王宮
「お目覚めですか、ヨツバ様?」
爽やかな笑顔の女中さんをずいぶんと長いことぼーっと見つめていたわ。
思いの外疲れていたみたいでね、さっぱり頭が働かないの。
ええっと、なんだっけ…?
そっと視線を巡らせる。見慣れない寝室だわ。大きなベッド、豪華な調度。ああ、そうだ。
ここ、王宮だわ。
「ヨツバ様? もう少しお休みになられますか?」
あら。
まだ寝ていて良いのかしら。
ずいぶんと眠った気がするけれど、目を閉じたらまた眠れそうな気もするわ。
「………今、何時ですか?」
窓の外はぼんやりと明るい。朝日にしては弱い気がするわ。今日はお天気が悪いのかも。
それとも、寝室だから、カーテンがきっちり光を遮るようになっているのかも。
「はい。間も無く夕方の4時になりますわ」
「…………」
は?
「夕方の、4時……?」
「はい!」
夕方の4時、ですって?!
私、跳ね起きたわ。
昨夜、このお部屋に案内されたときは2時過ぎだったと思うの。備え付けのバスルームでシャワーを浴びて、すぐに寝たのよ。とってもとっても疲れていたから、記憶に無いくらいあっという間に寝入ってしまって。
それで、夕方の4時まで寝こけてるって、ちょっとヒドくない、私。
半日以上もよく寝られたものよ。寝過ぎよ、寝過ぎ!
仮にも、お部屋を貸していただいている居候のような身なのにこんな大寝坊するなんて!
あわわわわわわ。
やばい。どうしよう。
「お疲れでしょうから、自然と目が覚めるまで眠らせて差しあげるようにと申し付かっております。どうぞ、ごゆっくりなさってください」
私の慌てっぷりを見て、ご安心を、と言い添えてくれたけれど。
そんなわけには参りませんよ。
さすがにもう一度は寝られ無いわ。
「起きます」
「かしこまりました。では、お召替えを。すぐに食事も準備しますわ。お腹がお空きでしょう?」
お腹…、空いたわ。ぺっこぺこよ。
「申し遅れました。私、ヨツバさまのお世話係を務めますパール・メッザンと申します。なんでも、申し付けて下さいね」
明るい笑顔でそう言ってくれたパールさんはとても嬉しそうにしているのよ。
何かいいことでもあったのかしら。
それより、私にお世話係なんて有り難くも勿体ないわ。
高貴な身分というわけでは無いのだし。
クローゼットを開けながらパールさんは、うふふと微笑んだ。
「私、ヨツバ様のお世話係に選ばれて、とても嬉しいんですの。これまで頑張ってきた甲斐がありましたわ」
私の世話係が嬉しい? どうして?
クローゼットには色とりどりのドレスがたくさん用意されていたわ。
これ、着ていいの? なんでこんな好待遇?
昨夜も思ったのよ。お使い下さいって案内されたお部屋がとてもゴージャスだったから。
王宮、というものがどういうものかよく分かってないのだけれど、誰もがこういう待遇を受けるものなのかしら。
お洋服を用意してくれて女中さんをつけてくれて?
ゴージャスだと思ったお部屋も、王宮の中ではスタンダードだったり?
…まあ、ボロっちい格好で王宮内をうろちょろするな、という意味に捉えられないこともナイけれど。
TPOって大事だものね。
だけど、こんな煌びやかなドレス、ちょっと、ねぇ?
「出来るだけシンプルな、ワンピースみたいなものはありますか?」
「では、こちらはいかがですか? 淡いブルーのお色がヨツバ様によくお似合いですわ」
選んでくれたのは、Aラインのワンピースドレス。
装飾がほとんど無くて確かにシンプルだけど、とても上質そうな生地ね…。
お高そう。気後れしちゃう。
勧めてくれたドレスを着て、ドレッサーの前に座らされて。
パールさんは手慣れた手つきであっという間にふんわりと髪をまとめてくれたの。薄くお化粧もしてくれたわ。
うん。自分で言うのもナンだけれど、ちょっと可愛い?
鏡を覗く私を、パールさんはニコニコと見守っているのよ。
「ヨツバ様は昨夜遅くに到着されたのでしょう? 昨夜は抜き打ちの避難訓練を行っていましたので、バタバタしていましたの。十分なおもてなしが出来ず申し訳ありませんでした。今朝になって、お仕事で留守にされていたブラッドリー殿下が意中の方を連れて戻られたとお聞きしたんですよ。その方のお世話が出来るなんて光栄ですわ」
んん? パールさん、今、なんて言ったの?
………意中の人? ブラッドリー殿下の?
………………………………………私が?!
もしかして、だから、この好待遇?
パールさんの目は、鏡越しにきっぱり、ライドさんがくれたネックレスを見ているわ。
ハンターのクリスさんもそれらしい妖しげなことを言っていたけれど、どうしてみんなそういう風に思うの?
ライドさんは、つまりブラッドリー王子はこれを専属契約の証だ、と言っていたのよ?
お手付きだの意中の人だの、ってそんな意味は無いわ。
ナイわよね?
それともまさかのプライベートな専属契約の意味だったり、する?
あは。考え過ぎよ。
そうよ。無いわよ。だって私は一般庶民だもの。野の花だもの。王子様は手出し無用なんだもの。
パールさんだって知ってるはずよね?
王宮男子への教え。
「ライドさん」では無くなった、ブラッドリー王子が私を、なんてあり得ないわ。
「ああ、私ばかりおしゃべりしてしまって申し訳ありません。お食事の準備が整っていますので、ご案内いたしますわ。それから、ダネル・ドハティ様が、可能であれば同席したいとおっしゃっていますが、よろしいでしょうか?」
「ダネルさんが?」
是非、とお願いして、案内されたのは王宮内のカフェテリア。
ここは王宮滞在者が自由に食事が出来るところなのですって。食事処はいくつかあるそうで、好みで選んでいいそうよ。
今日はパールさんが事前に手配をしてくれたそうで、席が準備されていたわ。
テーブル同士が十分に距離をとって、ゆったりと配置されている。案内されたテーブルにはダネルさんが座っていて、私に気づいて立ち上がった。
「こんにちは、ヨツバさん。とても可愛らしい装いですね、お似合いです」
「馬子にも衣装、でしょう?」
「とんでもない。本当に似合っていますよ。サファイアブルー、ブラッドリー殿下のカラーですね」
「…………やだわ、ダネルさんまで」
その含みのある笑顔。落ち着かないわ、ダネルさん。
顔が引き攣っちゃうじゃない。
「ブラッドリー王子と私では身分が違いますよ」
「最初は私も驚きましたけれどね。貴女なら、身分が釣り合わないということは無いと思いますよ」
いや、あるでしょ。
「それはどういう…」
「ブラッドリー殿下はお目が高いということです」
意味が分かりませんて。
運ばれてきたお料理は、柔らかく煮込まれた野菜と豆のスープ、白身魚のリゾット、茶碗蒸し風のもの。
疲れたお腹に優しいメニューだわ。
「ところで、昨夜の件ですが。避難訓練とは、考えたものですね」
「ダネルさんが、ハンターさんたちを説き伏せてくれたお陰ですよ」
懐柔の魔法石を利用したひとが誰か。それはニューマン伯爵の証言から判明していたわ。
そのひとはその職業柄、所在も素性も明らかだったの。その繋がりからリカルド王子やバリーさんが浮かび上がったわ。
バリーさんは上手に身分を隠してハンターさんたちと接していたようだけれど、あの長い髪は特徴的だものね。
私が視たビーストの密輸現場にいたひとと、反王宮派となったハンターさんたちが話してくれた人物像は、どちらもバリーさんと一致した。
クーデターを企てたのはリカルド王子とバリーさんだって目星をつけられたけれど、問題はそこからよ。
証拠がね。無いじゃない?
占いで視た、なんて証拠能力無いし、ハンターさんの話ではバリーさんしか出てこないし。
だから、どうしても言い逃れできない状況で現行犯逮捕したかったのよ。
「とても大胆な作戦だったと思いますよ。首尾よく終えられたのは、やはりヨツバさんの作戦が良かったのだと思います」
「普段から訓練を行う習慣があって良かったです」
「ええ。気付かれずに人払い出来ましたね」
あのね。昨夜は賊が侵入した、という設定の避難訓練を行って貰ったのよ。
パールさんが言っていたでしょう?
抜き打ちの避難訓練があったって。
そこで活躍したのが、王宮護衛軍のみなさんよ。
コルウス森林公園のビースト退治を手伝うために王宮を出発した彼らは、あえて華々しく出発して、けれどコルウス森林公園には向かわずに王宮のそばで待機していたの。
そしてダネルさんが説得してくれた反王宮派のハンターさんたちと入れ替わり、賊に扮して反王宮派のフリをした。
リカルド王子たちに対しては味方を装い、王宮に住み込みで勤める人たちには避難訓練だと伝えて避難させたの。
余計な怪我人を出さないように、そして、リカルド王子たちがクーデターを企てたことを極力知られないようにするために。
昨晩、国王陛下や王妃様、ウォルター王子、ラウル王子を始めとした主要な王族の方たちのお部屋には、護衛軍の方が執事さんや女中さんの格好をして控えていたのよ。
だから昨夜の出来事をちゃんと知っているのは限られたごく一部の人たちだけなの。
だって、他国の王子がクーデターを煽動した、なんてことが公になったら、大変なことだもの。
侵略では無い、なんて言い分は通らないわ。戦争になっちゃう。
それに、たとえ他国の王子であってもクーデターなんて起こしたら極刑は免れないわ。
でも、そうはしたく無い、というのが国王陛下の意向だったのよ。
だけど、万が一ね。リカルド王子の事情からは無いと考えられていたけれど、万に一つ、スロース国が手引きをしているという可能性も捨てきれなかった。
だから、計画が上手くいったと思わせて油断させ、確認したの。
もちろん、嘘を言った可能性はあるわ。
だけどあの場でリカルド王子は否定した。そのことが大事なのですって。
ふと、ダネルさんが私の背後に視線を向けたわ。
振り返ると、ブラッドリー王子とジェリーさん、セスさんがやって来るところだった。
ダネルさんがすっと立ち上がって会釈をするのを見て、私も慌てて立ち上がったの。
うーむ。こういうことが自然に出来ないところに育ちが出ちゃうのかしらね。
気をつけなくちゃ。王宮にいる間は特に。不敬罪とかって罪に問われたら目も当てられないもの。
ダネルさんの真似をしてお辞儀をしたら、ブラッドリー王子が困ったような笑みを浮かべたわ。
なんか、変だったかしら。
後でパールさんにお辞儀の仕方を教わろう。
他にも必要な礼儀作法があったら、教えてもらわなきゃ。
エライひとに失礼なことしちゃったら、ブラッドリー王子の顔に泥を塗っちゃうものね。
一応、私、ブラッドリー王子の紹介ってことで王宮に来ているし。うん。しっかりしよう。
「十分休めた?」
給仕さんがコーヒーを入れてくれてる間、ブラッドリー王子が優しく聞いてくれたわ。
「はい。とても」
十分過ぎるほどに。
そこは、あえて聞かないで欲しかったわ。
ジェリーさんが呆れたように見ているけれど、気づかないフリしちゃえ。
「昨夜のことを聞いていたんです。ビースト退治も順調だったようで、お疲れ様でございました」
「ああ。ダネルもご苦労だった。面倒を頼んだが、期待以上の成果で嬉しいよ」
………。言葉遣いが気になって会話に入れないわ。
沈黙は金。黙っていよう。
「くすっ」
うん?
話を振られないように、テーブルを見つめてコーヒーを飲んでいたらブラッドリー王子が笑ったのよ。
ダネルさんも笑いを堪えている様子。
ジェリーさんは相変わらず呆れた顔をしているわ。セスさんはいつも通りの無表情。
なんで?
「公式の場では無いのですから、自由にお話して大丈夫ですよ」
「そうだよ、ヨツバ。堅苦しい言葉ばかり使われたら肩が凝る。今まで通りで構わない」
えー…。ほんとに?
「からかったんですね?」
わざとお堅い言葉で会話して、私が困るのを見て笑ったんだわ。もう。
「悪い悪い。ほら、膨れっ面しても可愛いだけだよ」
「……………」
ライドさんはそんなこと言わなかったわよね…。
なんだか、ブラッドリー王子になったら甘さが増し増しのような?
「気になっていたんですが、ヨツバさんはブラッドリー殿下のことを知っていたんですか?」
ダネルさんが首を傾げた。
それは、ライドさん=ブラッドリー王子だということを知っていたか、ってことよね?
「はい。わりと、最初の頃から」
「やはり、気がついていたか。それは占いで?」
「はい。同じ未来が視えましたから」
「なるほど、そうか」
ブラッドリー王子は微苦笑を浮かべて頷いた。
「占いと言えば、視て欲しいひとがいるんだけど」
ジェリーさんがそう言って、ブラッドリー王子もため息混じりに口を開いたわ。
「あいつを、見逃すわけにはいかないからな」




