君がため…
王宮に、悲鳴が響き渡った。
カンカンカンカンカン…。
非常事態を知らせる鐘が鳴る。
駆け回る足音と怒号。ガラスの割れる音と泣き声。
「賊だ! 賊が侵入したぞ!!」
「陛下は無事か?!」
「誰か! 王妃様をお守りして!!」
見上げれば、赤い月。
滴るように、潤んだ月。
ばん! と大きな音を立てて観音開きの扉が開かれた。
蹴ったのね。乱暴なこと。
足音荒く入ってきたのは5人の男たち。
先頭の男が天蓋付きの豪華なベッドを覗き込んで叫んだわ。
「いないぞ!」
「なに?!」
「探せ! くそっ、どこに逃げた!」
忌々しそうにベッドの足を蹴飛ばした男が、乱暴にクローゼットやベッドの下を確認している。
背が高く、背中まである長い髪を一つにまとめた別の男が指示を出す。
「隠し部屋があるかもしれません。仕掛けがないか探しなさい!」
男たちが壁の模様や床の歪みを調べ始めた。
「おーい、王子たちと王妃は片ぁ付いたぞ。王は殺ったか?」
後からやってきた大柄な男がそう言って持っていた武器を肩に担いだ。
カトラス、とか言うんじゃないかしら。湾曲した大きな刃の付いた、海賊が持っていそうな剣よ。
その剣先から赤い滴がポタポタと落ちて、毛足の長い高級そうな絨毯を赤黒く汚している。
「逃げられた。ここにはいない」
「いない? 逃げられる場所なんか無いぜ。通路は全部塞いだからな」
大柄な男が鼻で笑った。
「隠れてるんじゃないのか」
「今探してる! お前も探せ!!」
「無駄ですよ」
ゆったりと声をかけると、男たちが一斉に私を見たわ。
バルコニーにいた私に、気づかなかったのね。
ぎょっとしたように目を見開いて、お化けでも見るように私を凝視している。
長い髪の男が、空恐ろしいほど険しく目をつり上げた。
「無駄とはどう言う意味です、女。お前はなぜそこにいる」
「国王陛下はすでに安全な場所へ避難されました。探しても無駄です」
「なんだと?! お前が逃したのか?!」
「…女。 俺たちゃ王サマの首を跳ねなきゃ契約不履行で契約金が入らねぇんだ。痛い思いしたくなきゃ、王がどこに逃げたか言いな」
にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべて大柄な男が一歩近づく。
私は一歩、後ずさった。
「あなた方は誰です? なぜ、国王陛下を亡き者にしようとするのですか?」
「お前は馬鹿か、女。そんなことは決まってる。なぁ?」
下卑た笑みを浮かべたまま、大柄な男がひとりの男を振り返る。
深い紺色に見える黒髪の、冷たい瞳をしたそのひとは、綺麗に整った顔立ちなのに、その表情はとても醜かった。
「聞かなければ分からぬのなら教えてやろう、女。この国はもはや俺のものだ。後を継ぐ王子も後継ぎを産む王妃ももういない。王位を得られる者は枝葉の先まで息絶えた。あとは国王、ジャクソン・ロチェスターの首を獲るのみ。そうすれば名実ともにこの俺、スロース国の王子、リカルド・ノリスがこの国の王となる。邪魔立てするなら女とて許さん。さあ、吐け。ジャクソン・ロチェスターはどこに逃げた!」
すらすらと名前まで。
私、ため息を飲み込んだわ。
剣に手をかけたそのひとを制して、大柄な男が担いだ剣を振り下ろした。
「こういう女は痛い目見ないと分からねぇんだよなぁ!」
ぶんっ。
風を切る音は後から聞こえたわ。
がつりと鈍い音がして、重たそうな一振りを細身の剣で受け止めたのはライドさんだった。
冷ややかな気配を纏ったライドさんは、無言で大柄な男と斬り結ぶ。
その斬り合いの激しさに、スロース国の王子と名乗ったそのひとも手を出せずにいたけれど、ライドさんの剣が大柄な男に弾き飛ばされたのを見てにやりと笑ったの。
ライドさんが私を庇うように前に立つ。
リカルド王子は素直な性質のようよね? 単刀直入に言っちゃってもいいかしら。
「つまり、スロース国による侵略。これは戦争ですか?」
リカルド王子はふんと鼻を鳴らした。
「侵略などでは無い。ジャクソン・ロチェスターの悪政を正すためにこの国ウィーズルの国民が立ち上がったのだ。彼らが、つまり、ウィーズルの国民が新たな王に俺を選んだ。そういうことだ」
「悪政?」
「ビーストの被害を放置し、国民に恐怖を与えて苦しめたのだ。悪政と言わずして何という」
私はそっとライドさんを伺った。
もう、いいかしら? いいわよね? うん、いいみたい。
微かに目を伏せるライドさんを確認して、嘲るように見下ろしてくるリカルド王子に、わざとらしく首を傾げて見せた。
「そうでしょうか?」
「なに…?!」
「ウィーズルの国民があなたを新しい王に、本当に選ぶでしょうか?」
「女! 無礼な物言いは許しません。ジャクソン・ロチェスターの居所を言いなさい。さもなくばこの場で命を捨てることになりますよ」
髪の長い男が、そう言って胸元から出した、いえ、出そうとした銃を、大柄な男がその剣先で弾き飛ばした。
そうして、そのまま剣を突きつけたのよ。
「な! 何をするのです!」
「騒がしいな」
髪の長い男が大柄な男を睨み付けたそのとき、低く良く通る威厳のある声が悠然と割って入ったの。
現れたのは背が高く体格が良く、威風堂々とした風情の還暦過ぎた渋い美丈夫。
ロマンス・グレーって言い方は当てはまるかしら。
魅力的なその方は、国王陛下、そのひとよ。
自分たちが蹴破った扉から入ってきた国王陛下に、髪の長い男も、リカルド王子も唖然としていたわ。
なぜなら、国王陛下の両隣にはそれぞれウォルター第一王子とラウル第三王子が立っていたからよ。
さらに、とても優雅な足取りで、深夜とは思えない美しい装いの王妃殿下も現れたの。
「どうして…」
リカルド王子は真っ青よ。動揺を隠しきれない様子ね。
殺したはずの二人の王子と王妃様が現れたのだもの。
計画は失敗したと、さすがに理解したかしら。
髪の長い男は現状把握も立ち直りも早かったわ。
余計なことを言うなとばかりにリカルド王子に目配せした後、国王陛下に正しく礼をしたの。
「国王陛下、騒がせて申し訳ありません。賊が侵入しまして、追い詰めたところでございます」
「ほう、賊が?」
「はい、あの男です。隣の女も仲間です」
「ほう。あの男が、賊だと?」
「はい。その通りで…、?!」
髪の長い男は驚いていたけれど、私も驚いたわ。
賊だと指差されたライドさんはゆっくりと瞬きしながら軽く頭を振ったの。
そうしたらね、目を開いた時には瞳の色も髪の色も髪型すら変わったのよ!
なにこれ。魔法石の効果なの?
額を出しているかどうかと髪の色と瞳の色で、印象ってこんなにも全然違うのね!
「ブラッドリー殿下…」
髪の長い男の声は掠れていたわ。
そうなの! ライドさんは瞬く間にブラッドリー第二王子殿下へと変貌していたのよ!!
まあ、ね。分かっていましたけれどもね。
こんな一瞬で髪の色や目の色が変わるなんて想定外よ。
ペタペタ髪を染めたりカラーコンタクト入れたりしてるものだと思っていたもの。
「我が息子を、賊と?」
「ーぁ、いえ……………」
淡々と問う国王陛下に、髪の長い男は言葉を無くしていたわ。
国王陛下はしばらく髪の長い男を見つめていたけれど、その視線をリカルド王子に移したの。
「リカルド。先程の発言は聞いていた。なぜだ? 言い訳は必要ない。率直に理由を述べよ。何がそなたの望みだった?」
リカルド王子は唇を噛みしめ、握った拳を震わせたわ。
そうして、絞り出すように言ったの。
「俺は、俺なら、ビーストも魔法石ももっと上手く扱える」
「なるほど」
「この国は! 魔法石の知識を独占し他国に一切公開しない! 高度な治療に使える稀少な魔法石は絶対に他国に譲りもしない! もっと広く全世界に流通させれば研究はもっと進むはずだ。この国だけでなく、もっと、いろんな国が豊かになれる手段を持てる。なのに、この国だけがビーストも魔法石も独占し、豊かになろうとしている。そんなことが許されるはずがない!」
「ビーストと魔法石だけが、国を豊かにする手段ではあるまい。観光や農業、工業、特産物、貿易。国の特色や強みを活かした産業を発展させることが肝要なのだ。現にスロース国は肥沃な大地を活かした農耕が盛んであろう。品質の良い米や麦、小麦から作られるパンやパスタはどの国からも求められる素晴らしい特産物だ」
「そんなもの! ビーストや魔法石で得られる利益とは比べ物にならない! 誤魔化そうとしても無駄だ」
「そんなもの? 物の価値を正しく判断する目を持たねば国を発展させることなど出来まい。そのためには広く深い知識が必要だ。そなたがこのウィーズルに留学しに来てからずっと、見聞を広げるよう申し渡してきた筈だが?」
「俺がこの国に来たのは十の歳だ。それから二十年だぞ! 二十年!! 言いつけ通り様々な知識を得ようと学び続けた! だが、魔法石については学ぶ機会すら与えられなかったではないか!!」
「魔法石に関する知識や研究結果は門外不出。スロース国とて、自国の研究員が努力を重ねて品種改良に成功した新種の情報や栽培方法を、おいそれと他国の人間に教えはしまい」
「それとこれとは」
「同じことだ。リカルド。そなたは魔法石に囚われすぎだ。そもそも、ビーストにしろ魔法石にしろ、我が国が他国から研究する権利すら奪っているように考えているようだが、そんな事はないのだぞ。どの国であろうと、研究したければビーストを捕まえて研究すれば良いだけのこと。諸外国がそれをしないのは、危険を押して研究や開発をするよりも、我が国から買った方が得策と判断してのことだろう。各国それぞれに事情があり、判断には各々異なる理由があるのだ。見聞を広げよと、言った意味がわかるか?」
「……………」
リカルド王子は納得できない様子で国王陛下を睨みつけているわ。
要するに、隣の芝は青いってヤツなのではないかしら。
リカルド王子の国にも素晴らしい特産物があるのに、魔法石の方が良いと思っている、ということでしょう?
でも、国王陛下はあえて仰らないのでしょうけれど、魔法石産業は決して良いことばかりではないわよね?
ビーストから採取出来る魔法石は取り出してみなければ何の魔法石か分からないのだもの。つまり、安定供給することはとても難しいと考えられるわ。
ビースト自体もとても危険だし、被害だってたくさん出ているのだし。それでもこの国が魔法石の利益によって豊かになったと言うならば、それは相当な苦労と努力の成果なわけで。
独り占めするなんて酷い、っていうリカルド王子の主張は言い掛かりに思えるもの。
「そなたたちの処遇を決めなければいかんな」
ため息と共に国王陛下が仰った。
国家転覆を謀った者の末路が明るいわけがない。
髪の長い男が、ぎくりと肩を揺らして膝を突いたわ。
「罪は私がこの命で償います。どうか、リカルド王子の命はお赦し下さい」
「バリー! 止めろ」
強い口調でリカルド王子がバリーさんを止めた。まるで、命乞いなどしたくないと、そう言うみたいに。
国王陛下は静かな瞳でバリーさんを見下ろしていたわ。
「主人が道を誤りそうになったときは、それを正すのが近習の務めであろう、バーコウ」
「首謀者は私でございます。祖国に帰ることの出来ない我が主人を誑かし、この国の王の位につけ、私欲を満たすつもりでございました。我が主人は私に騙されていたのです」
「バリー! なにを言う!」
「本当ですよ、リカルド様。貴方様は素直でとても騙しやすいお方でした。私は自分の利益のために貴方を利用したのです」
落ち着いたバリーさんの声は、子供を諭す保育士さんのよう。優しく言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
けれど、その内容はとても残酷だ。嘘だとわかり切っているからこそ、余計に。
「やめなさい、バーコウ。沙汰は追って出す。捕らえよ、丁重にな」
「はっ」
国王陛下の命令に応じたのは、ライドさんと斬り合った、あの大柄な男よ。
そのひとだけじゃ無いの。
リカルド王子やバリーさんと一緒にこの部屋にやって来たハンターさん風の3人の男たちも、今はビシッとした態度できびきびと国王陛下の命令に従っているわ。
「お前たちは…」
バリーさんには手錠を、リカルド王子には縄を掛けようとした男たちをリカルド王子は険しい目で睨んだ。
「我々は全員、王宮護衛軍です」
ぎり、っとリカルド王子が歯軋りをしたの。
そうして、憎々しげに私を見た。
「女。お前が報告にあった占い師か? 俺の計画が失敗したのはお前のせいだな?」
す、っとライドさんが私とリカルド王子の間に立ち、リカルド王子の視界から私を隠してくれたわ。
「計画が失敗したのは、お前の浅慮のせいだ。他人のせいにするな」
「ふん。そんな女をそばに置くなど、お前も焼きが回ったな、ブラッドリー。女、覚えていろよ。この恨み、必ず晴らす」
「連れて行け!」
連行されるリカルド王子を見ることはなかったけれど、その声はいつまでも耳に残った。
占い…。
未来を見るこの力を、誰かのために役立てたかった。
だけど、すべての人を助けられるわけじゃない。
私は、ライドさんを助けることを選んだわ。その選択に後悔はないの。
だけど、誰かを守るということは、他の誰かに恨まれることと背中合わせなのね。
でも、でもね。たとえどんなに恨まれても、目の前に立つ大きな背中を守ることが出来たのなら良かったと思うのよ。
そう。守ることが、出来たのだ、か、ら?
「……………………」
待って。ちょっと、待って?
スクイレルの街でシール伯爵邸に忍び込もうとしていた泥棒を捕まえたとき、視えた未来でビーストの密輸をしていた髪の長い後ろ姿。あれはきっとバリーさんだわ。後ろから見た立ち姿、背中まである長い髪。
そう、特徴も印象も一致する。
けれど、もっと前に視た、ブラッドリー王子の銃に細工をしていた髪の長いひと。
あのひとの髪は、肩くらいまでじゃなかった?
よく思い出して。
そう、そうよ。
後ろにひとつで結んだ、その毛先が肩につくかどうかという長さだった。よく似た背の高いシルエットだったから、同じひとのように思っていたけれど、それぞれ違うひとだったんだわ。
リカルド王子の髪は短かった。
じゃあ、あの男のひとは、一体誰なの…?




