お披露目
「汝の功績を讃えるとともに今後の活躍に期待し、汝を守護者と認定する」
膝をついた私の頭に、国王陛下の手から小さなティアラが授けられた。
ちらりとしか見えなかったけれど、可愛らしいデザインで、ピンクとブルーの石がついた、小さいながらも煌びやかなティアラなの。
に、似合うかしら…?
畏れ多くも国王陛下の御手をお借りして立ち上がり、正面を向いて礼をすると、会場にお集まりの方々からたくさんの拍手を頂いたわ。
ほぅ。
良かった。
まずは、第一のミッション終了ね。
粗相なく、「お披露目」していただくことが出来たわ。
壇上から降りた私を待つ第二のミッションはダンス。
笑顔で私の手を取るブラッドリー王子に微笑み返して、いざ、フロアへ。
音楽は楽団の生演奏よ。
サツキさんもその中にいて、にこにこ私を見てくれるわ。
国王陛下の号令があって、ダンスパーティの始まりよ。
背筋を伸ばして、胸を張って。
パールさんの注意を思い出して姿勢を作る。
さあ、特訓の成果をお見せするわよ!
流れ始めた音楽とブラッドリー王子のリードに乗って、私は踊り始めたの。
「やあ、見違えたな」
覚えのある声に振り返ると、そこにいたのはリアムさんとダネルさんだったわ。
「リアムさん、ダネルさんも。来て下さったんですか?」
「もちろんさ。そうしているとどこかのご令嬢のようだな。ドレス、よく似合ってるぞ」
今日の私のドレスは紫に紺のアクセントの入ったベルライン。
今日のために、ブラッドリー王子がプレゼントしてくれたもの。
エスコートしてくれるブラッドリー王子の燕尾服にも紫と紺のアクセントが入っているのよ。
「ありがとうございます。リアムさんも素敵ですよ」
びしっとタキシードを着こなすリアムさんは本当に素敵。
アリオール領主、チャーチ伯爵の奥様がリアムさんとダネルさんは貴族だと言っていたけれど、納得の出で立ちよ。
普段のちょっと汚…、えっと、ワイルドな姿もそれはそれで素敵なのだけれどね。
「それはどうも。一曲、踊っていただけますか、レディ?」
戯けたように差し出された手に手を乗せて、優雅にお辞儀を返したわ。
「喜んで、ミスター」
リアムさんと、それからダネルさんとも踊って戻ると、セスさんが待っていてくれたわ。
ブラッドリー王子はたくさんの人から挨拶攻撃を受けていてちょっと近寄れない雰囲気…。
ちなみにジェリーさんは、そんなブラッドリー王子の側に控えてあれこれ補佐をしてるっぽいわね。
セスさんも今夜は素敵にドレスアップしているのよ。
とても似合っているし、元々とってもイケメンだからご婦人たちからの注目度もかなりのものなのだけれど、なにせ、孤高の狼の如く人を寄せ付けない空気感でしょ。
みなさん、遠巻きに見ているだけなのよね。
まあ、いい感じにひと除けになって都合はいいわね。
今のうちに休憩しつつ、何か食べよう。
えーと。あ、あのお肉美味しそう。
あ! お寿司がある! まぐろまぐろ。美〜味しーい!
ん?
セスさん、ため息ついてる?
じっと見つめたら、はっと気づいてなんでもないフリしたけれど、じいっ見つめ続けたらバツが悪そうに眉を寄せたわ。
「…そんなに見るな」
じゃあ聞いちゃう。
「どうしてため息ついてるんですか?」
「……俺は、こういう場が苦手なんだ。愛想を振りまくことが昔から出来なくてな」
「…? なら振りまかなくてもいいのでは?」
実際、今まで愛想を振りまくセスさんなんて見たことないもの。
舞踏会だからってポリシーを曲げなくてもいいと思うのだけれど。
「それで済めばいいが、社交界に身を置く以上、やりたくないからやらない、というわけにはいかないんだ。本当はな」
「本当は?」
「ブラッドリーが許してくれるから甘えてる。だが、それが迷惑だということも分かってる」
「セスさん…」
「分かってはいるが、笑えない。逆に不思議だ。みんななぜ、親しくもない人間と上っ面だけで笑い合えるのか」
美味しいお寿司を頬張りながらセスさんを見上げると、ちょっと苦しそうに唇を噛んでいた。
「………………」
茶化すわけじゃないけれど、セスさんってすごく純粋なひとなんじゃないかしら。
私なんてテキトーにへらへら笑っちゃうし、それに疑問なんて感じないもの。
「セスさんは、笑って欲しいと思うひと、いませんか?」
「……ん?」
「出会ったときに笑って欲しい、一緒にいる間は微笑んでいて欲しい、いつも笑顔でいて欲しい、そんな風に思うひと。いませんか?」
尋ねると、だいぶ躊躇った後、出てきた答えは。
「……………いる」
良かった。いないって言われたらどうしようかと思ったわ。
「じゃあ、そのひとにだけ、笑いかけることから始めたらどうでしょう?」
「なに?」
「みんなに笑いかけることが難しいなら、笑って欲しいとセスさんが思うひとにだけ、笑いかけたらいいと思います。ひとって、笑いかけられたら笑い返すものなんですよ。睨まれたら睨み返しちゃうし、不審そうに眺められたらなんだコイツって顔しちゃう」
「………………」
セスさんは不思議そうに私を見ているわ。
えっと、大丈夫かしら。言ってること、伝わってる?
「…笑って欲しいひとが笑ってくれたら嬉しいと思うんです。ひとって、欲張りでしょう? セスさんもきっと、もっと笑顔が欲しくなるわ。そうやって、セスさんが笑って欲しいと思うひとが増えて、セスさんの周りが笑顔でいっぱいになったら、素敵ね?」
セスさんは、私を見つめながら言葉の意味を考えているみたい。ぼんやりしていた焦点が結ばれて視界がクリアになるように、キリッとした表情になったセスさんが言ったの。
「そう、思うか、ヨツバ?」
「ええ!」
そうしたらね、セスさんがふわりと微笑んだのよ!
「……っ!」
思わず息を飲んだわ。
だって、イケメンの笑顔の破壊力ったらものすごいんだもの。
どれだけすごいかって、ちらちらとこちらを窺っていたご婦人方からどよめきが起こったほどよ!
素敵な笑顔に嬉しくなって、私も自然と笑っていたわ。
ふふ。やっぱり、表情ってつられるわよね。
とってもレアなセスさんの微笑みににやにやしていたら、横から声がかかったの。
「魔法使いかい、君は」
呆れたようなため息まじりのこの声。顔を見なくても分かるわ。
「ジェリーさん」
と、ブラッドリー王子。
魔法…。なんのことかしら。比喩…?
首を傾げて分かりませんをアピールしたけど、無視されたわ。まあ、良いけれど。分からなければそれでいい、説明する気はありませんっていうのはいつものことだものね。
必要なことはちゃんと説明してくれるから、分からなくても大丈夫ってことよ。
よし、気にしない。
ブラッドリー王子はやや強面の凛々しいお顔立ちなのだけれど、いつもは隠れていてときどき覗かせる艶やかな色っぽさが、今日は前面に押し出されているのよ。
なんでかしら。舞踏会仕様?
うっかりすると見惚れちゃう。
「お仕事はもういいのですか?」
さっきまでは人の輪でドーナツみたいになっていたのにね。群がっていた人たちは散らばったみたい。
「ああ。やっとね。せっかくの舞踏会なのに、側にいられなくて悪いな」
「大丈夫です。みなさん構って下さるし、セスさんが一緒にいてくれましたから」
お気になさらず。
だって、ブラッドリー王子は王子様だもの。エスコートしてもらえるだけで、十分です。
いえいえ、ほんとに。ほんとよ?
慣れない舞踏会でほったらかしにしたことを気に病んで下さってるのかもしれないけれど、セスさんがいてくれたからひとりぼっちの瞬間なんて無かったし。
逆に、ブラッドリー王子がべったり側にいてくれなくて良かったんじゃないかって気すらしているの。
私、今日ほど「身分の違い」ってものを思い知ったことってないわ。
だってね、好意的とは言いかねるものすごい視線が集中砲火なのよ。
まるで針の筵よ。
最初はね、「何よあの女」って感じだったの。
ブラッドリー王子が王宮に連れ帰ったどこの馬の骨とも知れない女がいる、という噂は広まっていたようなのだけれど。
それが「守護者」だと発表された後も、ブラッドリー王子には相応しくないわって陰口が、直に聞こえてくるのよ。怖いわ。
「…………………」
やだわ。笑顔なのに不本意そう。器用な表情しないで下さいませ?
ブラッドリー王子はにこ、と目元に笑みを浮かべ私に手を差し出したの。
お手、と言われた犬みたいに私は反射的にその手に自分の手を乗せていたわ。
その手をきゅ、と握って、ブラッドリー王子は言ったの。
「頼みがあるんだ」
「はい、なんでしょう?」
「ちょ、ブラッドリー?!」
驚いたようなジェリーさんにちらりと向けた、その目はちょっと悪い目に見えたわ。
「聞いてくれるか?」
「はい? もちろんです」
私に出来ることならば。
「ブラッドリー。僕は彼女に同情する」
先に了承をとるなんて、という呟きも聞こえたわ。
非難めいたジェリーさんの言葉を制するように向けられた目は、やっぱりちょっと悪い目に見えた。
ちょっと? いえ、かなり、かしら。
なんだろう。ブラッドリー王子が無理難題を押し付けてくるとは思えないけれど?
あら?
なんとなく、注目を浴びている気がするわ。
いえ。気のせいではないと思うの。
さっきまでざわざわとおしゃべりの声が聞こえていたのに、静まり返って、いる、わ、よね?
「ありがとう、ヨツバ。君に、ともに人生を歩むパートナーになって欲しいんだ」
「………はい?」
それって、え?
ゲームのパートナーを決めるみたいな気軽さで言われた気がするけれど、まさかこれってプロポー……。
「小さな身体で勇敢にビーストに立ち向かう強さと、それを無謀にしない聡明さ、それらの土台となる優しさすべてを好ましく思う。ヨツバ、君を愛して…」
呆然と甘い声を聞いていたそのとき、突然数人の荒い足音が響いて、ブラッドリー王子は言葉を止め足音の方を見た。
同時に勢いよく扉が開かれ、3人の男性が慌てた様子で駆け込んできたの。
「申し上げます!!」
大きな声で言い頭を下げた3人は、服装から王宮の職員だと思うわ。
たぶん、役職に就くような偉いひとよ。
ひとりは何か持ってるわ。なんだろう。大きな石みたい。魔法石、かしら?
「なんだ。今、良いところだぞ」
国王陛下は不満そうにじろりと見下ろしたわ。
「も、申し訳ございません。しかしながら、急ぎご報告したき儀がございます」
「なんだ」
「はい。先頃、コルウス森林公園にて討伐されたコロニーのボスと思われるビーストから採取された魔法石のことでございます」
「ほう。初めて採取されたという効能の不明だった魔法石か。なんの魔法石か分かったのか?」
「はい! こちらは、“帰還の魔法石”でございました!」
帰還の魔法石…?
「帰還の? それは?」
「はい。マヨイビトの方がひとりだけ、元の世界の元の時間に戻れる魔法石でございます」
思わずブラッドリー王子を見上げたら、ブラッドリー王子も私を見つめていたの。
驚きに見開かれたブラッドリー王子の瞳は、すぐに優しい色を取り戻したわ。
国王陛下の声が広いホールに響く。
「ふむ。それは大きな発見だな。だが、慌てて知らせに来る必要があったのか?」
「それが。この魔法石はビーストの体内から取り出されてからの使用期限が短く、間も無く効果を失う見込みなのです」
え……?
「………そうか。では、ヨツバ」
国王陛下はほんの一瞬考えて、真っ直ぐに私を見た。
「その魔法石はそなたの功績によって採取出来たもの。褒美としてそなたに与えよう」
その言葉を受けて魔法石を持っていたひとが、私のもとに駆け寄ってきた。
「どうぞ」
魔法石は微かに発光していて、今にも発動しそうなの。
私は、手の中の大きな魔法石をなにも言えずに見つめたわ。
帰れる…?
お父さんのもとに。お母さんのもとに。お兄ちゃんのもとに。
見上げると、優しい瞳が柔らかく包み込むように微笑んだ。
「大丈夫。ヨツバが何処にいても、たとえ世界が違っても、俺はヨツバを愛している」
だけど。だけどまだ。
私まだ、ブラッドリー王子の銃に細工した人を見つけていない…。
大きな手が髪を撫で、優しく抱き寄せる。
手の中の魔法石が光を増していく。
どうしよう。どうしたらいい? 私…。
「待ってください!!」
悲鳴のようなその声は、サツキさんのものだった。
楽団席から走ってきたのね。息が乱れているし、草履も片方どこかに行ってしまっているわ。
「お願いします。その魔法石を私に譲って下さい!」
「サツキさん…」
「お願いします! お願い…!!」
サツキさんは私の腕を掴んで叫ぶように言ったわ。大きな瞳から涙が溢れてこぼれ落ちた。
「サツキ殿。お気持ちは察するが控えられよ。その魔法石はヨツバ殿が自ら戦闘に身を投じ、命がけで倒したビーストから発見されたものなのですから」
魔法石を持ってきた男性がそう諌めるように言ったけど、サツキさんはイヤイヤをするように首を振った。
「お願いします! 帰りたい、あの人に会いたいの! 会いたいの!! お願い…!!!」
「…だけどサツキさん。あなたが帰る世界は…」
「分かっています。ヒレンさんに教えてもらったの。1923年の9月1日に大きな地震が起こること。それでもいい。1日でも一瞬でも、たとえその先がなくてもいいの。あの人に会いたい。お願い、お願いします」
足ががくがく震えて、口の中がカラカラだった。
頭が真っ白になって、なにも考えられない。
だけど私の震える指は、サツキさんの血の気を失った白い手の中に、魔法石を滑らせていた。
「ありがとう。優しい子。ありがとう…!」
ぎゅうっとサツキさんの細い腕が私を抱きしめて、直後、魔法石が眩く発光したの。目を開けていられないくらいの強い光の中、涙に濡れた瞳が私を見つめ微笑んだ。
そうして、光が収まったときには、サツキさんの姿は消えて無くなっていたの。
カラン、と床に光を失った石が転がって。
私は。
自分のしたことが、恐ろしかった。
涙が止まらなくて、声を上げて泣いたわ。
たくさんの人が見ていることなんて、気にする余裕はなかった。
うずくまってしゃくり上げる私の背を、暖かな手がそっと撫でてくれていたけれど、涙を止めることはできなくて。
でもね、そうしていたのは長い時間じゃなかったわ。
「女性の涙がいかに美しくても、見せ物にするものではありませんわ。陛下、ヨツバは私が預かります。よろしいですわね?」
「うむ」
「ブラッドリー、明日、迎えにいらっしゃい。あなたたち、ヨツバを私の部屋へ」
「はい」
壇上で立ち上がっていたのは王妃様。
霞む視界でぼんやりとそれだけはわかったけれど、霞は頭の中にもかかっていたみたい。
脳が考えることを放棄してしまったみたいに、何にも理解出来ないの。
「失礼しますわ、殿下。おどき下さいませ」
数人の女性がわらわらと寄ってきて私を取り囲むと、抱え上げるように私を立たせ、子供の手を引くように歩かせる。
されるがまま、思考の止まった胸にただ浮かぶのは。
お父さん。お母さん。お兄ちゃん。
ごめんね。




