迷うひと
お蕎麦をお箸で器用にまとめて啜らずに口に運び、ゆっくりと味わってからにこっと笑う。
「美味しいですね…」
うっとりとそう言って、次のひと口を箸でつまむティナさんを見てほっとした。
「良かったです。タカネさんのお蕎麦は特に美味しいんですよ」
「まあ、そうなんですね」
にっこりと微笑むティナさんに微笑み返して。
さて。ちょっと困ったわ。
こうもお上品に食べられると、その目の前でズルズル啜る勇気が無い。
お蕎麦は音を立てて食べるもの、とは思うけれど、でも、ね。
今日は私もティナさんみたいに静かに食べよう。
今日はね、ティナさんにウィーズルの地理について教わったの。
とても分かりやすかったわ。簡潔で、説明も要領が良くて。
午前中いっぱい講義をしてもらって、ひと段落したところで一緒にお昼を食べに来たの。
「先日のお茶会はいかがでしたか?」
ティナさんに聞かれて私は少し考えた。
「…そうですね。少し驚きました」
「それは?」
「みなさんが、とても仲良くしてらっしゃったので」
「不思議ですか?」
「…そうですね。不思議です。だって、ライバルでしょう?」
ティナさんは微笑んで、そっと湯飲みの緑茶を飲んだ。
「マデリンが言っていたでしょう? 私たちは選ばれないことが分かっていました。でも、もしもそんな私たちの中から誰かが選ばれたりしたら、違っていたかもしれませんけれどね」
ティナさんは湯飲みを置いてやっぱりにっこりと微笑むの。
「そもそも、第二王子の妻、には私たちよりも相応しい令嬢が沢山いました。美しくて貴族の中でも特に高位で裕福な女性が。でも、ブラッドリー殿下は私たち5人を選んだ。始めから、最終的に妻には選ばないと伝えた上で、それでも良ければと」
「良かったんですか?」
「姻戚にならなくとも、王族とのつながりが出来ることはありがたいことです。私たちは婚期を逃すことになりますが、その代わりに家業を取り立ててもらえます。ブラッドリー殿下直属の警察機関にパイプが出来るということは、すごいことなんですよ」
なるほど。
ブラッドリー王子が一方的に彼女たちを利用しているように思えたけれど、彼女たちとブラッドリー王子は利害が一致しているんだわ。
なんか、ごめんなさい、ブラッドリー王子。
「私たちは同志、なんです。みな、殿下の幸せを願っていますし、国の民をビーストや犯罪や災害から守りたいと尽力する殿下の、助けになりたいと思っていますわ」
そう話すティナさんの瞳には、揺るぎない力強さがある。嘘を言っているようには見えないから、きっと本心なんだわ。
じゃあ、あのとき、寂しそうというか切なそうというか、そういう風に見えたのは何だったのかしら。
気のせい?
「ブラッドリー王子はそもそもなぜそんなことを?」
どうしてそうまでして「選ばない」選択をしたんだろう。普通に誰かを選んで結婚していてもおかしくないのに。
「殿下は、時間を稼ぎたかったのですわ」
「時間?」
「ええ。ヨツバさんに出会うために」
「…はい?」
…まるで私に会うことが分かっていたみたいに言うんですね。
だって、お嫁さん候補が集められたのっていつよ?
ブラッドリー王子の結婚適齢期に合わせてってことは年単位で「前」の話でしょう?
ティナさんはニコニコ笑うだけで、それ以上話してはくれないのよ。
その瞳が、ふと、曇ったの。
うん?
ティナさんはとても自然に目を伏せ、そのまま坪庭に視線を移したわ。
「…美しいお庭ですね」
その視線が私に戻ってきたときには、もう曇りは見られなかった。
それから、タカネさんがオマケで出してくれたミニサイズの白玉あんみつを頂いてからお店を出たの。
白玉もあんこも寒天もとっても美味しかったわ!
今度、ミニじゃない白玉あんみつを食べにこよう。
そしてね、お店を出たところにそのひとはいたわ。
いることは分かっていたけれど、私に用事だとは思わなかった。
「やあ、ティナ。こんにちは」
「まあ、ラウル殿下。ごきげんよう」
そのひとはラウル・ロチェスター第3王子。
ブラッドリー王子の弟君よ。
そう言えば、ウォルター第1王子は国王陛下と王妃様のイイトコ取りのような容姿でいらっしゃるのだけれど、ブラッドリー王子は国王陛下似、ラウル王子は王妃様似なのよね。
だから、ブラッドリー王子とラウル王子はあんまり似てないわ。
ティナさんを真似てお辞儀すると、ラウル王子は私に言ったの。
「ヨツバ、あなたと少し話をしたいんだけど」
「はい…?」
私と、ですか?
ティナさんが、では私はここでと立ち去ってしまった。
やだわ。ラウル王子に気を使ったのだろうけれど、置いていかないで欲しかった。
お散歩をするようなのんびりした足取りで歩くラウル王子について歩く。行き先は庭園みたい。
空にはうっすらと雲が流れてお散歩には丁度いい気候ね。
この王宮にはたっぷりと広さをとった庭園があるのよ。
手入れが細かく行き届いていてね、とても美しいの。
黙って眺めたくなる気持ち分かるわ。
分かるわよ?
でもね。
いったい、なんの用なんだろう。
って言うか、なんで黙ってるの?
話がしたいんじゃなかった…?
ラウル王子は美しく整えられたお庭を眺めながら、何か考えごとを始めてしまったみたい。
そよ風が吹いて、柔らかそうなラウル王子の髪を揺らす。
うーん。どうしよう。このままだと当分後ろ姿を眺めることになるわ。
だけど、王子様相手に「用があるなら早く言ってください」なんて言えない。
ため息を飲み込んで、じっと待つ。
武闘派のブラッドリー王子はがっちりと逞しい体格だけれど、ラウル王子はすらりと細身ね。モデルさんみたい。
確か、金融や外交を担当されていると聞いたわ。
ふと、物思いに耽っていたラウル王子が思考の海から復帰したように私を見た。
ああ、良かった。私がいること、思い出して頂けました?
にこ、と笑って見せると、ラウル王子も微笑んだ。
「悪いね。どう、話したものかと思って悩んでたんだ」
「はい?」
「ブラッドリー兄さんは、あなたのどこが良かったのかな、と思って」
「…はい?」
なんでしょう。喧嘩をお売り遊ばしていらっしゃる?
ブラッドリー王子が私を気に入ってくれた理由として私に言えることなんて1個しかないけど。
そんなことは本人に聞いて欲しいわ。
ダメよ、四葉。
相手は王子様。ブラッドリー王子の弟さん。
売られたからって買っちゃダメよ。
我慢我慢。はい、笑って!
「占いの腕、でしょうか」
「占い? ああ。あなたは占いをするんだったね。的中率はかなりのものと聞いているよ。そうか、じゃあ、やっぱり守護者だから、なのかな。でも、どうやって知ることが出来たんだろう…」
ぶつぶつと、後半呟いている内容は、私に聞いているのではなさそうよね?
黙ってよう。
足元に落ちていた視線がすいっと戻ってきて、私を上から下まで検分するように行ったり来たりする。
品定めですかね?
何のために?
まあ、でも。こういうときはお馬鹿なフリをするのが一番よ。
ゆっくりと動く視線と、目があったときだけにこ、と笑い後は黙って見つめ返すだけ。
「歳は18、だっけ?」
「はい。その通りです」
ラウル王子は27歳よね。3人の王子様はそれぞれ3つずつ歳が違うと聞いたもの。
ラウル王子の瞳は、珍しいものを見るように私を見ているの。でもそれは、小さな男の子がカブトムシやクワガタを見つけて目を輝かせるような、そういう瞳ではないわ。
興味はある。でも、慣れないものだからどう扱っていいか分からない。触ってみたいけど、触れたら壊れてしまいそうで怖い。
若しくは、大人しそうだけれど触ったら噛みつくかもしれない。引っ掻くかもしれない。
だから、手を出したものか迷う。
そんな感じかしら?
何かを確認するように、その手が伸ばされることは分かっていた。おっかなびっくり伸ばされたその手が、私には届かないことも、分かっていたわ。
だから私は、ただ見つめた。
何に戸惑っているのか、不安定に揺れる瞳を。
その指先が頬に触れそうになったとき。
「ヨツバ?」
耳に馴染んだ優しい低音が私を呼んだ。
「兄さん」
「ブラッドリー王子」
私の背後に現れたひとを見て、ラウル王子は手を引っ込めたわ。
えっと、お辞儀お辞儀。
さっきティナさんがしていたみたいに、優雅に、丁寧に。
「ごきげんよう、ブラッドリー王子」
かしこまった挨拶に、ブラッドリー王子がくすりと笑う。ブラッドリー王子はごく自然に私の手とって自分の横に立つよう誘導したわ。
その瞬間、様子を見ていたラウル王子がふわんと笑ったのよ。
どうにも、うろんな感じがするわ…。
「用は済んだのか?」
柔らかな問いはラウル王子に対してのもの。
わ。なんか、一言だけど、お兄ちゃんっぽさを感じたわ。
誰に話しかけるときとも違う、特有の声音。
「うん。今度、占ってもらう約束をしたよ」
…………してませんけどね?
ラウル王子も弟らしい話し方でそういうの。兄弟らしい親密感。お兄ちゃんに対して甘えてる感じが、かすかだけどするっていうか。
二言三言会話をした後、それじゃあとラウル王子は踵を返したわ。
でもすぐに振り返ったの。
「また、会いに行くね、ヨツバ」
いえ、結構です。
って、言ってしまいたい。
揚々と立ち去るラウル王子を見送って、ブラッドリー王子は苦笑を浮かべたわ。
「悪い奴じゃないんだがな。少し迷惑をかけるかも知れない。気をつけるように言っておくが、何か困ったらすぐに言ってくれ」
「はあ…」
気をつけるように言っておく?
誰に…?




