ブルドッグ
ライドさんから渡されたネックレスは、マーサ先生やメリナ先生をも驚かせていたわ。
あの後、ライドさんたちはビーストを専門の業者さんに引き渡しに行くということだったので、私たちは街道で別れたの。
私はナンシー先生たちとゆっくり歩いて帰ってきたのだけれど、マーサ先生はすぐにネックレスに気づいたわ。
子供たちもナンシー先生も無事で、ビーストも退治できたことはすでにライドさんから連絡が入っていたのだけれど、やっぱり実際に無事な姿を見て安心したみたい。
ほっと胸を撫で下ろした様子のマーサ先生は、次に私を見て、あんぐりと口を開けたのよ。
「よ、よ、よ、ヨツバちゃん? その、ネックレスは…?」
…これ?
「これは、ライドさんから預かったんです。占いでビーストの情報が手に入ったときは、他のハンターさんではなく、必ずライドさんに情報を提供する、という専属契約を提案してくださいまして。それで、このネックレスをしていれば専属契約していることの証明になるからって」
「…そ、そう」
マーサ先生、頷いているけれど、随分と動揺してるっぽい。
「そんなに、高価なものなんですか、これ? お返しした方がいいでしょうか?」
なんだか急に不安になってきちゃった。何か別の、もっと簡易的なマークみたいなので代用できないかしら。
そう言ったら、マーサ先生は見開いていた目をさらに大きく開いて言ったの。
「滅相もない! そんな畏れ多いこと…。っは! いえ、大丈夫よ、ヨツバちゃん。でも、あなたの言う通り、それは大変高価なものだと思うの。くれぐれも。い〜い? くれぐれも! 失くさないように気を付けてね」
「…はい」
そのときのマーサ先生ったら、なんだかちょっと怖かったわ。
翌日、セスさんが今度は耳飾りを届けてくれた。
ピアスタイプで金の繊細な細工がされている、可愛らしいデザインよ。ネックレスと同じ、青い石がぶら下がっているわ。
「これには通話の魔法石が組み込まれている。小さなスイッチがついているだろう。左側で聞いて右側で話すんだ。だから、左は常にスイッチをオンにしておいて、伝えたいことがあるときは右をオンにして話す。分かったか?」
ふむふむ?
って、このスイッチ本当に小さいな?
セスさん、大きな手なのに器用…。
綺麗な手。形の良い細くて長い指。美術のデッサン思い出すわ。
「…聞いているか?」
おっと。
ドスの効いた声を出さずとも聞いておりますわ。
睨まないで下さい。ちょっと指先の動きに見惚れちゃっただけなんです。
へにゃっと誤魔化すように笑うと、セスさんは呆れたような目になった。
「これって、オンにして話すと誰とお話できるんですか?」
「ライドだ。通話の魔法石は対にして使う。レアリティが高いものは複数の相手と通話出来るが、これはライドが持っている送受信機とそれぞれ対になっている」
なるほど?
つまりこれって、トランシーバーよね?
「ビーストの情報を手に入れたら、これを使って連絡すればいいんですね」
良かった。
ライドさんが、情報があったら直ちに伝えるように、って言っていたでしょう?
もともと私が得られる情報ってすぐ近い未来のことだから、なんの疑問も持たずに頷いたけれど、よく考えたら連絡手段が無かったのよね。
でも、これがあればすぐに連絡ができるわ。
何から何まで、助かります。
あら…? でも、これもすごく高価だったりしないかしら。
「どうした?」
多分、しかめっ面になっていたのだと思うわ。
セスさんが様子を伺うみたいに聞いてくれた。
「いえあの。これももしかしてお高い品だったりするのではないかと思いまして。連絡手段は必要だしありがたいのですけれども、こんなにあれこれして頂いていいのでしょうか? あ。勝手に頂く気になってたけど、お代を払うんですか?」
そうだった。くれるなんて一言も言われてないわ。
お金、今持ってる額で足りるかしら?
「…気にすることはない。代金は不要だ。ライドがやりたくてやってることだし、ヨツバの情報にはそれだけの価値がある、ということだ。そのピアスの細かい細工はそれなりのものだが、昨日のビーストで十二分にそれくらいの元は取れる」
「そうなんですか?」
「ああ。それから魔法石は消耗品だ。いずれ効果が切れるときが来る。そのときは魔法石を付け替えるからすぐに言え」
「わかりました」
頷いたらじぃっと見つめられたわ。
なんだろう。つければ良いのかな?
手渡されたそれを耳につけるのを見届けて、セスさんは立ち上がった。
「送信側をオンにしたまま切り忘れると、伝えるつもりのない話が筒抜けになるから気を付けろ」
「…………」
それはとても恥ずかしいことになりそうね。
気をつけなくっちゃ…!
それから数日。
占いのお客さんが、少し、増えたわ。
それも貴族っぽいお金持ちのお客さんよ。先日、ビーストに襲われるのを回避出来たお客さんが、お友達に話してくれたみたいなの。
口コミで私の占いが広まってお客さんが増えるって素敵じゃない? 理想的!
なんてね。
実はライドさんのネックレスが効いているんじゃないかと思うのよ。
ええっと、つまりね。
お客さんがライドさんのネックレスを見て、満足そうというか安心するというか、私のことも信頼するように見てくれるの。
ハンターさんと専属契約できるくらいの占い師だってことで箔がついた、というか。
ただね。夢占いって、そうしょっちゅうするものじゃないでしょう? 同じお客さんが頻繁に来てくれるわけじゃないわ。
定期的にするものでもないし…。
一時的にお客さんが増えても、それで終わってしまう。
売り上げを安定させるって大変ね。商売って難しいわ。
ライドさんのおかげで、占いのお客さんがひとりもいなくても収入がゼロってわけじゃないけれど、ビーストの情報がずっと得られなかったらこの専属契約だっていつ解除されるか分からないわよね。
ビーストの情報があればプラスアルファの代金がもらえるし、専属契約もきっと継続してもらえる。けれど、それには誰かの未来、若しくはどこかの未来を見る必要があるわ。
出来るだけたくさん見られると良いのだけれど、ビーストに遭遇する未来を持ったひとって、そんなにはいないわよね。それが貴族のひとなら尚更。
だからといって、道ゆくひとの未来を勝手に覗くのは抵抗があるし。
ビーストの情報を得るにはお客さんが多い方がいい。でも、そもそも占いのお客さんが多くいれば、ビースト情報の報酬をアテにしなくても良くなるっていう…。
卵が先か鶏が先か、みたいな話になっちゃうのよね。
本当は未来を見るこの力で誰かを助けることが出来るならそれだけでいいの。だけど、生きていくためにお金を稼がなくちゃいけないことを考えると、「それだけでいい」とも言えなくなっちゃう。
これってあれかしらね。
好きなことは仕事にしない方がいい、とかって言われたりするやつ。趣味にしておけば利益を考えなくてもいいものね。
でも。
趣味とお仕事、両方に全力投球って、きっと難しいわ。
頑張らなくてもいい、一生懸命にやらなくていい、そんなお仕事絶対に無いもの。
ならやっぱり。時間も気持ちも体力も全部100%どっぷり浸かってやりきりたいならお仕事にすることを選ぶべきじゃないかと思うの。
せっかく、この力を活かせる世界にいるんだもの。
いつの間にか来ていた世界。
いつの間にか元の世界に戻っていたって不思議じゃないわ。
元の世界に戻ったら、この力を活かすことってきっと難しい。
出来ればこの世界にいるうちに、出来るだけたくさんのひとを、この力で助けたい。
と、思っているのだけれどね…。
「ヨツバちゃんったら辛気臭い顔して! お客さんが来ないからってそんなブルドッグみたいな顔していたら、ますますお客さんが寄り付かないわよ!」
ブルドッグみたいな顔!?
青果店のカミラおばさんがそう言って背中をばしばし叩くの。
痛いわおばさんっ!
それに、ブルドッグみたいな顔ってなに?!
ブルドッグって、あの、ブルドッグなの?!
「まあねぇ。ここのところビーストの被害が増え続けているし、不安な気持ちにもなるさね。異世界の聖女様とやらもお祈りしてくれるだけだしねぇ」
…うん? 異世界の聖女様…?
おばさん、それってなあに?




