんまり見てるものだから、「食べてみますか?」って勧めてみたの。

私が食べていたのはポークカレーだったけれど、彼女が食べていたのは野菜のカレーだったから。

ベースのカレーも少し違っていたみたいなのよね。


一口食べて、悶絶していたわ。

彼女、辛いカレーは得意じゃなかったみたい。



「自業自得過ぎる」


呆れたようにジェリーさんはため息をついたわ。


「君は盛られた薬を大人しく飲む必要はないし、ワインをかぶる必要もないし、激辛カレーを無理やり食べさせたわけでもないけれど、そもそも君なら、その機会そのものを回避することが出来たでしょ?」


えー?

まあ、出来たかもね?


「でも、私の代わりに危ない目に遭う人がいたら困ります」


「それは、ティナ・テンプル嬢が蜂に襲われたことを言っているの?」


あらあら。

獲物を見定めるような瞳を見つめ返す。

背後によく動く尻尾が見えるようだわ。


「お見通しですね?」


「タチバナは営繕を担当する責任者の一人だ。前日まではあの場所に蜂の巣はなかったと報告している」


「彼女は、自分の行動の結果に責任を持つべきです」


己が何をしたのか。その結果何が起こったのか。

ティナさんは蜂に刺されなかった。だけど、もしも蜂に刺されて大怪我を負ったら、あの場所を管理している人たちも責任を問われることになるわ。


廊下の仕掛けもそう。

ドレスが汚れたり、転んで怪我をしたり。彼女の目論見通りになった場合、私が痛い思いをしたり嫌な思いをするだけじゃないの。

あの廊下をきちんとお掃除して管理している人たちが職務怠慢を疑われるのよ。


そんなことまで考えが及ばない?

よく聞くわよね。「そんなことになるとは思わなかった」って。

どうして思わないのかしらね?

そっちの方が不思議。


想定外ってあるわ。でも、想像できることもあるでしょう?

想像力とは、すなわち思いやりの心よ。

想像力の無いひとって、思いやりもないのよ。


彼女はね、私に対してはあえてやっているのだからいいの。

だけどその結果他のひとも巻き込んでるでしょ?

それは良くないわ。

考えれば分かることなのよ。それなのに考えることを怠っているのだから、ペナルティは受けるべきよ。


「あの蜂の巣も、彼女が仕掛けたものなのかい?」


ジェリーさんの目が若干吊り上がったわ。

私は持ち歩いていたレースのハンカチを差し出した。

あの日、ティナさんが拾ってくれたハンカチよ。


ハンカチを広げて、縫い付けられた凧糸のような長い糸を見て、ジェリーさんは察したみたいだったわ。


「これは預かるよ。君は、大丈夫なの?」


「何がですか?」


「背中、刺されたんでしょ? もう、痛まない?」


パールさんか。

口止めしても、ブラッドリー王子やジェリーさんには抜けちゃうってことかな?


「大丈夫です。良い薬をありがとうございました」


「…パールは、君を心配しているんだよ」


「分かってますよ」


少し冷めたコーヒーを飲む。うーむ。甘いわ。


「報告を受けている以上に、いろいろありそうだね。噂の方もカタがつきそうだし、そろそろケリをつけたいんだよね。ブラッドリーもちょっとイライラしてきたしさ」


「あら。彼女も、かなりイライラしているみたいですよ?」


全く私にダメージを与えられないものだから、躍起になっているように見えるわ。

当初の目的なんて見失っているんじゃないかしら。

そう言えば、彼女の目的って結局何だったのだろう。

ラウル王子が私を気にすることに対する嫉妬?


「次は、何が起こるの?」


角砂糖を弄びながらジェリーさんが問う。

私はさり気なくコーヒーをガードしながら素直に答えたわ。


そろそろ終わりにしたいと、私も思っているもの。




「ヨツバ様ー! ご覧になって。桔梗がたくさん咲いていますわ」


薄夕闇の奥の庭。

手入れの行き届いた表のお庭とは違って、鬱蒼と草木が茂っている。


「アリシア様。本当にこの奥に行くのですか? 確か、こちらは立ち入り禁止と聞いたと思いますけれど」


「えー? なんですかー? 早くこちらにいらっしゃって、ヨツバ様ぁ!」


はあ。

まあね。

分かってはいたわ。だから歩きやすい靴を履いているし、虫除けも塗ってきたけれど。

正直、足がたくさんある虫ってニガテ。

出来れば見たくない。

あん、もう。

蜘蛛の巣に引っかかったわ。

やだやだ。蜘蛛もキライよ。


あら、本当。桔梗がたくさん咲いているわ。

キレイね。


「ヨツバ様。蛍が出るのはもう少し先ですわ」


無邪気に微笑むアリシアさんがさらに奥へと指をさす。

微かにせせらぎの音がする方へ、私はアリシアさんと一緒に歩いた。


元の世界の夏の風物詩の話をしていたのよ。

スイカ割り、かき氷、浮き輪にプール。

昔は蛍がいたけれど最近は見かけなくなったと言ったら、見られるところありますよってアリシアさんが言ったの。

案内します、って。



立ち入りを禁止しているからかしら。外灯が無いみたい。

だんだん、本格的に暗くなってきたわ。


月も雲に隠されて、辺りは墨を流したように闇が這っているわ。

そうして茂みを抜けたとき。


「わあ!!」


思わず声を上げてしまうくらい、幻想的な景色が広がっていたの。


川が流れていたわ。はっきり見えないけれど、植物が生い茂っているの。

水と土の匂いがする。

そして、一面に飛び交う、無数の小さな光。


「きれい…」


ふふふ、とアリシアさんが笑った。


「座りましょう?」


持ってきたスカーフを広げて私たちは並んで座ったわ。

そうしてしばらく、美しい景色に見入っていた。


子供の頃は近所の川でも蛍を見ることが出来たわ。でもほんの数匹よ。

車で1時間ほどのところに、たくさんの蛍を見られる施設があったわ。家族で行ったことがあるの。

思い出す。懐かしい、あの頃を。


「私ね、ティナお姉様が大好きですの」


不意に、アリシアさんが話し出した。


「私は小さな頃からどん臭くて、姉や兄はあまり私とは遊んでくれませんでしたわ。寂しくて、疎ましがられながらもついて回りました。あるとき、ティナお姉様が屋敷に遊びにいらして、私をかまってくれました。仲間外れにされている私を見兼ねたのだと思いますわ。ティナお姉様はお優しいから」


アリシアさんがティナさんをとても慕っていることは明らかだわ。

心酔している、と言っても良いくらい。


「ティナお姉様がブラッドリー殿下のお妃候補に選ばれたときは複雑な気持ちでした。だって、王宮に上がってしまったらなかなかお会いできなくなってしまうでしょう? でも、誇らしい気持ちもありました。さすが、ティナお姉様。ブラッドリー殿下も、美しく賢いティナお姉様を見初めるに違いありません。眉目秀麗、国民からの支持も高いブラッドリー殿下の隣に、ティナお姉様は誰よりも相応しい」


りんりんと聞こえ始めたのは蟋蟀(こおろぎ)かしら。鈴虫かしら。

私はなんだかぞわぞわと、落ち着かない気分で彼女の話を聞いた。


「名案を思いついたんです。私も、王宮に上がれるようになれば良い。幸い、身分は問題ありませんでした。学業の成績はあまり良くありませんが、皆さん、私の容姿を褒めてくださいます。私は自分の容姿があまり好きではありません。子供っぽくて、賢そうに見えないでしょう? コンプレックスを強調する容姿ですが、武器になるそうです。事実、容姿で加点を貰い、ラウル殿下のお妃候補になることが出来たのです」


アリシアさんは私を見てにこっと笑った。

とても可愛らしい、天使のような笑顔。

ぞっとしたわ。


「ティナお姉様がブラッドリー殿下のお妃様になって、私がラウル殿下の妃になる。それが私の夢です」


「アリシア様…」


「まあ! 見てください、ヨツバ様。あそこ、何かありますわ。行ってみましょう!」


アリシアさんが私の手を取って歩き出す。岩陰に、蔦に隠れるように扉があったの。


「なんの扉でしょう? わくわくしますわね」


よいしょ、と力を込めて引っ張ると、アリシアさんの力でもその扉は易々と開いたわ。


「どこかに繋がっているのでしょうか。ほら、見てください。中にも蛍がいますわ」


そう言われて中を覗き込んだとき、どん、と勢いよく背中を押されてつんのめったの。

たたらを踏むように、私の体は扉の中に入っていたわ。


「きゃっ!」


振り返ると暗闇の中、雲の隙間から顔を出した月に照らされて、恐ろしく美しい笑顔が浮かび上がっていたわ。


「ヨツバ様は邪魔ばかりするのですもの。どうぞ、その中で反省なさって下さいね。そうして、私の夢が叶うよう、お祈り遊ばせ。それでは永遠にさようなら」


「アリシア様!」


がちゃんばたん! と大きな鈍い音が響いて、扉が閉まった。


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