不穏
それから、ラウル王子は本当に良く姿を見せるようになったわ。
と、言っても。
私が避けようと思えばとことん避けられるのよ。
ちゃんと気を付けてさえいれば、偶然ばったり出会うなんて無い。
だから実際には会ってないの。鉢合わせする未来を視て、回避してるのよ。
なんでそんなに避けてるのかって。
…なんとなく、面倒くさそうな気がするからよ。
でもこうやって気を付けてみると、行動パターンを調べられてでもいるみたい。
何処かへ行こうとすると、目的地までの道行きで遭遇しそうになることがとても多いの。
偶然かしら?
…いいえ。今までは無かったのだから、偶然と考えるのは不自然よね。
で、数日間、完璧に避け続けた結果。
「ラウル殿下、お菓子はどちらがお好みですか?」
ビアンカさんが美しく微笑んで、たくさんのお菓子が盛り付けられた大皿を示す。
「ありがとう、みなさんのオススメはあるかな?」
王妃様譲りのふわふわの髪を揺らして、ラウル王子は無邪気に見える微笑を浮かべたわ。
幼く見える、ということではないのだけれど、可愛い、と思わせる雰囲気がある。
母性本能をくすぐるタイプね、多分。
「こちらの練り切りというお菓子が、今、私たちのお気に入りなんですよ、殿下」
マデリンさんも慈愛を感じるような微笑みでラウル王子にお菓子を勧めているわ。
要するにね、道端での遭遇を徹底して避けたらばよ。お茶会に突撃していらっしゃったの。
お茶会が始まる時点では視えていたのだけれど、ラウル王子が来るからやめましょうとも、欠席しますとも言えないじゃない?
斯くして、ブラッドリー王子の元お嫁さん候補5人プラス内定者の私とラウル王子で囲むティータイムという不思議な状況が出来上がったというわけ。
今日の練り切りはひまわりを模したもの。
黄色とオレンジが鮮やかで、丸みを帯びた形が可愛らしい。
「本当だ。美味しいね」
ラウル王子は練り切りを食べると微笑んだわ。
タカネさんに多めに作ってもらったのに。
当たり前のように二つ目をお皿に取るラウル王子が恨めしい。
ラウル王子はお忙しい身でいらっしゃるから30分程で席を立たれたけれど、ニコニコ会話に加わりながら観察するように私を眺めているのよ。
居心地が悪いったらないわ。
私にとってお茶会は、テーブルマナーやドレス捌きの実践練習の場。
難解なナイフ使いを実際にやって見せてもらったり、自分でもやってみたりして練習しているのよ。
練習だから、いつもちょっと食べにくいものも用意されているの。
いずれ、スコーンもミルフィーユも美しく食べれるようにならなくてはいけないわ。
だけどまだまだ見習いレベル。
あんまり見ないで欲しいのよね…。
それからはお茶会を開くと高確率で登場するようになったの。毎回ではないけれど、毎回に近い頻度で参加されていたわ。
そうして、ラウル王子がお茶会にやってくるようになった日から、それは始まった。
「待って、パールさん。危ないわ」
「え? わっ、きゃあ!」
転びそうになるパールさんの腕を掴んで支えると、パールさんは上手くバランスを取り戻してほっと息をついた。
「なんでしょう、ここ。滑りますね。…蝋、でしょうか?」
鏡面のように磨かれた廊下に蝋?
それは、故意に塗られたということかしら。
その廊下はすぐにきれいに掃除をしてもらったけれど、同じようなことが度々あったの。
廊下に釘が仕込まれていたり、わざと汚してあったり、上から物が落ちてきたり、ね。
もちろん、そういった仕掛けには引っかからないわよ。
でも、これ。明らかに嫌がらせよね。
割と手の込んだ嫌がらせだと思うのよ。こういうことされるのって、誰かに相当嫌われてるってことよね。
これはかなりショックだわ。
まあ、私がハートブレイクなのはちょっと置いておいて。
私の通り道に仕掛けられてはいるけれど、私だけが通る道じゃないわ。幸い、それらの仕掛けの被害にあったという話は聞かないけれどね。でも、誰かが怪我をしてからでは遅い。
やめさせないと、いけないわよね。
でも、どうやって?
「……文句があるなら直接言ってくれば良いのに」
私が何か気に触ることをしているのなら、改めることもできるかも知れないわ。内容によるけれど。
そうでなくても、お互いの妥協点を模索することが出来ると思うのに。
「何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、なんでもないの」
呟いたのが聞こえちゃったみたい。
首を傾げたパールさんにへらりと笑って見せて、歴史書を読むフリをする。
勉強している風を装って考えたわ。
嫌がらせをやっているのは誰で、どんな理由からなのか。
これはおそらく、どちらかが分かればもう片方も分かる類のものだと思うのよ。
そして、因果には必ず関係がある。
「嫌がらせをする」という結果をもたらした「原因」があるはずなの。
タイミング的にも、今考えられる「原因」と言えば、ラウル王子よね。
ラウル王子がお茶会に参加するようになってから嫌がらせが始まったんだもの。
……なんでかしらね?
ラウル王子がお茶会に参加することで誰かが困っている?
でも、だからと言って私に嫌がらせをする理由にはならないわよね?
いえ。
…………理由になるのかしら。
例えば…。例えば、よ?
ラウル王子がお茶会に参加する理由が私にあるとするでしょ?
私に会うため、なんて、おこがましい理由過ぎてちょっとまあアレだけれども。
あくまで、仮説としてね?
実際はどうあれ、嫌がらせをしているひとはそう思っているとするじゃない?
で。
そのひとは…?
①ラウル王子がお茶会に参加することを望んでいない。
②ラウル王子が私に会うことを望んでいない。
うんうん。
まあ、考えられる理由はそんなものよね。
①の場合。
お茶会に行くよりもお仕事をして欲しいと思っているお仕事関係のひとは、ラウル王子がお茶会に参加することを快く思っていないかも知れないわ。
…でも、これだとお茶会に限らないか。
そうだ。お茶会メンバーの誰かだったら?
ラウル王子にお茶会に来て欲しくない。ラウル王子がお茶会に来るのは私がいるからだ。だから私に嫌がらせ…。
うん…。あの聡明な女性たちならもっとスマートにラウル王子を追い払うことができそうよね。
それに、あの嫌がらせって、それで私がお茶会に行かなくなるっていうものでもないわよね?
ラウル王子をお茶会に参加させないことが目的なら、あの嫌がらせでは達成できない…。
となると、②?
②…?
ラウル王子と私って、どちらもお茶会の参加者ってだけで、何してるわけでもないじゃない?
徒党を組んで何かしようというのでもない。
なにかあるかしら。私とラウル王子が会うことが気に入らない理由…。
でも、待って。
あの嫌がらせで、私がラウル王子に会うことを阻止することが出来る?
……出来ないわよね。
道が通れないようになっていたわけじゃない。
目的地までの道はそこひとつじゃない。
そもそも、嫌がらせが仕掛けられていたのはお茶会への道すがらではない。
私、お茶会でしかラウル王子とは会っていないのよ?
お茶会へ行く途中に仕掛けられていたのなら、足止めすることでお茶会への参加を妨害できる=ラウル王子と会わないように出来るかも知れないけれど。
…なんだか分からなくなっちゃったわ。
歴史書をテーブルに置いて、窓から外を眺めた。
今日は曇天。
いつもは遠くまで見通せるけれど、今日は厚い雲が空を覆っていて、天井の低い部屋の中みたいに世界が狭く感じるの。
前提が違うのかもしれないわ。
世の中は以外と単純でシンプル。
そう、単純に考えるのよ。
嫌がらせの目的が単純に私に嫌な思いをさせること、ただそれだけなのかもしれないわ。
…あらららら?
でも私、仕掛けに引っかかってないじゃない?
つまり、嫌がらせの目的が達成されていないのよ。
そうすると、どうなる?
いい例があるわ。
ラウル王子よ。
徹底して偶然の出会いを避け続けた結果、ラウル王子はお茶会に突撃してくるようになった。
強硬手段に出たというわけ。
嫌がらせも成果が無ければ、業を煮やしてもっと大きな嫌がらせを仕掛けてくるのではないかしら。
手の込んだものほど、それが出来るひとは限られてくると思わない?
ねえ?
きっと、ボロを出すんじゃないかしら。
なんてね。
何にもしてないけれど、罠を張ったような気でいたのよ。
相手の仕掛けに引っかからない自信があったもの。
でも、甘かったのよね。
ふと、窓から見えるお庭の端。つるバラで囲んだガゼボのような場所に人影が見えた。
あれは…。
ブラッドリー王子とティナさん…?
遠くてはっきりは分からないけれど、ティナさんはその身振り手振りから、怒っているようにも何かを訴えているようにも見えたわ。
……ふうん?




